少人数セミナー「海岸生物の生活史」 2008年5月5日

講師:フィールド科学教育研究センター 助教授 海洋生物系統分類学分野 久保田 信


10名(農4男2女、経済3男、医1女)の参加で、自然環境に恵まれ風光明媚な白浜町(和歌山県)に所在し、無脊椎動物や魚類の飼育展示で伝統ある水族館(開館78年)を有する瀬戸臨海実験所の周囲の海岸において、実地授業を実施した。主な講義・実習の実施内容は:(1)知られざる無脊椎動物の海洋での多様性の解説と、固定標本をはじめビデオ・図鑑・DVDなどでの学習と採集後、形態や行動など観察・スケッチ・同定;(2) 磯浜観察(番所崎); (3)漂着した生物の観察(番所崎・実験所"北浜と南浜");(4) 瀬戸漁港での観察;(5)磯浜や漁港で観察できにくい動物群が水族館で飼育展示されているので、それらの観察;(6) プランクトンの観察(瀬戸臨海実験所北浜で、プランクトンネット曳きサンプル);(7)反省会(オリジナル曲、♪「地球の住民、動物篇」、♪「ベニクラゲ音頭」、♪「エデイアカラのクリ−チャ−」、♪「生命の星」、を含む海洋生物曲の紹介。多様な動物群を自然にあふれた現場で実地実習する有効性はもとより、専攻の異なるもの同士が寝食も共にし、整った設備と廉価な宿泊施設使用料の滞在費の負担(1万円弱)は決して重くない。日本最古で質のよい温泉で、よく動きまわったフィ−ルドワ−クの疲労も吹き飛ばせるメリットや卓球での親交もあった。

 少人数セミナ−受講後の学生5名の感想の一部を紹介する。「自然を身で感じることの素晴らしさ、風や日光や海水の冷たさを体で受けとめ、生物の尊さを教えてくれるものは何よりも自然そのものと交わる時間や経験で、好きになったことをもとに新しいことを次へと活かしてゆく理想の学習スタイルでした。いつか自分の好きなものが見つかる気がしました。」「同じタイドプ−ル内に多くの動物門がいて面白く、海水が美しく多くの生物が成育している白浜の良さがわかりました。」「図鑑でしか見たことがなかったいろいろな動物を見つけ、存在も知らなかった生物、様々な動物の歌、人々、かけがえのない経験になり、勉強以外でも素晴らしい体験ができました。GWをつぶしてでもとる価値があり、後輩たちにも是非勧めたいです。」「貴重かつ最高の5日間を有難うございました。」「種の同定の大変さをつくづく感じました。初めて見る生物だらけでじっくり見つめて観察していると時がたつのを忘れてしまいました。生物は、実に、本当に奥が深いです。」

講師から受講生へのメッセージ

初日と水族館での観察日および最終日を除き、野外での観察時には天候に非常に恵まれ、穏やかで暖かく、微小生物から肉眼でわかる大形動物まで、多様な海産無脊椎動物や魚類など、多彩な顔ぶれに触れることができ、ラボでもじっくり観察できました。水族館では、41動物門中の比較的大きな門である「刺胞動物門」を代表として、分類と進化について簡潔な解説をしました。中でも、複雑で生活史を逆転させるというまるで蝶々が幼虫にもどるような神秘の一生を送っているベニクラゲや多用な環境にあわせるように世界で最も分化しているカイヤドリヒドラ類に焦点をあてました。また、海辺で見られなかった多数の動物達を、水族館の展示ラベル・解説で基礎的な生物学的事項が学習させられました。実のところ、この方面の知見を得るのは、いくら時間があっても足りません。その理由は、生命の母なる海、“宝の海”には、未知な特徴だらけの生物が無数に、多様に、時空的に変化しながら、お互いに影響しあって、存在し続けてきているからです。動物だけで、目下生きている144万種もの動物は、最も細分するとたった41門です。この基礎をしかと心得、動物門ごとに、綱以下の動物分類の最小階級である種・亜種までも今後は留意し、皆さんのこれからの人生で、地球の同朋者として生きてきている彼らの個々の一生、つまり、配偶子から受精卵・幼生・幼体・成体・老齢体など、「生活史」のことを常に頭におき、個々の個体や種全体のあるいは特定地域の個体群、そして地球全体の現在・ 過去・未来に思いを十二分に寄せて下さい。また、人間以外は非情と言える食う食われるの関係で種の存続が成り立っている「食物網」にも留意し、現存できている“おごそかさ”を十分にかみしめて、個々の生物を慈しみ愛して下さい。なんといっても、助け合える人間に誕生できた幸せを納得しましょう。 以上のポイントを常に肝に銘じておくこと、これこそ、人間の義務です。今後も多様な宝の海洋生物、特に岸辺で出会える様々な生き物に、人生をかけて、あるいは趣味として、めいっぱい親しんでみましょう。興味をもった1種とその近縁種の生命体の謎を究明しようといった思いなどが多少なりとも芽生えてくれば、本実習に参加した意義があるでしょう。3大テ−マ:@ベニクラゲの神秘の若返りのメカニズムの解明とその人類への応用;Aサンゴやサンゴイソギンチャクのように、光合成の活用、応用として人工作製法による食糧問題の解決;B生物を用いた大地震の予測をはじめ、海に潜む生物の秘密の発掘・研究・応用の醍醐味をも夢に描きましょう。 最後に、短い期間でしたが、ともに実習に参加した同級生の学部内・間のよき交流を今後も続行していってまたいつでも来て下さい。
− 実 習 の 様 子 −


実習の様子 講師と実習参加者