パナソニックとの共同研究その3

自分達の手で作る、持続可能な未来

-パナソニックとの共同研究 ILASセミナー振り返りVol.2-

京都大学フィールド科学教育研究センターでは、京都芸術大学、パナソニック株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部(以下、パナソニック)と共に、持続可能社会に向けた「自然・こころ・社会」に関する共同研究を行っています。2020年5月にスタートし、前期の活動を終えた今、改めて振り返りを行いました。講師を務めていただいた建築家の家成俊勝氏もお招きし、内容をおさらいするとともに、これからのパナソニックの活動についても意見を交換しました。

ABOUT

2020年度の共同研究では、ILASセミナーを実施。これは、学問の楽しさや意義を実感してもらうことで、自ら問い学ぶ“学問”に慣れ勉学生活の導入を目標とするセミナーです。京都大学の1回生を中心に、多数の聴講生やパナソニックの社員さんも参加し、それぞれの立場から学びを深めてきました。

REVIEW

地域住民がつくりあげたUmaki camp

5月21日の講義では、小豆島の「Umaki camp」の事例についてご紹介しました。Umaki campは小豆島の馬木にある、地域住民のための施設。建物は、まっすぐに木を切る、ボルトで留めるといった、専門家でなくてもつくれる仕組みになっており、地域の方々も建設に参加しました。

施設の用途もシンプルで、自由に使えるキッチンと小さなスタジオ、そしてヤギ小屋から成ります。キッチンでは、各家庭で採れすぎた野菜などを持ち込み、調理することが可能。また、スタジオは地域のラジオ局となり、情報に対して受け身になりがちな離島で、自分達が情報を発信する場所となっています。Umaki campは、その空間に集まった人と人がつながり、サービスを受けることに慣れすぎてしまった現代人が、自分達で何かを生み出すきっかけとなる場所です。

川村宗生さん(工学部 建築学科):広場という空間をつくることで人が集まる場所ができ、人と人の交流ができる、建築は人と人をつなぐものだという考え方がとても素晴らしいなと思いました。「自分が生きている、これから50年100年が無事ならいいや」と考えている人は持続可能性について考えることはできないと思います。そのような人が考えるきっかけのひとつは自分以外に興味を向けることです。そのためにもこのような人と人とのつながりが生まれる空間はかなり重要だと思います。

長く使うことだけが美徳ではない、広い視点での持続可能性

建築家 京都芸術大学教授 家成俊勝氏

家成氏:Umaki campは、2013年の瀬戸内国際芸術祭への出品作品で「なぜつくるのか、どのように、だれとつくるのか、そしてどうやって使うか」までを考えたプロジェクトです。

建物は、専門家、非専門家を問わず、建築に参加できる仕組みにしました。というのも、東日本大震災の津波で家を流された人達が、二重ローンに苦しむ話を耳にしており、災害に遭っても低予算の家を自分達で建てられないかと考えたからです。

また、最近は200年住宅と呼ばれる家があるように、建物を長く維持する考えが一般的です。しかし、10年、20年で作り直し、早いスパンで循環していく建築のあり方もあるのではと思っていました。素材は、人間が手を加えれば加える程自然に戻りにくくなります。取って来た素材をそのまま使えば、循環しやすいのです。

京都大学フィールド科学教育研究センター 特定助教 赤石先生

赤石先生:学生からも「長持ちだけが良いのではなく、自然に循環することが大事という話が強く心に残った」と感想がありました。私達は、木はできるだけ切らない方がいいという先入観がありますが、早く循環して再生させるのは面白いですね。私が専門としている里山と、家づくりは似ていると感じました。

堺美也さん(農学部 地域環境工学科):長持ちするだけが良いことではない、という言葉がとても印象に残りました。わたしは、大量に作って大量に捨てるという今の社会構造が持続可能な社会とは対 極にあると感じ、長持ちする製品が良いものであるかのように思っていましたが、たしかに自然の循環のサイクルにうまく入っていける材料を利用するならば、短いスパンで製作を繰り返すことも持続可能性のひとつの在り方なのだと納得しました。

