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芦生研究林の大型土壌動物相

渡辺 弘之(京都大学名誉教授)

私がはじめて芦生へ行ったのは1961年5月の連休だった。もう55年もの昔のことになる。

京都駅から安掛まで国鉄バス、安掛から田歌まで京都交通バス、そこから芦生まで歩いた。宿舎の廊下にはたくさんの石油ランプがぶら下がっていた。夕食時には自家発電で電灯がついたが9時には消灯になった。次の日は内杉谷・下谷を歩いて長治谷小屋に着いた。下谷は丸木橋をあっちに渡りこっちに渡りだった。もちろん、食糧をもってである。

大学院で森林の土壌動物の落葉分解に果たす役割を調べることにした。ブナ林、スギ林、竹林、ススキ原など植生のちがい、ブナ天然林を伐採しスギを植栽したあとの土壌動物相の変化、尾根から谷までの斜面の植生・土壌の変化との対応、現在テニスコートになっているところが草地だったが、ここでクソミミズの土壌耕耘量などを調べた。

一日中、土を掘り、土壌動物を採集していた。暗い青春時代を送っていたということだが、土壌動物調査のため掘り返した土の量は私が日本一だろう。

1966年4月、演習林助手に採用され、芦生に赴任した。しょっちゅう来ていたのだから、採用には大喜びであった。ツキノワグマ、植物相、鳥類、カミキリムシ調査などとともに土壌動物調査を続けた。

しかし、採集した土壌動物は大まかなグループに分け、その数と重さ(現存量)を計っただけだ。その当時、土壌動物の分類研究者がいなかった。落ち葉を食べるササラダニでもわずか7種しか記載がなかったが、現在では550種以上が記載されているし、ダンゴムシ・ワラジムシでも10種程度だったものが、現在では約150種が記載されている。まだまだ未記載種・新種がいるのだが、それでもかなり種名がわかるようになった。土壌動物の分類が大きく進んだのである。

助手としての赴任時、土壌動物研究を指導していた塚本次郎さん(現高知大学農学部教授)が採集したヒメフナムシに形態のちがうものがいるというので大阪市立自然史博物館の布村昇さんに送り、新種ニホンチビヒメフナムシ(Ligidium paulum)として記載された。基産地が芦生だが、これは現在では少し標高の高いところの森林に広く分布することがわかっている。

定年退職後、数と重さしか調べなかった土壌動物にも貴重な種がいるにちがいない、どんな種がいたのか心残りだったので、調べたいと研究調査許可をもらった。しかし、小さなトビムシやササラダニなどは同定依頼しても時間がかかるので、対象をミミズ、マイマイ、ザトウグモ、カニムシ、ワラジムシ、ヤスデ、ムカデなど大きなもの、大形土壌動物に限定した。2010年7月にトチノキ平で採集したものは新種アシュウハヤシワラジムシ(Lucasioides ashiuensis)として記載された。

これまでに専門家の同定を受け確認できたものは、ミミズ(ナガミミズ)目が3科12種、これに未決定種8種、マイマイ目12種、カニムシ目4種と未決定2種、ワラジムシ(等脚)目6種、ヨコエビ目1種、ザトウムシ目12種で、ヤスデ・ムカデ類はまだ同定がほとんど進んでいない。このほか、ガロアムシ、イシノミや同時に採集されたナガクチキムシ、アリズカムシ、ハネカクシ、ゴミムシ、ゾウムシなどの甲虫も同定依頼をしている。珍しいガロアムシは確実にいるのだが、成体が採集できず種名が決定できないでいる。新種かも知れないと期待しているものだ。クモは調査の対象にしていないのだが、偶然に得たフタカギカレハグモはこれまで愛知と鳥取からしか報告されていないものだった。

同定依頼した結果がやっと戻ってくる。今のところ、新種はアシウハヤシワラジムシ1種だが、ミミズ、カニムシ、ムカデ・ヤスデ類にたくさんの未決定種が残されている。これらが新種である可能性は大きい。期待しているところだ。

私がこれまでに確認できた芦生を基産地とする動植物は少なくとも58種にも及ぶ。この一地点からである。芦生研究林の自然のすばらしさ、生物多様性ホットスポットであることを、さらに強調できるデータを示せると思っている。

2016年2月28日

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シカによる森林の過採食圧が植物の繁殖成功に及ぼす影響

坂田 ゆず(京都大学生態学研究センター)

近年のシカの過採食圧による森林の下層植生の衰退は、生物間相互作用網を介して様々な生物群集に波及すると考えられていますが、植物の繁殖への間接効果はあまり検証されていません。芦生研究林では、20年ほど前からシカによる過採食による下層植生の著しい衰退がすすんでいます。

