「ディープラーニングで植生を識別する」伊勢研究室の挑戦

森のどこにどんな植物が生えているだろう?植物を対象とした研究や仕事をしている人にとって、これはもっとも基本的でもっとも重要な情報なはず。しかし実情は、この情報が十分に得られていません。その理由は・・・

森の植生情報の取得がむずかしいのは

・対象が巨大。研究室のシャーレや庭の家庭菜園ならば、どこにどんな植物が生育しているか、手に取るようにわかるでしょう。しかし、森林生態学や林業が相手にする植生はとにかく巨大!いちどに見渡して木の種類や数を調べることは不可能なのです。

・地形が3次元。広大な土地でも、田畑のように平面ならば、植生の調査は比較的かんたんです。しかし、日本の森の多くは、複雑で急峻な地形を持つ山地にあります。すべてを見通すことは不可能ですし、現地を歩くのもたいへん困難です(山地での「毎木調査」を経験した人なら実感できますね)。

・過疎化、高齢化、予算の不足。植生を調査しようにも、それをできる人とお金が足りないのです。広大な山地で植物調査をするためには多くの人とお金がかかりますが、ただでさえ「もうからない」と言われている林業で、それをねん出するのはとてもむずかしいのです。

人工知能でブレークスルー

そこで私の研究室では、人工知能(AI)を活用することで、森の植生調査の低コスト化をはかりました。うまくデザインすれば、人工知能は人間と遜色ない精度で植生を識別し、分類することが可能なことが分かりました。

人間とくらべた人工知能のメリットは、とにかく早いこと・疲れないこと・一定の基準で仕事を続けられることです。これまでの植生調査は人海戦術だったので、時間がかかるうえに、担当者の個性やその日の疲れぐあいなどで、けっこうな違いが出るものでした。人工知能はこの問題を一挙に解決するのです。

伊勢研究室では、現在特許出願中の2件の技術を用いて実証実験にはげんでいます。ここではその一例をご紹介しましょう。

「こま切れ画像法」でコケ植物を識別する(特許出願中)

私が最初に対象植物として選んだのはコケです。それはなぜか。京都に住んでいて身近に多くの苔庭があること・私自身が日本の伝統文化が好きなこと・そして京都市の方から「最新の科学技術と伝統文化でなにか研究できない!?」という無茶ぶりを受けたことが理由です。

しかしあとになって、対象をコケにしたのはとても良いアイデアだったと気づきました。人工知能を訓練するための素材として対象物の写真を大量に撮影しなければならないのですが、ミニチュアな植物であるコケは、手持ちのカメラで「上空から」撮影できるのです。いきなり森林の樹木を対象としていたら、飛行機やドローンが必要になります。そうなると試行錯誤や微調整がむずかしく、挫折していたかもしれません。さらに、コケならば光のあたりぐあいを調整するのも簡単です。大きな日傘のような遮光版を使えばよいのです。こうした試行錯誤を当時の大学院生とともに繰り返し、かなりの精度で苔庭のコケを自動分類する人工知能が完成しました。

もっとも、コケ植物ならではのむずかしさがありました。コケ植物は無性生殖でマット状に生育することが多いため、どこからどこまでが一個体なのか判別するのがむずかしいのです。それは人間にもむずかしいことなので、これを人工知能に要求するのは酷なのです。そこで発想を転換し、コケ植物のテクスチャ(見た目の風合い)を学習させることにしました。少し訓練された人間は、コケの個体の切れ目が分からなくても、テクスチャから「これはハイゴケだね」などと識別することが可能です。この能力を人工知能に教え込むことにしたのです。

この図のように、苔庭に存在するさまざまなコケのデジカメ写真を「こま切れ」にし、人工知能を訓練していきます。それぞれのこま切れは、人間の目で見てもギリギリ違いが分かるものです。人間の目で違いが分かるものは、人工知能にも理解してもらえる。これがこの技術のおもしろいところです。ふだんは人間の目に見えないバクテリアなどを相手にしている生物学者として、とてもとっつきやすいと思いました。

結果はなかなかのものでした。苔庭に生育する複数種のコケを、かなり高精度で識別できたのです。この結果を論文(Ise et al. 2017 Open Journal of Ecology)で公開したところ、情報科学の有名誌「MIT Technology Review」の取材を受けニュースになるなど、かなりの反響がありました。

ドローンで森林を調べよう(特許出願中)

ミニチュアな植物であるコケの識別に成功したので、次はいよいよ森林の樹木です。一定の条件で安定した写真を撮るために、ドローンを用いることにしました。研究をはじめた2016年ごろは高性能なドローンが低価格で普及しはじめた時代でした。現在も伊勢研究室に博士課程の学生として在籍している大西信徳くんはドローンの操作をいちから学び、森をまるごと写真撮影することに成功しました。一定の高度で飛行するドローンから一定間隔で写真を撮ってそれらを合成することで、巨大な森が一枚の3次元画像になるのです。

得られたのは3次元データですので、樹木一本一本の高さや形状もわかります。このデータを利用して、画像中の樹木個体を切り出すことに成功しました。

これができれば、人工知能を訓練するための素材(教師画像)を用意するのは簡単です。特に紅葉の時期は、樹木の色の違いがはっきり分かって識別しやすかったです。

こうして得られた教師画像で人工知能を訓練したところ、森林の多様な植物をかなりの高精度で分類することに成功しました。

これはたいへん画期的な成果だと考えています。従来、このような非接触技術による植生識別には、レーザー機器など効果で特殊な機材が必要でした。この研究は、安価で誰でも気軽に買えるドローンだけでデータを取ったにもかかわらず、人工知能のおかげで従来技術より高い精度を得たのです。

これは、森林調査のコストを数十分の一にする可能性を示しています。そこで、この手法を特許出願するとともに、積極的な産学連携を進めています。

環境問題への応用

日本の生態系をおびやかす外来種の問題。これを解決するために、本研究室の知的財産を活用しています。

セイタカアワダチソウは日本じゅうにはびこる外来植物。秋になると、黄色く目立つ花を咲かせます。この花を人工知能で識別することに成功しました。今後、市民の協力者からデータをもらうことで、広い範囲でセイタカアワダチソウの分布を取りまとめることを目指しています。

Google Earthから竹林を識別する

竹は有用な植物ですが、あまり利用されなくなると、その旺盛な繁殖力で里山をおおいつくすことがあり、いま日本じゅうで問題になっています。竹は地下茎で増えるので、とにかく拡大のスピードが早い。環境省などの調査も追いついていないのが現状なのです。そこで本研究室では、Google Earthの画像から竹林を自動識別する人工知能をつくりました。その結果は相当な高精度。人力での調査とはまったく比較にならない精度・スピード・コスパで、日本の竹林問題の解決に寄与しようと考えています。査読論文としては、Watanabe et al. 2020 BMC Ecologyに掲載されています。