パナソニック株式会社 マニュファクチャリング本部 
マニュファクチャリングソリューションセンター所長 中田公明氏

中田氏:住民が自分達の手でつくり、できあがっていく途中に、モノに対する愛着を感じやすいと思いました。そう考えると、パナソニックの開発者は商品にどれくらい愛着を持っているでしょうか。工業製品を大量に売ろうとすると、分業となります。その結果、一生懸命やっていても愛着は湧きづらい気がします。買う方も同じで、使うことだけが目的であって、つくることは手段化しています。「自分でつくることが愛着につながる」。これは今後の方向性なのではと思いました。

山本玲さん(農学部 資源生物科学科):もし仮に、エアコンをスイッチから組み立てて、ある程度自分でカスタマイズできるようなワークショップを開けば、そこで作ったエアコンは愛着があるから相当大事にするし、壊れても簡単には買い替えられない(頑張って修理する)のかなぁなんて思ったりしました。

日本のどこに住んでもハッピーであるためには?

家成氏:このプロジェクトが成功した要因の一つとして、地域の方々の協力がありました。小豆島の人口は年々減少しており、2050年には人口が半分になると言われています。早くから危機感を抱いていた馬木の人々が、地域活性化のために協力をしてくれました。

中田氏:こういった地域活性のプロジェクトは素晴らしいし、ワクワクしますよね。ただ、その地域は救えても、他の地域は過疎化が進むばかり。家成先生が千人いたらいいのですがそうもいかないので、何か成功する仕掛けがあれば自治体ごとにできるのにと思ってしまいます。

家成氏:以前、島根県の集落で、民家を改修して一棟貸しの宿に変えるプロジェクトに携わりました。その地域ならではの美味しい食材や魅力を体験できる仕掛けをつくったところ、多くの観光客がこの集落を訪れるようになりました。宿の運営を地元の人に行ってもらうことで雇用も生んでいます。住んでいる人は気づきにくいものですが、どの地域にも他にはない良さがあります。それを建築家や外部の人間が発見し、デザインすることで地域の再生につながるのではないでしょうか。

中田氏:なるほど。デザインシンキングができる人や賛同してくれる人達のネットワークや、地域活性をするモデルをつくり、広がっていくと良いですよね。そこにはビジネスとしての持続可能性が大前提で、地域と共に発展できればハッピーな形を形成できますね。

京都大学フィールド科学教育研究センター ・センター長 教授 徳地先生

徳地先生:過疎化については、地域がきちんとお金を稼いで成り立っていくことが重要です。農作物で言えば、今は作っている場所と消費している場所が離れすぎていることもあり、農作物の値段が安すぎる問題があります。心を込め、時間をかけて作ってくださっていることはきちんと評価されるべきですね。

赤石先生:結局は、農村などが都会に選ばれなければ生き残れない面があります。田んぼに住む生き物を大切にしながら農業をしている素晴らしい農家さんがいても、東京のバイヤーに選んでもらい、消費してもらわないと生きていけない。そのフェーズを越えて、普通の人が普通に田舎で暮らすことができれば、全国どこでも暮らせる未来が来るのでは?と妄想しています。

家成氏:私も同じ妄想をしています。それが一番いいなと思っています。

MESSAGE

家成氏:パナソニックさんは、戦後のモノのない時代から、三種の神器などを世の中に届けてくださいました。今、こういった商品は行き渡り、進化が難しい時代。それでも新しいモノをつくり続けていくご苦労があると思います。商品には材料があり、材料をつくる人、運ぶ人がいて、その連なりの最後に我々がいます。今後パナソニックさんには、商品になっていないモノや、その連なりを壊した何かをしていただけるのではないかなと思っています。答えは出ていないのですが。

中田氏:ありがとうございます。結論は閉じていない方がいいと思っています。この記事を読んでくださった方が、家成先生の様に思う方もいれば、全く違う方向の考えの方もいるでしょう。収束させずに、それぞれが違うアイデアを持ってくださればと思います。

参考リンク:パナソニックの研究開発について

https://www.panasonic.com/jp/corporate/sustainability/downloads.html

パナソニックとの共同研究その2

“窒素”と“きのこ”がつなぐ森林社会。これからの自然と人の共生を考える。

-パナソニックとの共同研究 ILASセミナー振り返りVol.1-

持続可能社会に向けた「自然・こころ・社会」に関する共同研究。2020年5月に開始した、京都大学フィールド科学教育研究センターと京都芸術大学そしてパナソニック株式会社 マニュファクチャリングイノベーション本部(以下、パナソニック)による取り組みを紹介します。