図1.ニホンジカの分布図(環境省生物多様性センターより改変)と調査地

私は、シカの過採食が開花草本群集と送粉者群集を介して、植物の繁殖成功に与える影響を解明することを目的として、シカの過採食地域(芦生・丹沢)とシカの非分布地域(佐渡・茨城・福島・山形)の6地域(図1)において、草本群集、送粉者群集、低木5種の結実率を3年間に渡って調べました。

図2. シカが、秋咲きの草本を食害することで、マルハナバチの訪花頻度が減少し、春~夏咲きの低木の結実率の低下が見られた。

その結果、シカの過採食が見られた地域では、秋咲きの草本群集の被度の著しい低下が見られ、秋に繁殖を行うマルハナバチの訪花頻度が低下していることが明らかとなりました。また、マルハナバチに強く依存した低木種では、結実率の低下が見られた一方で、その他の昆虫に依存した低木種では、結実率の低下は見られませんでした。このことから、シカによる下層植生の衰退が送粉者を介して植物の繁殖成功に与える負の波及効果があることが示唆されました。(図2; Sakata et al. 2015)

図3. ナツエビネの花に訪れていた多様な昆虫

この他にも、無報酬のラン科の植物のナツエビネに注目し、佐渡と芦生において、繁殖生態を2年間にわたって調べました。その結果、ナツエビネには多様な昆虫が訪れている一方で、もっぱらマルハナバチによって送粉されていることが分かりました(図3)。シカの過採食が著しい芦生では、送粉成功が低下していることが明らかになり、シカの直接的な食害によって個体数を減少させている絶滅危惧種のナツエビネは、さらに間接的に負の影響を受けていることを示しました(Sakata et al. 2014)。また、結実し種子ができて芽生えたとしても、実生がすぐシカによる食害を受けてしまうと考えると、予想されている以上にシカの食害は、植物の繁殖生態に間接的な負の影響がもたらされている可能性が考えられます。

今後も、芦生やその他の森林において、どの生物がどのように関わり合っているかについて、中心となる植物と昆虫の相互作用に注目しながら研究をすすめていきたいと考えています。

2016年2月27日

参考文献

Yuzu Sakata, Michimasa Yamasaki. Deer overbrowsing on autumn-flowering plants causes bumblebee decline and impairs pollination service. Ecosphere 6(12):274, 2015年.
Yuzu Sakata, Shota Sakaguchi, Michimasa Yamasaki. Does community-level floral abundance affect the pollination success of a rewardless orchid, Calanthe reflexa Maxim.? Plant Species Biology, 29, pp159-168, 2014年.

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強度のシカ食害下における有毒植物の個体群構造

松本 哲也(岡山大学 環境生命科学研究科 森林生態学分野 博士前期課程)

芦生研究林周辺はニホンジカによる食害がひどく、ほとんどの草本は食べ尽くされています。しかし、一部の有毒植物は、シカに食べられないことと、周りの競争相手が軒並み食べ尽くされたことから、繁栄を極めています。果たして有毒植物のひとり勝ちはこれからも続くのでしょうか。

アシウテンナンショウのオス個体

この疑問に答えるべく、芦生研究林で増加している有毒植物アシウテンナンショウの調査を行いました。野田畑谷に自生する計1095個体の位置、性表現(未開花、オス、メス)、個体サイズを調べたところ、約96%が未開花、残りの約4%がオス、メスは0個体でした。また、これらがどのように分布しているのかを解析した結果、オスと未開花個体がかたまって生育していることがわかりました。

テンナンショウの仲間は雌雄異株(人間と同じくオスとメスの区別がある)で、興味深いことに一生の間に性を可逆的に転換させることが知られています。テンナンショウの性転換は、イモ(球茎)の大きさに左右され、イモの大きさは環境の良し悪しに影響を受けます。つまり、環境が良いとイモが肥えてメスになり、環境が悪いとイモが痩せてオス、もしくは花を着けなくなります。

群生するアシウテンナンショウ

野田畑谷のアシウテンナンショウは、環境が悪いためメスになれず、種子による繁殖ができない状態に陥っているかもしれません。くわえて、アシウテンナンショウは子イモによって盛んに増えるため、オスの周りに群生していた未開花個体はオスのクローンである可能性があります。

アシウテンナンショウがこのような状態に置かれている理由としては、シカの踏みつけによる土壌の圧縮、植物が激減したことによる土壌養分の流亡といった環境悪化が考えられます。このまま、種子ではなく子イモによる繁殖が続けば、クローンばかりの個体群になり、急な環境の変化や病虫害が発生した際に大打撃を被る可能性があります。今後、食害強度の異なる複数箇所で個体群構造を比較することで、この現象が本当にシカ害によるものか見極める必要があります。

