生態系維持回復事業

生態系の維持・回復のため、芦生研究林ではこんな取り組みをしています。

 

京都大学芦生研究林は、京都丹波高原国定公園の中心として位置づけられています。すぐれた自然の風景地を国が指定し、都道府県が管理する国定公園のうち(全国で57地域が指定、2016年4月時点)、2016年3月に指定された京都丹波高原国定公園は、京都市、綾部市、南丹市、船井郡京丹波町にまたがり、豊かな自然環境と、千二百年の都「京都」の文化・歴史とが影響を及ぼしあってきた特色ある地域となっています。

しかしその中心である芦生研究林に、近年深刻な問題が起こっています。それは芦生地域の自然植生が脅かされるという問題です。第一に樹木への被害があります。2000年以降、公園内でミズナラ・コナラの木が枯れてしまう、大規模な「ナラ枯れ」が発生しました。また天然スギ等へのクマ剥ぎの被害も起きています。

クマ剥ぎの被害
ナラ枯れの様子

 

 

 

 

 

下層植生を食べるシカ

第二に、より緊急の対応を要する問題として、シカによる被害があります。芦生地域のシカが増えすぎ、森林下層植生を食べつくし、森林の地面がむき出しになってしまったのです。

 

生態系維持回復事業

このような状況を踏まえ、京都府は公園指定地域の詳細な調査を実施し、調査結果をもとに公園地域の生態系維持回復事業の取り組みを始めました。京都大学芦生研究林では、京都府の助成を受け、この事業を進めています。

シカ害調査地の見学

生態系の維持・回復のために第一に必要なのは、現状の把握です。どのような種の植物が、どの区域で、どの程度の被害を受けているのか、またその主な原因であるシカは何頭生息しているのか、またシカ以外の動物や、植物がなくなった場所で土壌浸食が起こっていないか等についても知る必要があります。これについては京都府の調査結果を基本に、随時継続的に調査を行っていきます。

現状を把握した上で、被害の原因を取り除いていきます。まずナラ枯れについては、カシノナガキクイムシという寄生虫が媒介することから発生する伝染病なので、地元NPOの協力を得て、寄生虫からミズナラ・コナラを守るための対策を現在行っています。クマ剥ぎ被害については、スギ樹幹へのテープ巻付けを行うことで対応しています。

 

シカ害への対策

より緊急の対応を必要とするシカ害については、以下のような対策を行っています。まず、芦生研究林では、総延長1.5kmにおよぶ大規模なシカよけの柵(防鹿柵)を設置しています。2006年に設置された防鹿柵のおかげで、柵のなかでは豊かに下草が育ちはじめています。さらに、2016年にはモンドリ谷に新たな大規模防鹿柵を設置しました。防鹿柵の設置は、単に植生を保護するだけでなく、植生の変化を対象とした学術研究にも活かされています。

防鹿柵 設置前
設置後

 

 

 

 

 

冬の芦生研究林

豪雪地帯である芦生の森では、防鹿柵のメンテナンスも課題です。雪の重みで柵がこわれるのを防ぐため、毎年秋のおわりにネットをおろし、春の雪解けの直後にネットを設置しなければなりません。市民ボランティアのみなさんの助けをお借りしています。

また生息頭数の調査結果にもとづき、南丹市の猟友会にご協力いただき、シカの個体数調整を春と秋に実施しています。2008年から2015年まで、99頭を捕獲しました。さらに芦生研究林の核心地域内でのより効果的な捕獲方法として、芦生研究林の湿原エリアに狩猟塔を建設しました。塔は木造で高さは6m、射撃場所で長時間待機できるように4㎡の広さを確保しています。多雪地でもあるため積雪に耐えられる構造です。現在運用開始を検討中です。

シカの個体数調整の様子
芦生研究林の狩猟塔

このように被害原因を除去することがまず重要ですが、それに加えて、すでに絶滅の危機に瀕し自然のままに置いておいても回復が見込めない種は、それらを隔離し、生息域の外で保全していく必要があります。アシウテンナンショウやアシウアザミなど、希少な植物については保護を進め、また京都府立植物園と協力し、希少種の遺伝子資源の系統保存などを実施しています。

アシウアザミ
アシウテンナンショウ

 

 

芦生研究林のことを知ってください

以上が芦生研究林における主な対応ですが、生態系の維持回復のためにもう一方で必要なのは、利用者やそれ以外の一般の方に事業について理解していただくことです。

自然植生に対して負担をかけるのは、寄生虫やシカだけではありません。一般の入山者の不適切な利用も自然破壊の原因となってしまいます。芦生研究林では、一般観光客の立ち入る地域を制限し、原生林エリアへの立ち入りはガイドツアーのみに許可を与えるなどにより、踏み荒らしや盗採の被害を軽減しています。また利用者の適切な利用のためには、広大な研究林全体にわたる歩道・林道の整備も不可欠なため、重機を使いその作業も行っています。

報道発表の様子

2016年12月より開始した、芦生研究林基金によるクラウドファンディングの試みも、単に寄附をいただくためだけでなく、市民の方々に芦生研究林のことを知っていただくことが大きな目的のひとつとなっています。大変ありがたいことに、開始して10日ほどで100名以上の方からご寄附をいただくことができ、芦生研究林の現状について広く知っていただくことができました(※この第一回キャンペーンは終了しました)。

 

芦生地域を訪れたことがある方にもない方にも、このような問題の存在を認識していただくことは、この地域のみならず、自然環境そのものの保全にむすびついていきます。芦生研究林の問題と取り組みを知っていただいた方には、ぜひ周囲に広めていただき、自然に接する際には心にとめていただけたら幸いです。

~大学の森を守ろう~