以下は、パナソニックの社内報に掲載されたILASセミナーの振り返り記事です。

About

「持続可能な社会をつくるためには、どうすればよいのか。わたしたちには何ができるか?」を自分ゴトとして考えてみる。京都大学の学生とパナソニックの社員さんが合同セミナーを通じて、探求し続けています。

みなさん、森里海連環学(読み方:もりさとうみ れんかんがく)って聞いたことありますか?これは、森から海における生態系間のつながり、生態系と人のつながりを考える学問で、京都大学が新しい学問領域として提唱し、教育・研究・社会連携を進めています。

「これまでの100年は、人々のくらしを物質的に豊かにすることで社会へのお役立ちを果たしてきました。一方で、人や自然を中心に考えると、心や体の悩み、環境・エネルギー問題など、くらしを豊かにするために犠牲にしてきたことがあるのではないでしょうか。過去100年で犠牲にしてきたことを取り戻すために、これからの100年、わたしたちに何ができるのか?を考えていく必要があると思っています。」と話すパナソニックの皆さんと一緒に学んでいければと思います。

Review

今回紹介する講義テーマは、徳地先生の「窒素」と赤石先生の「きのこ」です。地球全体の循環を二酸化炭素でなく窒素で見ると森林生態系と物質循環が、また、赤松の根と松茸の菌糸が地下でつながり共生しているなど、植物ときのこ、動物ときのこの多様なつながりから森林生態系でのきのこの重要な役割が、それぞれ見えてきました。

■「窒素」講義内容と感想

徳地 直子 さん (京都大学フィールド科学教育研究センター ・センター長 教授)

持続可能な社会、環境保全のイメージ、今あるものを減らさない、保つ、というイメージがあった。人間が手を加えて多様性を高める、という行動に違和感があった。変化に対して、対応していく、という考え方もあることに気づいた。行動につながる、考えることができそう。(農学部 資源生物科学科 山口真由さん)

個人的に、経済の発展と環境の保護が相反するという意見に違和感を覚えた。両者を同時に満たすことは決して不可能ではないと思う。人間活動が環境に与える影響を「悪」だと決めつけるのではなく、win-winの関係を築くこと、そのための方法を考えることが重要だと思う。もし経済と環境の両立を諦めてしまえば、経済に余裕がある国でしか環境保護が行われないことになってしまう。自然で儲ける、自然の恵みを利用して暮らす、といった方法を模索できないかと思う。(農学部 資源生物科学科 佐山葉さん)

「何事も過剰に行ったり極端な方法を取ることは良くない」という考えにまとまっていった場面が何度かあったように感じます。一体過剰という基準はどこからなのだろうかと思いました。科学的に検証されて出来上がった基準というものがあるとお話しされていましたが、あくまで人が作り上げたものであり、そもそも持続可能な環境を作らねばならないきっかけとなったのは、人が自らの主観でこれほどなら大丈夫であろうと思い続けてきた結果故であるので、今この瞬間での対応がいかに基準に沿ったものであっても、後の自然に与えてしまうマクロな影響を考慮することは非常に難しく、それほど自然は繊細なものなのだなあと思いました。(医学部 人間健康科学科 金善太さん)

■「きのこ」講義内容と感想

赤石 大輔 さん(京都大学フィールド科学教育研究センター 特定助教)

食材としてのきのこがあまり好きではなく、今までなんとなく負のイメージを持っていました。きのこは、分解者として資源循環の一端を担っているだけでなく、樹木や植物、昆虫と繋がりあって、人間の目の届かない土中や空中にも広がっているきのこの不思議な魅力を感じることができ、食卓にのぼるきのこたちにも少し好感がもてた気がします。ランも、なんとなく非自然的な感じがしてあまり好ましく思っていませんでした。しかし、他の植物とは違ったランの生き方を知って、葉緑体を持たない宇宙人的な姿を美しいと思えるようになりました。(農学部 地域環境工学科 堺美也さん)

