研究内容 research
研究・教育

1.京都大学農学研究科附属亜熱帯植物実験所時代

 

実験所が開所されて以来、各教官の研究や教育、地域貢献、プロジェクト研究を立地条件を活かして行ってきた暖帯性園芸植物、熱帯・亜熱帯性作物の導入、試作・繁殖に関する研究やウメやツバキの繁殖、利用や系統保存、戦前からの「自然植物園」構想完遂のための照葉樹林の回復作業、さらに地元への地元貢献という意味での農業技術協力が行われてきました。
教育面では,1977年から農学部旧農学科1回生対象の夏期研修が行われ,1989年には農学部学生向けの「植物導入論と実習」が,有用植物の導入理論と順化・増殖技術体系に関する集中講義として開講された。「植物導入論と実習」は2001年からは「植物調査法と実習」に変更され現在に至っており,その他,全学新入生対象の少人数セミナーに関しては,2001、2002年には「草木のすがたと生活を探る」が開講されました。 
一方、1996年には展示用ガラス温室,1998年には研究用ガラス温室が整備され,潮風害のない状態での栽培展示や試験が可能となりました。
また、他研究機関との共同研究のほか、各教官の専門分野と立地条件を相乗させた多彩な研究、本学他学部や他大学等からの研修受け入れ、さらに近隣の自治体住民を対象とした自然観察会や講演会が随時行われました。


2.京都大学フィールド科学教育研究センター紀伊大島実験所時代

亜熱帯植物実験所時代の諸資源を生かしつつ、さらにフィールド研究センター理念の3大柱の一つである社会連携部分を実行するため、以下の講義と実習、研究、研究プロジェクトを2003年以来行って来ました。

(講義)
「紀伊半島南部の里域生物相」(全学1回生向け)、2003年度
「森里海のつながりを清流古座川に見る」(全学1回生向け)、
2004年度〜
「植物調査法と実習」(農学部2回生向け)、2000年度〜
「森里海連環学実習B」(全学向け)、2003年度〜
「里域植生保全論」(院生向け)、2003年度〜

(研究)

  • 里域生態系の起源と系譜
    里海,里地,里山,そして里空を内包する里域の原型は古生人類の誕生まで遡れます。自然生態系nature ecosystemの中から里域生態系human ecosystemがいつ,どこで,どの様に萌芽したのか,その後どの様に変容し,現在の多種多様な文明と文化に発展し,今後どの様に展開していくのかを考察する。
  • 照葉樹林ならびに黒潮文化圏における里域生物の保全
    東アジアの温帯部の里域には多種多様な植物や動物が分布し,人間による文化活動という特殊な撹乱(進化圧)によって,野生−雑草性−奨励雑草性−半栽培(家畜)−栽培(家畜)という諸段階を行き来しています。里域とその周辺における生物の適正な保全のあり方を主にフィールドワークによって考察する。
  • 自然保護区における異形要素の管理
      かつては,自然域と里域は中間錯雑地帯を介在させながら共存してきました。しかし,紀元前後からの里域の急速で同時多発的な拡大によって,自然生態系構成要素は瓦解の危機にある。いったい里域と自然域はどの様に調和すれば良いのかを主に野外研究によって明らかにしていきます。
研究課題

 (プロジェクト研究)

◇紀伊大島博物相の史的解明

幾多の社会経済的変化や串本大橋架橋を経験した紀伊大島は,その度に生物相を変容させてきました。昭和初期,昭和中期および平成初期に調査された植物相を分析し,その変遷様式を考察すると共に,未調査な他の植物群や動物群の把握を行い,紀伊大島生物相の起源と成立を、里域保全と関連させて解明していきます。



◇古座川プロジェクト

1.古座川の概要と現状  古座川は、本州中部の紀伊半島南部に鎮座する霊峰、大塔山(標高1121m)を源流に持ち、緩やかに太平洋へ注ぎ込む、全長が約56kmの清流です。小川(こがわ)、佐本川など、7本以上のきわめて清浄な支流を持ちます。古来より熊野と呼ばれている地域の南半分近くを古座川は集水域としています。流域は鬱蒼とした照葉樹林帯に覆われ、伝統的な文化構成要素が今なお息づいているのです。最近、熊野地方の紀伊山地と霊場が「世界遺産」に登録されましたが、古座川流域および暖流黒潮とともに古座川河川水の影響を強く受ける串本湾はそうした風土的基盤の一つです。  昭和31年(1956年)、古座川本流中流部に治水と発電を主な目的とした七川(しちかわ)ダムが完成、供用されました。ところが、発電のための水位調節可能幅が狭小な上に、日本一の多雨地帯に近く、台風や集中豪雨に見舞われるため、ダム施設そのものを洪水から守るべく、放流または緊急放流を実施してきました。この放流処置の結果、ダムの下流、特に河口域から串本湾に広がる里海の生態系に甚大な影響を及ぼすことになりました。流域および湾岸住民からは、ダム設置やダム放流とそれに伴う水質量の変容が、近年見られる魚貝類や青海苔の漁獲量の減少と関連しているのではないかと噂されて来ました。

