豊島淑子先生インタビュー

大学の演習林での研究というと、これまで自然科学の研究が主でした。しかし森には古来より、人間とのかかわりのなかで存続してきたという側面もあります。そこで芦生研究林では、人文社会科学の研究やアーティストによる作品制作でも研究林を利用していただきたいと考えています。そのなかで京都造形芸術大学の豊島淑子先生は、定期的に芦生研究林を訪れ、下谷のトチノキと大カツラの木を描かれています。ここでは豊島先生の芦生の森への思いと、作品制作についてうかがいました。

芦生研究林の資料館・斧蛇館に展示されている、豊島先生の作品(部分)

 

―― 豊島先生の普段のお仕事について教えて下さい。

メインの仕事は、テキスタイルデザインです。シャツや浴衣、着物などウェアの柄などを描いています。その他に、ウェブのデザインや指導もしています。京都造形芸術大学では美術工芸学科の染織テキスタイルコースで、パソコンを使ってポートフォリオや企画マップ、デザインのデータ作成を教えています。

―― 芦生研究林へは、どのようにして来られることになったのですか?
2016 年の5月、京都造形芸術大学の実習棟に貼られていた「芦生研究林現地見学ツアー」のポスターで知り、そのポスターの森の木の写真の美しさに、すぐ参加を申し込みました。現地見学ツアーに参加した時点では芦生について何も知らず、ただバスで林道を登っていく時と帰り道に見る研究林の美しさに、「こんなにきれいな森があるんだ」とずっと車窓に張りついていました。

もともと葉っぱ好きで、作品のテーマは植物のみでした。亜熱帯の植物の生命力や葉っぱの美しさに惹かれ、十数年前から沖縄に通い、亜熱帯の植物ばかりを見て描いていました。それは2013 年に京都府立植物園のパネルとして一つの作品に出来上がりました。

豊島先生が制作した、府立植物園のパネル

芦生に来る前の2~3 年は、森をテーマに作品を作りたいとウロウロしており、子供の頃から慣れ親しんだ奈良の春日原生林や春日大社界隈によく出かけていました。ただ一人で森に入るのも怖いし、作品を作るきっかけになるものも探せないままでした。

はじめは京大の研究林ということで、私のように作品を作るために利用してもいいのか躊躇しましたが、来てみると、それ以上に初めて見た大カツラの木が気に入り、作品制作より、とにかくこの森に来たいという思いを強く感じました。怖がりの私が、大カツラの木の所にテントを張って、2~3日いたいぐらいでした。

現地見学ツアーの後、利用申請をし、6月の梅雨の頃から月2回ほど、他の研究者の方と一緒にバスに乗って林内に入りました。大カツラの所で降ろしてもらって、夕方またバスで迎えにきてもらい、その他にも、職員の方に中山神社や由良川の源流の杉尾峠に案内していただきました。初めの一年は、まずこの森のことを知らなければと思い、研究林に通うとともに、文化的なことも知りたくて、木地師のことや滋賀県、京都北部、美山の神社や神楽などを見て回ったり、調べたりしていました。

一年目は研究林内の概要も植物も知らないことだらけで、まず知ることからでしたが、二年目は、新緑の頃は週1〜2回、それ以降は月3回ペースで、大カツラに集中して見に行くことにしました。

2017年11月、大カツラの前でデッサンをする豊島先生

―― どうしてトチノキの絵を描かれたのですか?
もともと大きな葉っぱが好きなのですが、昨年の梅雨時季に見た、ツヤツヤとしてキズのない、瑞々しい新しい大きな葉があまりにもきれいで、トチノキの葉っぱばかり写真にとっていました。家に帰ってから写真を整理したり、眺めたりしていたのですが、たまたまとてもよく撮れた写真を元に、葉っぱの線描きを始めました。写真というのは全て見えているようで、実際描いてみるとわからない所が多く、その部分はトチノキがどうなっているのか知っていないと描けなくって、何度も描きました。描いても描いても納得できなくって、今研究林の資料館に飾っていただいているトチノキの線描きは、五回描き直しています。