山と疎遠になった現在の私たちの状況で、新たに自然とどのような関係を築いていくべきなのかと、考えさせられます。まだまだ謎が多いきのこの世界に、興味は尽きません。キノコの生態系や人に対する影響は大きいにも関わらず研究している人が少ないのも不思議ですね。個人的に色々調べてみたいです。前回セルロースファイバーのお話を聞いたので、原木や菌床を使って栽培した椎茸など食用きのこがあるように、使用済みの繊維を活用したセルロースファイバー椎茸なんてものがあったらと妄想しました。(農学部 資源生物科 玉田結唯さん)

きのこの全体は到底つかみきれない複雑で色んな種類がある、それ自体が面白い。ハエが舐めて死ぬ、それが何の役に立つか分からない、これが面白い。目先の利益などにこだわる昨今、どうなるか分からない転がる感じ、遊ばないといけないなという感じが良いと思いました。(京都芸術大学空間演出デザイン学科・教授 (株)ドットアーキテクツ代表 家成俊勝氏)

Interview

天野 智貴さん

パナソニック株式会社 マニュファクチャリング本部 マニュファクチャリングソリューションC メカトロ・システム技術部 資源循環技術課 

ILASセミナーに参加させていただいて、物事を多様な見方で据えられるようになりました。特に窒素循環のお話しを聞いて、単純に海が綺麗になれば環境に良いのではなく、窒素の含有量が増えた方が魚介類にとっては良かったりすると、複雑に事象が絡み合っていることを知りました。そして、様々な講義の中から多様な視点で考えることの大切さを感じました。学生みなさんとの交流によって、物事の見方に対する引き出しが増えたと思います。物事に対して業務のように深く考えたり、素朴に戻したりと考え方の幅が広がりました。このセミナーで学んだサスティナビリティの考え方を自らの業務に活かしていきたいと思います。

関連リンク

 パナソニック企業情報 サスティナビリティ トップメッセージ「社会の公器として」

https://www.panasonic.com/jp/corporate/sustainability/message2020.html

学び舎第3期 スタートしました。

12月4日

京と森の学び舎 第3期がスタートしました。

今期は、18歳から48歳の26名の参加者が集まりました。

所属も様々で、大学生、公務員、高校教員、エコツアー会社、NGO職員、メーカー社員など多様な方々にご参加いただいています。

コロナの影響で、対面の講義が叶わず、オンラインでの開催となりました。

第1回は初顔合わせということで、フィールド研の徳地直子教授から森里海連環学や学び舎の紹介をした後、お互いの自己紹介をしました。

参加者の多くから、森里海のつながりを知りたい、私たち一人ひとりができることを見つけたい、という要望をいただきました。

また、多様な立場の人々と意見交換することにも、とても期待してくださっています。

今期の学び舎では、パナソニックとのコラボレーションも予定しており、家電から森里海を見る、といったチャレンジもしていきたいと考えています。

次回は1月29日を予定しています。

次回テーマは、森と川のつながり、市民調査の可能性についてです。

学び舎第一回の様子(zoom画面を加工)

京と森の学び舎 第2期修了報告

11月20日

京と森の学び舎第2期の修了式を執り行いました。コロナ感染対策のため、オンラインと対面のハイブリッドで行いました。

今年度は、途中から新型コロナ感染症の影響で、予定していた対面での講義やフィールドワークが実施できませんでした。特に芦生研究林など、野外での体験が十分できなかったことはとても残念でした。

そのような状況下でも、大勢の方に継続して参加いただき、14名の方に修了証をお渡しすることができました。コロナ禍の中で森里海とつながる手立てを探る1年となりましたが、多くのアイディアと深い繋がりを得ることができました。

修了者のみなさんには、これから3年間、森里海コミュニケーターとして、森里海連環学の社会への実装に向けて、私たちとともに活動していただきます。

これからの学び舎について

学び舎の取り組みは各方面から高い評価をいただき、第3期の実施が決まりました。第3期は、12月4日から開始いたします。

今回も多数の応募をいただき、18歳から48歳までの25人が集まりました。

オンラインでの講義から始めますが、コロナの状況が治り次第、対面での講義やフィールドワークを再開したいと考えています。第3期では企業とのコラボも多数企画中です。

森里海連環学のさらなる進化にご期待ください。

写真:修了式の様子。

第2期の講義一覧:

第1回 2019年12月6日 会場:キャンパスプラザ京都

オリエンテーション:森里海を次世代につなぐには?学び舎でできること、したいこと。

特別講義:2019年12月18日 会場:キャンパスプラザ京都

テーマ:つながりの断ち切られた社会で希望を見出す:難民問題と森里海連環が示すもの

講師:小俣直彦さん(オックスフォード大学国際開発学部・准教授)

ゲスト:田中克さん(京大・名誉教授)、畠山重篤さん(京大・社会連携教授)、小鮒由起子さん(こぶな書店・店主)

第2回 2020年2月7日 会場:ヨリアイマチヤ

テーマ:ダムと干潟から学ぶ、森里海つながり。

講師:溝口隼平さん(リボーン・代表)邉見 由美さん(京大フィールド研・特定研究員)

第3回 2020年5月29日 オンライン講義

テーマ:自然と人のつながり、琵琶湖の事例

講師:淺野悟史さん(京大地球環境学堂・助教)、赤石大輔

第4回 2020年7月17日 オンライン講義

テーマ:「由良川を知る:環境と観光」

講師:福島慶太郎さん(京大生態学研究センター・研究員)、小林功士(京都森のDMO・職員)

第5回 2020年9月 オンライン講義

テーマ:自然と人のつながりをつくる:NPOの取り組み

講師:浜本麦さん(NPO法人くすの木自然館・専務理事)、杉山拓次さん(春日山原始林を未来へつなぐ会・事務局長)

フィールドワーク:2020年11月15日

場所:京都大学上賀茂試験地

学び舎修了生企画:森のパスポートへの参加。

パナソニックとの共同研究

2020年度より、フィールド研はパナソニックとの共同研究に取り組んでいます。パナソニックが目指すサーキュラーエコノミー、フィールド研ではそれを森里海連環学に基づき考えるため、ILASセミナーで学生たちとパナソニックの社員の方々との交流の場を作り、持続可能で循環型社会を構築するために、私たちに必要なことを議論しました。

以下は、パナソニックの社内報に載った記事で、一部を修正してこちらに転載します。

パナソニックさん、“50年つかっても捨てる必要のないテレビ”ありますか?

これらは、「持続可能な社会をつくるためには、どうすればよいのか。わたしたちには何ができるか?」の問いに対する、学生たちの答えです。約半年間におよぶ京都大学、京都芸術大学、そしてパナソニック株式会社(以下、パナソニック)による合同セミナーを通して、学生たちは、そしてパナソニックの社員も多くの気づきを得て、「持続可能な社会」に一歩近づくことができました。

About

持続可能社会に向けた「自然・こころ・社会」に関する共同研究。2020年5月に開始した、京都大学フィールド科学教育研究センターと京都芸術大学そしてパナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部(以下、MI本部)による取り組みです。2020年度は、京都大学の1回生向けのILASセミナーを開講。

ILASセミナーとは「学問の楽しさや意義を実感してもらうことにより、勉学生活への導入を目標として開講される」もので、高校までの”学習”とは異なる、大学ならではの自ら問い学ぶ”学問”に慣れるためのセミナーです。

「1×2×3×4=サスティナブル(1次産業、2次産業、3次産業、4(アート)の掛け算。産業横断、学部横断でサスティナブリティについて考えよう!)」をテーマとした本セミナーに履修登録した学生は8名。そのほか、多数の聴講生や、パナソニックの社員も参加。学生、教授、会社員、それぞれの視点から互いに刺激し合い、学び、考え、対話を重ねてきました。

読者のみなさんもセミナーに疑似参加していただき、持続可能社会について考えてみてください。

連載第1回目となる本記事では、セミナーの運営に深くかかわってくださった徳地先生、赤石先生、MI本部 マニュファクチャリングソリューションセンター所長中田氏に、セミナーの目的や受講生の変化、今後の展望についてお尋ねしました。

Interview

徳地 直子 さん

京都大学フィールド科学教育研究センター・センター長 教授

大学院で森林生態系の窒素循環に取り組み、現在に至る。フィールド科学教育研究センターのミッションである森里海連環学について物質循環からアプローチするが、森里海連環が抱える問題が単なる物質の連環ではないことから苦戦を続けている。最近は、次の世代と持続可能な生態系に基づいた安心した暮らしするためにできることを考えている。

