芦生演習林におけるナラ類の立ち枯れについて



はじめに

 近年日本海側の森林地域で問題になっているナラ枯れが、芦生の森にも及んできました。 このナラ枯れは、木材の内部まで穿孔して繁殖する昆虫カシノナガキクイムシ (Platypus quercivorus) と、それに共生する菌 (Raffaelea) が原因と考えられています。このタイプの森林被害は20数年前に山形県を中心とする地域から報告され、その後日本海側を南下するように拡大してきました。ただし、1950年代には兵庫県、山形県などでこのような被害が起こっていたことが記録されています。現段階では、完全かつ有効な予防法や防除法は見いだされていません。
 4,200ha (7km×6km) の森林をもつ芦生演習林には多くのブナ科樹木があります。カシノ ナガキクイムシによる被害を受ける可能性のある樹種はミズナラ・コナラ・クリ・ウラジロガシ・ ブナなどです。ナラ枯れが最も心配されるのはミズナラとコナラです。芦生演習林の森林の 約半分は原生的な天然林で、この部分には大径のミズナラが数多く生立しています。このま ま放置するとこれらのミズナラやコナラに影響が及ぶことが考えられ、教育・研究に多大な 支障が出ることが懸念されます。
 この問題の重要性及び緊急性に対応するため、演習林では演習林長がプロジェクトチーム を発足させ、芦生演習林長と農学研究科の微生物環境制御学分野及び森林生物学分野の先 生方の協力を得て、芦生演習林におけるカシナガの調査・研究及び対策について検討し、次の ような計画に取り組んでいます。同時に、京都大学としても事の重要性から、本計画に対して 予算措置を行いました。

 1.森林被害の長期的なモニタリング
 2.現在、有効と考えられている防除法の実施
 3.ナラ枯れ (カシノナガキクイムシの生態やナラ菌の影響) の原因究明
 4.予防・防除法の確立

 この演習林の計画に対しては、ナラ枯れの調査・対策・研究を行っている京都府森林保全課、 京北地方振興局、京都府林業試験場及び滋賀県と福井県の関係機関からも協力を得ています。
 芦生演習林ではこのナラ類の立ち枯れ被害について、今後とも引き続き調査、研究、防除対 策を行っていきます。その成果、経過は随時このホームページ上で広報していく予定です。





発見の経緯

2002年1月 京北地方振興局農林課林務部より、「美山町芦生区内の山林にカシノナガキクイムシ(以下「カシナガ」) による被害木が発見された。演習林内にも被害が及ぶ可能性がある。」との連絡を受けた。
2002年7月 芦生演習林内の内杉谷で、葉が赤茶色に変色し、枯死しているミズナラを発見した。枯死木を調査すると幹にカシナガによるものと思われる多数の穿孔があり、地際部に大量のフラス (木屑と昆虫の糞の混合物)があった。京都府林業試験場の調査により、カシナガによる被害と断定された。


赤く変色して枯死したミズナラ地際のフラス




カシノナガキクイムシについて (カシノナガキクイムシの生態:鎌田直人(文献2) より引用)

 カシナガは甲虫目ゾウムシ上科ナガキクイムシ科に属する昆虫です。昼行性で体長はオスが 4.5mm、メスが4.7mm前後、細長い円筒形で光沢のある暗褐色をしています。分布はニューギニ ア、ジャワ、インド、台湾、日本で、日本は分布の北限になります。日本では、本州、九州、四国、 沖縄に分布しています。主に、ブナ科の植物に寄生すると考えられています。
 穿孔性昆虫であるカシナガは6月下旬から7月上旬、前年度枯死したナラ類から脱出を始めま す。成虫の飛翔は気温19度以上になると認められ、午前中に気温が20度以上になると大量に飛 翔するようになります。脱出した成虫は、別の健全な個体に穿入します。最初に雄成虫が対象木 に飛来して穿入を始め、穴の中から雌を呼びます。
 ペアになったカシナガは幹の中に直径2mm程度の坑道を掘っていきます。最初に年輪に対して 垂直に、樹皮から中心方向に向かって1本、心材に近づくと左右に分かれ、今度は年輪に沿って 坑道が掘られます。この左右に分かれた坑道から穴が掘られ、この中で幼虫が養われます。親成 虫は産卵後すぐ死亡するのではなく、子虫が成虫になるまで世話をしていると言われています。  前年度枯死木から脱出したカシナガの健全個体への穿入が始まってから約1ヶ月後、8月上旬 頃からナラ類の萎凋・枯死が見られるようになります。