線描きはデザインの前段階のもの、スケッチのようなものとして捉えていたのですが、途中段階でも見た人に好感を持ってもらえたので、作品になるようきちんと描き上げました。その後ギャラリーに展示するように、デッサンを元にトチノキをデザインしてみましたが、トチノキの大きさに振り回されて、まだ納得した作品になっていません。

今年は自分の車で早朝に林内に入るようになり、朝日の中で新緑のカツラの木を見て、やっと大カツラを描くきっかけのようなものを見つけることができました。今はそちらも全部描きたいと、同時進行で描いています。

豊島先生が描き、ご寄附への記念品のオリジナル手ぬぐいのデザインともなった、芦生研究林下谷のトチノキ

―― 木々を絵に描くことで、見えてくるものはありますか?
目で見てきたからわかっていると思っていても、実際描いて見ると、よく見ていないことに気づかされます。あれっ、この枝はどうなっているのかしら?とか。家で時間をかけて葉っぱを一枚一枚描いていると、森にいた時間や空気感も感じられ、その時はわからなかったことなど情報も整理されていきます。描くことで見ていなかったことに気づかされ、また見に行き、理解が深まります。頭でっかちにならないで、真摯な気持ちでモチーフに向かうことができます。それと、描くことによって、もっとこうしたい、ああしたいというアイデアが湧いてきます。

以前は「もっと上手に描きたい」と思いながら制作してきましたが、今はもっと本質的なことを表現したいということの方が優先順位が高いです。表現するためにはもちろん高い技術力は必要ですが、両輪必要です。

昔から、それがどんなものなのかは全く想像できないのに、「ジャックと豆の木」のような、天に上がっていくようなイメージのデザインを描きたいと思っていました。大カツラの木を描いていて、少しずつそういうものが描けそうな気がしてきました。でもそれは、ただ眺めていた時には想像できませんでした。描くことで見えてきたんだと思います。

研究林のシンボル、下谷の大カツラの木

―― 豊島先生にとって、芦生研究林はどういう場所なのでしょうか。
私の制作や知識の素です。今まで葉っぱにしか興味がなかった私が、葉っぱから木に興味がいき、雨や川、湿度、光、土、岩、鳥、カエル、魚、虫と興味が広がり、その全体が森なんだと認識できるようになりました。一個一個の植物の単なる造形的な美しさだけでなく、森全体の美しさがあります。その中で今まで知っていた知識を体感でき、理解を深めることもできます。

森にいるとインスピレーションが湧きます。今はものを作る上での迷いがまったくなくなり、「森が教えてくれる」と思います。例えば、動物との信頼関係が長く接していると生まれることはあると思いますが、迷ったら森に行ってみて考えます。行ってみてぱっと気づくことがあります。

―― 最後に、芦生研究林は、これからどういう場所としてあったらよいと思われますか?
森のゆっくりとした流れを見ていると、このまま京都大学の研究林として、現状維持がいいのではないかと思います。ハイカーが入りすぎて踏み荒らしが起こっても困りますが、職員さんや研究者など人が入らないと道も維持できません。短絡的な資源利用が成功しなかったからこそ残った美しい森ですから。

私は個人で森に入っているときも充実していますが、研究者が個別で入って研究するだけでなく、色々な分野の研究者が共同でプロジェクトをすすめる場としてもあったらいいと思います。今年の夏、京都造形芸術大学の染織の研究室で林内を見学しました。同じ研究室でもそれぞれ違った分野を受けもっていますから、メンバー同士で思い思いに色々な意見を交わし刺激になり、新しい考えや着眼点が見えてきました。そういうことがより広範囲な分野にわたって行われると、もっと創造的な研究テーマや内容がでてくるのではないでしょうか。

研究林の存在意義をとりまとめて、きちんとアピールしていかないといけません。

――― いただいた意見を参考に、芦生研究林として、森林の保護と教育・研究の発展に努力していきたいと思います。ありがとうございました。

~大学の森を守ろう~