赤石 大輔 さん

京都大学フィールド科学教育研究センター 特定助教

大学、NPO法人、自治体、国の中間支援組織の職員を経験。域学連携の事業立案、 NPOの設立・運営、自治体の里山保全計画の策定、地域環境課題解決に向けた協働取組の中間支援など、研究者の枠を超え様々な経験を積む。森里海連環再生プログラムでは社会連携推進を担当。持続可能型社会に向けた多様なステークホルダーによる協働の場の創出を得意とする。

中田 公明 さん

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 マニュファクチャリングソリューションセンター所長

1986年、松下電工(当時)に入社。金型、成形加工、シミュレーション(CAE)、レオロジー、LED照明の製造、金属3Dプリンタ、カスタマイゼーション、BIMなどを経験。とくに射出成形(プラスチック部品の加工プロセスをシミュレーションによって計算・設計)の技術を長年にわたり研鑽。2019年から現職に就き、サーキュラーエコノミーを知り、使命として認識。

本プロジェクトの成り立ちを教えてください。

中田氏:もともと京都大学とパナソニックは、こころの未来研究センターをはじめとして、いろいろな産学連携や共同研究をしています。MI本部は技術研究部門ですから、関わりも多い。そのひとつが、森里海連環学と共同で、持続可能社会を考える今回の取り組みです。

徳地先生:森里海連環学は、森から海における生態系間のつながり、生態系と人のつながりを考える学問です。森に降った雨は、湧き水や川となって里まで流れ、人の暮らしを潤し、海に出て、また雨になります。この関係は一方通行ではなく、相互に影響・関係する「連環」です。この連環の解明こそが、地球環境問題の解決の鍵であり糸口と考え、研究しています。

中田氏:パナソニックも環境に配慮した技術研究は進んでいますが、根本的な社会構造の変革にまで踏み込んだビジネスモデルの検討には至っていないのが現実です。そこで今回、持続可能社会に向けた「自然・こころ・社会」に関する共同研究を行い、新しい社会心理に適合するビジネスモデルを考え、そこからのバックキャストで技術開発の方向性を再定義しよう、と考えたのです。

つまり、「あるべき未来像と、その社会心理」を見つけて、そこからの逆算で必要な技術を開発していこう、という発想です。

徳地先生:わたしたちは研究者ですから、森の水質や海の水質を見て、その連環を解き明かすことが命題です。けれどそこにパナソニックさんのような企業活動が入ってくることで、机上の空論ではない、現実的な解決方法が見えてきます。

もともと持続可能性を考えるセミナーを計画していたタイミングでコラボの話をいただき、実現へと進みました。セミナーにはわたしだけではなく、赤石先生や環境省から出向しているメンバー、企業の方、いろんな人に参加してほしかったので、とても良いタイミングでした。

出典:http://www.cohho.kyoto-u.ac.jp/about/cohho/

いろいろな人が参加したことのメリットはありましたか?

徳地先生:多方面からの提案や意見を聞けたことが大きかったですね。

赤石先生:枠が外れたことも大きなメリットだと思います。研究者は、どうしても自分の専門分野から外に出ることが苦手です。けれど、そこにパナソニックさんが入ることで、否応なしに企業活動との関連性を説明せざるを得ない。

個々の課題を提示するだけにとどまらず、実は課題同士がつながっていることも学生に伝えられました。自然科学を道具に、社会科学にアプローチした感じです。

セミナーはオンラインで開催されたのでしょうか?

赤石先生:当初は対面で開催する予定でしたが、やはり新型コロナの影響で、オンラインに切り替えました。slackを使って対話や議論を重ねていきました。学生にとっても、わたしたちにとっても特異な体験ですね。

徳地さん:結果として、1回生にとっては学問に触れる機会となり、社会との接点をつくり、学生同士のつながりも芽生える場となりました。対面に負けない刺激の多さだったと思います。

Slackを使った議論にも、学生たちはスムーズに適応。

学生の皆さんに変化はありましたか?

