森からの森里海連環学

森林育成学分野 德地 直子


 森林生態系部門では、森里海の連環を構成する要素のうち、最も上流となる森林を対象にした研究を行ってきた。本年8月のフィールド研内部の改組までは、森林のうち「里山」の部分は里山資源保全学分野として里域生態系部門に所属していたが、改組後は本部門に編入された。ここでは、改組前に本部門で実施してきた研究内容および成果と、改組後に取り組む方向について述べる。
 森里海連環学の構想の発端は、森の状態が里や海の生態系にも深く関わるのではないか、という疑問であった。従来、別々の研究分野によって研究されてきたそれぞれの生態系間の関係を解明し、さらには里を含む人間活動のあり方までを見据えるものである。森から供給されて海に影響を与える物質の一つとして挙げられるのが、鉄である。鉄は海に不足しがちな物質で、鉄が豊富になると漁獲が増えるということが知られているが、この供給源のひとつが森である。鉄は水に溶けにくいが、森林土壌で生成される腐植酸と結合することによって、川を通じて海へと供給されると考えられている。そこで本部門では、由良川を対象とし、源流域の芦生研究林から鉄が運ばれる過程について、流程に沿ったモニタリングと解析を実施した。腐植酸は構造が多様で、同定しにくい物質であるが、三次元蛍光分析という最新の研究手法を用いて解析を行い、同時に流域の土地利用や河川水の水質調査を実施することにより、腐植酸を介した森林と里、海との関係を明らかにしようとした。現在のところ、まだ詳細に明らかになった訳ではないが、森林だけでなく、中下流の農地や市街地などからも腐植酸が加わっており、また地形が緩いとその量が増加すること、その影響は森林と比べて大きなものであることなどが分かってきている。
 一方、土地利用だけでなく、豪雨や人工林の間伐、カシノナガキクイムシによるナラ枯れ、シカの食害による植生変化なども、川を通じて下流に影響を与える。本部門では、全国的に問題となっているシカによる食害が流域の水質にどのような影響を与えるか、また、人工林の間伐によって水質がどのように変化するのかについて、芦生研究林を中心に流域調査を実施している。これまでのところ、シカの食害を防ぐ柵(防鹿柵)を設置した集水域では、下層植生が回復するとともに、河川水中の硝酸態窒素濃度が徐々に低下するなどの結果が得られており、森林の状態が、森里海連環を通じて下流へも影響することが示唆される。
 今後、本部門では、これらの研究をさらに推進するとともに、改組によって統合された里山資源保全学分野における森林での人間活動の影響評価を加え、健全な森里海の連環を維持しながら、森林資源を持続的に利活用していく方法についても検討を進めていく。

ニュースレター31号 2013年11月