カシノナガキクイムシ (左オス 右メス)
(写真提供 京都府林業試験場 小林 正秀氏)


なぜ木が枯れるのか (ナラ枯れ被害に関連する菌類と枯死機構:伊藤進一郎(文献2) より引用)

 カシナガは樹木の幹に孔を開けて生活しています。もちろん、幹の大きなミズナラが数匹のカシ ナガの影響で枯れるわけではありません。枯死した木を調べると穿孔の数は何千という数になり ます。また、雌のカシナガの前胸背板にある袋 (菌嚢:マイカンギア) には菌が保持されていて、 この菌がカシナガが造った坑道の中で繁殖し、カシナガの食物になります。幹に開けられた数多くの孔に持ち込まれた菌が通水組織に影響を及ぼし、根から吸い上げられた水分が供給されなくなるために、枯死すると考えられています。



カシナガ被害木の調査

 芦生演習林では2002年8月および11月に、カシナガの被害が集中している区域において被害状況調査を行った。その結果、5林班でミズナラ41本、ウラジロガシ2本、33林班でミズナラ24本、8、9、10林班の尾根でミズナラ30本の地際にフラスが確認された。



カシナガ被害木の処理および防除法の試験

 次世代のカシナガが、被害を拡大させることを防ぐことと、その防除法の効果を調べることを目的とした防除研究を、プロジェクトチームの指導のもとに行った。
 処理は枯死木の地際(0cm)、中間(65cm)、胸高(130cm)の幹の周囲(30cm幅)に、背負い式ドリルとガイドバンド(2.5cm四方のマス目のビニール製ネット)を使って穴を開ける。深さ20cmの穴を10cm間隔に開け、穴の総数の1/10に、シイタケ菌の種駒を打つという方法(京 都府林業試験場で開発)を採用した。シイタケ菌はカシナガが餌とする菌に対して拮抗作用があると考えられている。


背負い式ドリルシイタケ種駒


 処理対象木は、被害調査により発見された被害木および被害調査日以降、新たに穿孔されたと思われる被害木のうち、完全に枯れているものとした。処理は8、9、10林班尾根で46本、5林班で57本になった。2人1組の3班編成で、担当区域に分かれて作業し、雨天をはさみ、1週間以上の日数が必要であった。


ガイドバンドを巻いた状態穴開け作業


穴を開けた被害木駒打ち作業


作業は2人1組で行う処理終了




試験、研究用材の処理

 カシナガの成虫を人工的に誘引して捕獲したり、カシナガの行動をかく乱したりする新たな防除法を開発するための研究を始めている。コナラとミズナラの枯死した被害木を伐倒し、試験用材として林内より搬出した。必要な材を取った後の被害木は30cmごとに伐り、ドリルで穴を開けシイタケ菌の種駒を打つなどの処理を行った。残りの部分をそのまま放置すると、翌年6〜7月にカシナガ成虫が羽化するので、これを防ぐためである。


伐倒後30cmごとに切る試験、研究用材として搬出




今後について

 以上は平成14年度に行ったカシナガ被害木の調査および処理の方法についての概要です。原生的森林を保全するために、芦生演習林でのカシナガ対策は始まったばかりです。ナラ枯れに関係するカシナガや、それに伝播される病原菌の生態の研究や新しい防除法の開発など、課題はたくさんあります。
 以下に平成15年度以降のカシナガ対策の予定を列挙します。


(1)平成14年度に実施した防除対策の効果追跡調査

(2)平成14年度に実施した各種拮抗菌の拮抗力の判定

(3)誘導抵抗のメカニズムに関する基礎研究

(4)誘導抵抗を発生させる有効接種条件の確立

(5)拮抗菌と誘導抵抗を併用した防除法の確立と実施

(6)カシナガ誘引木の成分の基礎調査




引用・参考文献

1) 森林微生物生態学.朝倉書店 二井 一禎・肘井 直樹 [編著].2000

2) 森林科学35号.日本林学会.2002

3) 京都の林業579号.京都府林業改良普及協会.2001



 
カシナガに関するリンク

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