赤石先生:最初は「持続可能性」の言葉自体が、抽象的でした。自分の言葉になっていないような。それがセミナーを通じた対話を重ねて、自分の頭で考えるようになり、身近な問題や不都合に気付いて実感し、具体的な意味を持つ言葉に変わっていきましたね。

徳地さん:ある工学部の学生は「自分は工学の道に進むので、自然世界に関わることが少ないと思い、このセミナーを受講しました」と語っていました。このセミナーが終わったら、自然世界のことは忘れてしまうのかな、と思っていました。ところが、このセミナーのほかにも屋久島の調査に参加しようとするなど、自然世界に興味を持つようになり、視野を広げてくれたんです。

パナソニックの社員はどうですか?

中田氏:学生のみなさんの知識への意欲や、セミナーのなかで出てくる意見に刺激を受けていました。各回のテーマだけではなく、関連するテーマや社会全体へと視野の広がった社員が多かったです。

我々の技術研究もフォーカスポイントを絞りがちですが、そもそも何を解決するための技術なのか、この技術によって人々の暮らしはどう変わるのか、技術を受け取った人はどう反応するのか、といった広い視野が必要です。その気付き、訓練として今回のセミナーはとても有意義だったと確信しています。

徳地先生:パナソニックさんも、いろいろ考えている、試みていることがわかって、とても興味深かったです。そこに共感できましたし、わたしたちの消費行動が、その理念や活動を支援することにつながると気付けました。

赤石先生:「環境に負荷をかけない生活をしたいので、モノを捨てたくない」といった意見も出たので、たとえば、”50年つかえて捨てる必要のないテレビ”を、という切り口から、パナソニックさんと我々消費者が、持続可能なモノづくりについて対話する機会を今後も持てたらと思います。

今後の展望について教えてください。

徳地先生:研究の話で言いますと、山の湧き水や、海の水の質を見ていくことが重要になります。たとえば、登山が好きな人、サーフィンが好きな人、それぞれに定期的に水質サンプルを採って送ってもらえると、とても助かります。

その行動がまわり回って地球環境問題の解決につながり、自分の好きな登山やサーフィンをもっと長く楽しめることになります。

赤石先生:まさに市民参加の活動ですね。わたし個人としても市民向けセミナーを計画中なので、ぜひ実現したい取り組みですね。

中田氏:送るのは水そのものではなく、水質データでも良いわけですよね?たとえばパナソニックが水質の簡易検査キットを開発すれば、全国から定期的にデータが集まってくる。

徳地先生:そうなると、まさにエコシステムマネジメントの世界ですね。

中田氏:持続可能な社会のためにも、まずは仲間づくりを進めていきたいです。

次回は実際の講義録をお届け予定です。

参考リンクパナソニックの研究開発について

https://www.panasonic.com/jp/corporate/technology-design/r-and-d.html

京と森の学び舎 第3期参加者募集のお知らせ。

フィールド研では、2018年より京と森の学び舎を開催しています。2020年12月より、第3期の学び舎を開催することが決まりました。現在参加者の募集をしております。

この学び舎では、フィールド研のスタッフが市民の方々と森里海のつながりについて学びあい、新しい森里海のつながりをつくっていくことを目的にしています。これからの自然保護や持続可能な地域づくりの担い手として、森里海連環学を私たちと一緒に学んでいき、各地で活躍していただきたいという思いから、20代から40代を中心に参加者を募っています。

学び舎の企画趣旨などはこちらから→ 京と森の学び舎とは?

期間:2020年12月~2021年9月

対象:20代~40代の社会人を中心に、20程度。

参加費:無料(フィールドワークでの食事など実費は自己負担)

特典:参加者には修了後に京都大学より森里海コミュニケーターの称号を授与!

① 森里海の今を学ぶ「京と森の学び舎」開催  5回(一部オンライン開催)

若手の研究者や社会企業家等による、森里海や持続可能な社会づくりの講義。

② 森里海での活動「フィールドワーク」実施   2回

芦生の森で、森を守る活動や地域活性化の取組を学ぶ、フィールドワークを実施。

参加希望の方は下記メールまで。

フィールド科学教育研究センター(担当:赤石)

メール:akaishi.daisuke.7n (at) kyoto-u.ac.jp  
「(at) は@に直して送信してください。」

Facebookはこちら→ 森里海への道

【意見交換】

 参加者が8人ほどずつで円卓を囲み、登壇者と京都大学フィールド科学教育研究センターのセンター長・徳地直子氏と同・赤石大輔氏も各テーブルに散って加わり、対話に参加した。30分間ほどであったが、和やかに活発に話が弾んだ。