2016年3月4日

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文化的植物資源としてのワサビの保全学的研究‐京都府南丹市芦生わさび祭り開催地区を事例に

山根 京子、山口 博志(岐阜大学応用生物科学部)

芦生地区では毎年4月10日に「山葵祭り」が開催されます。ワサビといえば静岡県や長野県などの有名な産地を想像される方も多いかもしれません。

京都府南丹市に位置するこの地では山岳信仰の神事として山葵祭りが開催されてきました。文書による記録が乏しいため、祭りが始まった正確な年代はわかりませんが、日本民俗学の租・柳田國男の著書である『山村生活の研究』(1937)のなかで、「知井村の熊野様は舊(旧)三月十五日に山葵祭とて頭家が山葵と酒一升を供へる祭儀を行うが、それ迄は山葵を一切食べてはならず、食べると罰が当たると信じている」と紹介されています。山葵祭りは冬季の熊狩りの安全を祈願してワサビ断ちをした後のワサビ採集の解禁日とされ、祭りでは芦生の自生ワサビが食されてきました。

ところが最近、この山葵祭りで供えられるワサビが、芦生地区で深刻化するシカによる食害により劇的に数を減らし、かわりに栽培ワサビが祭りで用いられていることがわかったのです。

そこで我々は、文化的植物資源としてのワサビの復興と山葵祭りの持続的な開催を目指し、芦生地区におけるワサビの自生状況を調査することにしました。

X谷で発見された芦生自生ワサビ( 矢印 )

その結果、調査された芦生地区7地点のうち、2地点でのみ芦生の自生ワサビが存在することがわかりました。シカも近寄ることができないほどの険しい崖にしがみつくように生育するワサビも、DNA分析により栽培ワサビの逃げ出し個体である可能性が高いことが判明するなど、早急に自生ワサビを保全する必要があることがわかりました。

そこで、芦生地区の集落に近いX谷(保全のため仮名称とする)を優先ワサビ保全地区と定め、ワサビの自生状況やフロラ調査を行いました。

X谷にわずかに残された4個体の自生ワサビはDNA分析の結果、全て芦生自生タイプであることがわかりました。さらにこの谷はシカの食害が著しい芦生地区において、植物の多様性が維持されている貴重な場所であることも明らかとなったのです。

X谷のワサビ個体増殖と周辺植物の保全を目的として、2016年3月、京都大学農学研究科の高柳敦先生と芦生地区の方々のご協力のもと、シカ柵を設置しました。今後はその効果をモニタリングしながら自生ワサビの増殖をはかり、文化的植物資源である自生ワサビの持続的な利用に向けた取り組みを検討したいと考えています。

2016年6月15日

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ナラ枯れを引き起こすカシノナガキクイムシの移動分散様式

山崎 理正(京都大学農学研究科)

近年、日本各地でミズナラやコナラなどブナ科樹木が集団的に枯死するナラ枯れの被害が問題になっています。京都府では最初北部で発生した被害が徐々に南下し、芦生研究林では2002年に初めてミズナラで被害が確認されました。ナラ枯れの被害は、体長5mmの甲虫、カシノナガキクイムシが病原菌を木から木へと運搬することで発生します。被害を軽減するためにはこのキクイムシの生態を詳しく知る必要がありますが、飛翔距離や移動分散パターンなど、その飛翔生態は謎に包まれています。

そこで、一集水域内の10年間のナラ枯れ被害拡大様式を解析し、カシノナガキクイムシの移動分散パターンを推定してみました。

調査にはモンドリ谷のミズナラを利用しました。固定調査プロットとして設定されているモンドリ谷では、1992年より5年毎の毎木調査が実施されています。16haの調査プロット内に生育していた304本のミズナラを2004年以降毎年見て回り、前年のカシノナガキクイムシの穿孔被害状況を確認しました。そして、前年の被害木からどれくらいの距離にどれだけのカシノナガキクイムシが飛んでいるか、キクイムシの仮想分散カーネルを100種類準備し、被害発生を予測するのにどのパターンが最も適しているかを調べました。

モンドリ谷では2004年に初めてナラ枯れの被害が確認され(図1)、304本生育していたミズナラは2013年末には185本にまで減少しました。100種類準備した分散カーネルのうち、被害発生を予測する際に最も説明力が高かったのは、直近には飛ばず300mくらい離れたところにピークがあるようなパターン(図2)でした。この分散カーネルに基づいてモンドリ谷全域でどの場所にどれくらいの確率でカシノナガキクイムシが飛んでくるか(移動分散確率)を計算させたところ、高い移動分散確率が推定されたエリアで多くの被害木が発生していました(図3; Yamasaki et al. in press)。