2.古座川の水質と濁りの類型化  古座川本流は、中流地点「出会い橋」で、ダムを上流部に欠く小川(こがわ)という支流と合流します。この合流地点へダム放流最中に見学に行くと、大変興味深い光景に遭遇できます。すなわち、ダムの下流域に発生する本流の白い濁水と小川から注ぎ込む穢れなき清流とが鮮明なコントラストを作り、その「潮目」はずいぶん下流まで続いていくのです。  一方、古座川の川面をつぶさに観察すると、いくつかの濁りの類型を認めることが出来ます。流域住民と私たちの観察を総合すると、白濁り、笹濁り、渋濁り、土濁り、緑茶濁り、が列挙できるのです。笹濁りは薄緑を呈し、通常降雨の後に現れ、アユの行動が活発となります。渋濁りは少雨後だけに一時的に発生、赤ワイン色を呈し、アユの行動が緩慢となります。緑茶濁りは、まさに緑茶色で初夏の豪雨の後に一定時間現れ、水面から草や葉の香りが沸き立ちます。土濁りは、水田作業のひとつ・代掻き時や流域の小規模な土木工事の際に現れます。こうした濁りは小川などの支流で認められやすいが、しばらく流下すると濁りが消え去ります。問題は七川ダムの下流で発生する白濁りです。この濁りの中ではアユの行動が極めて不活発となります。河口域まで消失しない白濁りの正体は明らかではないのですが、ダム湖底に堆積したヘドロという説もあります。従来の水質調査手法に加えて、濁りの類型という視点からの検討も必要です。各種の濁りの起源や成分、絶滅寸前の国魚であるアユなどへの生物学的影響の解明が待たれます。  2004年9月に実施した「森里海連環学実習T」等で、七川ダム湖水を予備的に水質分析した結果、アルミニウム、カルシウムなどいくつかの分析項目において、支流の小川が示す濃度の50〜100倍を示しました。さらに、湖水のpHは9以上を示した。ダムとダム湖水、水力発電関連装置、放水系と白濁りとの関係は不明ですが、ダムとその関連要素が古座川水系や串本湾の水質や生物相に及ぼす影響に興味がもたれます。

3.古座川プロジェクトの目的と意義  2004年から着手した「古座川プロジェクト」の第1の目的は、この古座川水系を中心に据え、森林生態系と沿岸海洋生態系の密接な関連を、里域からの影響を考慮しつつ明らかにすることにあります。また、本プロジェクトから得られた研究調査成果を地域住民に還元し、社会連携しながら清浄・適正な古座川と串本湾を取り戻すことが第2の目的です。こうした背景のもと、本プロジェクトから得られる共生・認識モデルが国際的に認知され評価されるように最善の努力を注ぎたいと考えています。  京大フィールド教育研究センターが目指す森里海連環学の創生を、フィールドに軸足を置きながら、理解されやすい形で実行するためには、対象とする自然域と里域が包含する森林、川、里、海が程よい大きさであることが望まれます。また、対象里域がもつ文化的基盤の同質性も重要です。この点で、流域面積が約300平方キロの古座川水系は至適だと考えています。さらに、古座川および串本湾域とその近くには、当センターが擁する紀伊大島実験所や白浜瀬戸臨海実験所だけでなく、北海道大学和歌山研究林が位置し、長期にわたる総合的研究調査にも好適です。心優しい住民のご協力にも感謝しています。

4.古座川プロジェクトの展開  2004年5月には、流域住民のご理解とご協力のもと、「古座川プロジェクト」説明会を行う機会に恵まれました。それが契機のひとつとなって関係漁協などが中心となり、8月には「清流古座川を取り戻す会」も結成されました。2005年に入り、古座川の水質調査が清流古座川を取り戻す会と合同で開始されました。2005年3月には、同会、古座川漁業協同組合、ダム上流域の七川と合同で、「古座川シンポジウム−アユの生態に学ぶ−」が開催され、2006年11月には第4回目を開催できました。また、2005年5月には、古座漁協ならびに古座川漁協、清流古座川を取り戻す会、古座川役場のご協力のもと、古座川本流と河口沖に水質計測センサーを設置した。同年7月には、流域住民や自治体と合同で第1回の古座川合同調査を行い、水質、生物相、文化相に関する仮説提示のためのベースラインデータ収集をおこない、現在に至っています。2007年3月現在で第16回目を迎えています。  漁港森里海連環的発想を基礎にしながら、古座川の「水」に対する関係住民の関心もますます広がり、高まりつつあります。2006年1月には、流域住民、各種団体、企業、協同組合、自治体、議会が共通の基盤を有する古座川流域協議会が結成され、活動を続けています。アユがうじゃうじゃと泳ぐ清流を取り戻し、文化の流れも本来の位相に再調整するのが、古座川プロジェクトの最終ゴールとなります