こどもの森、大人の森?

森林生態保全学分野  徳地直子


 人間は、赤ん坊として生まれ、こどもになり、大人になっていきます。また、木も種子から芽が出て、幼木になり、大きくなり樹冠をひろげてゆきます。では、木が集まってまわりの環境とともに形づくる森はどうでしょうか?個体としての木が成長し、まわりの木々とともになんとか森と認識できる“こどもの森”となり、さらにうっそうとした“大人の森”になっていくのにどのような経過をたどるのでしょう?“大人の森”になる過程は、樹種が同じならどの森も同じなのでしょうか?森の時間は研究期間(私たちの寿命?)に比べて長く、ゆっくりしたものなので、まだまだわかっていないことが多いのです。
 “時間”の問題を解決する手段として、林齢の違ういくつかの森を、比較する方法があります。気象・地質・地形条件が似ていると仮定できる場所で、森ができてからの時間(林齢)だけが違う森を比較することによって、“時間(歳)”の影響を調べるのです。写真は、尾根を境に違う年に植えられたいくつもの林齢の異なる森林です。手前にくるほど年をとっています。見た目からは、歳の違う異なる森がまるでひとつの森が“こども”から“大人”になっているように、つまり、木としてだけでなく森としても、同じような過程を経て成長していくようにみえます。
 では、森の中身はどうなっているのでしょうか?人間は身体の中の様子を知るために、人間ドックなどで尿検査などを行います。それに対して、森では尿検査のかわりに森からでてくる川の水を調べることでいろいろなことがわかります。森の中で起こっている様々なことを反映して水質が形成されるからです。
 例えば、伐採されてすぐの若い森からでる川の水には硝酸などの養分がたくさん含まれていますが、森が大きくなるにつれてその濃度は下がりました(写真1)。この森の年齢と川の水質の関係は、いくつもの違う森でもいつも同じような関係が得られました。つまり、違う森でも同じ経過をたどって大きくなる、言い換えれば、木という個体としてだけでなく、生態系としてもこどもから大人に同じ過程をたどるということが推察されました。多くの生き物からなる地球をひとつの生物(システム)のように考えることがありますが、そんなことに想像が膨らむ結果ではないでしょうか。
 ただ、この結果は、同じ森を追跡調査した結果ではありません。上述のように、林齢の違う森を並べて考えた結果です。本当にここで推察されたような過程を経て、“こどもの森”が“大人の森”になるのかは、ゆっくり成長する同じ森をいくつも追跡してはじめてわかることでしょう。フィールドセンターの研究サイトや業務は、このような長期の継続した地道な調査研究を支えています。

ニュースレター16号 2009年3月 研究ノート