近くにもミズナラがあるのに何故それらを避けて少し遠くのミズナラを寄主木として選ぶのか、このような移動分散パターンはどのような飛翔行動に起因するのかなど、まだまだ謎は尽きません。また、今回の調査プロット内ではミズナラ同士の最大距離は573mで、これ以上の長距離分散については推定することができなかったのですが、実際にはもっと遠くまで飛翔しているカシノナガキクイムシもいると思われます。

現在は室内実験で飛翔距離を推定したり、飛翔前後の行動の変化を調べたりすることで、カシノナガキクイムシの飛翔生態と寄主木選択様式をより明らかにしようとしています。

2016年5月27日

発表論文

Yamasaki M, Kaneko T, Takayanagi A, Ando M (in press) Analysis of oak tree mortality to predict ambrosia beetle Platypus quercivorus movement. Forest Science doi: 10.5849/forsci.15-121

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ヘビ類の長期生態調査

森 哲(京都大学理学研究科)

芦生研究林とその周辺に生息するヘビ類の基本的な生活史を明らかにするために、1982年から調査を継続しています。

推定20歳以上のシマヘビ

2017年の今年は、始めてから35年になりますが、標識再捕獲法や直接観察法によって生態や行動を調べることにより、ヘビ類の様々なことがわかってきました。

芦生研究林には8種のヘビが生息し、これまでに合計で1200個体を超えるヘビを捕獲、標識しました。標識個体数の多い順に述べると、ヤマカガシ、シマヘビ、アオダイショウ、ジムグリ、マムシ、ヒバカリ、シロマダラ、タカチホヘビになります。しかし、シマヘビはヤマカガシよりもずっと長生きするため、同じ個体が何年間にもわたって何度も捕獲されるので、実際に出会った延べ個体数はシマヘビの方がヤマカガシよりずっと多くなります。

シロマダラの幼体

ちなみに芦生研究林に棲むシマヘビでは20年以上生きている個体がいることがわかりました。また、調査は主に日中に行っているため、夜行性のシロマダラやタカチホヘビは、実際にはもっと個体数が多いと予想されます。

モリアオガエルを呑むシマヘビ

捕獲したヘビは、強制嘔吐法という手法により殺さずに胃内容物を確認することができます。その結果、ヤマカガシはカエル類を専食していること、
シマヘビはカエル類が主食であるものの、小型哺乳類やトカゲ、ときには他種のヘビを食べていることなどがわかりました。また、アオダイショウは恒温動物である哺乳類と鳥類を主食としており、ときにはイタチやモモンガも食べていることがわかりました。

ヒキガエルを呑むヤマカガシ

ヤマカガシでは興味深い採餌習性もわかってきました。本種はカエル専食であるため、皮膚に強い毒を持っているヒキガエルでさえも好んで食べます。しかも、ヒキガエルの皮膚毒を取り込んで、頸部背面の皮膚の下にある頸腺という特殊な器官に蓄え、自分自身の防御に再利用しています。生まれたての仔ヘビはまだ餌を何も食べていないので、普通であれば頸腺に毒はありません。ところが、妊娠しているメスのヤマカガシは、ヒキガエルを食べることによりお腹の中にある卵へ毒をまわし、生まれたときから毒を頸腺に蓄えている仔ヘビを生めるのです。そこで、芦生研究林に生息するヤマカガシの成体に電波発信器を装着して、その採餌行動を調べたところ、妊娠しているメスはより積極的にヒキガエルを採餌しようとしていることがわかりました。すなわち、妊娠している母親ヤマカガシは、生まれてくる自分の仔ヘビがすぐに毒を持って身を守れるように、ヒキガエルを食べることに専念しているのです。

現在では、もろもろの事情により調査頻度はかつてほど高くありませんが、細々と長期調査を継続しています。ここ数年、ヤマカガシなどのヘビ類や、餌となる一部のカエル類の数はめっきり減ってきたような印象を受けます。これからも、豊富なヘビ類が生存していける自然環境が残されていくことを願いつつ、調査を続けています。

2017年4月6日

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森で想う環境のこと・人のこと(web連載)

伊勢 武史(京都大学フィールド科学教育研究センター)

WEBナショジオ連載【森で想う環境のこと・人のこと(外部リンク)
連載期間 2014年12月18日~2015年11月9日 全12回(現在は連載を終了しております。)

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絶滅の危機にある希少種がなぜか大量発生!生態系に改変をもたらす動物とは

中浜 直之(京都大学農学研究科)

academist journal掲載コラム  
絶滅の危機にある希少種がなぜか大量発生!生態系に改変をもたらす動物とは(外部リンク)