 参加者は高校生からシニアまでと年齢層も広く、職業も教育・保育関係者、行政機関関係者、エンジニア、デザイナー、環境NPOの方など多彩であった。

 書き残された感想のコメントの一部を下記に紹介する。

  • 難民のことは全く知らなかったので新鮮だった。
  • 1年間、この学び舎で森里海の話を聞いてきたので、今回はどんな内容になるか想像がつかなかったが、「まずは知ること」と、興味深く聞いた。
  • テーブルでの対話では、皆さん全く違う立場の市民だったが、「生きる力」「行動へ移す」「継続する」「再生」について具体的に話すことができ、刺激的だった。
  • 分断という言葉は日常の中では使わないが、その意味することは、自分の身に、そして身近に起きていることと重なった。難民についても興味が湧いた。
  • 学問は実働をサポートするという話が印象的だった。
  • 一見別の問題も根本は同じというテーマで、学びに多様性が生まれた。こういうのは良いと思った。
  • 難民というテーマに興味を持って参加したが、「分断」ということで問題が繋がることに、より興味を持った。
  • 分断というキーワードで考える森里海が面白かった。
  • 難民について本当に無知だったが、「分断・喪失」から「再生・再構築」という視点が大変新鮮だった。
  • テーブルでの対話の中で「会社も難民キャンプに似ている」という話になり、非常に参考になった。
  • 様々な立場の人との話は、とても楽しく有難いことだった。会社と難民キャンプは意外と近い社会のように感じた。
  • 分断とは承認欲求の広がりから生まれるのだと、腑に落ちた。
  • 難民についていかに自分が知らないかを実感した。森里海についてもまず「知る」ことが大事だと改めて思った。
  • 分断の要因。豊かさの尺度。人文知。様々なことを横軸にして考える機会になった。
  • 難民と森里海という、今まで交わることまなかった問題から、新たな視点を持つことができてよかった。
  • 難民という言葉のネガティブなイメージが、小俣先生のお話で90度くらい変わった気持ちになった。
  • 津波によって自然が戻った写真を見て、ポジティブな方に変われた。
  • 難民の人の言葉を聞いて、そこで生きている人たちの頑張りも心に留めて自分も生きて、応援できる自分にもなりたいと思った。

【対談】 小俣直彦 × 田中克 + 畠山重篤 (司会:小鮒由起子)

「見えない海がみえるように、会えない人を思えるように」

――田中さん、小俣さんお二方とも、会場の皆さんと同じく、今日初めてお互いのお話を聞いていただきました。まずはご感想からお聞かせください。

田中: 小俣さんの本は読ませていただいてきましたが、お話を伺って一番感じたのは、難民キャンプで起こっていることと、社会の中で起こっていることは同じ問題で、特別なシチュエーションではないということ。

 もうひとつは、――私たちも、こんなところで暖房を効かせ、夏は冷房を効かせて、どなたかのためになるような話をしているけれど――、本来の生き物としては、生きる力、環境に適応する力を放棄し、環境を勝手に変えて生きようとしているとういこと。難民キャンプの中では、厳しい状況の中でみんなが知恵を働かせて助け合いながら、現代社会が忘れてしまっていることが、ちゃんとあるんじゃないか、ということに改めて気づかされました。

 小俣さんは、森里海連環学について、何か感じるものはありましたか?

小俣: 私は正直申し上げて、田中先生がプレゼンされたことについては全くの門外漢です。難民の話を一般の人が知らないのと同様、私も、このようなことが日本で起きているのに無知であり、衝撃を受けました。新しい知識として、陳腐な言い方ですが大変勉強になったというのが一番です。畠山先生とは、拙著の刊行時にお会いする機会があり、その折に本を読ませていただきましたが、まだまだ断片的な知識でしたから、その背後にあるストーリーを今日、教えていただけたのも感じるものが大きかったです。

 反旗を翻した高校生に 長老たちから与えられるしうち。なんといって表現していいか……大変残念な話だと思います。

 森里海連環学は元々生まれる必要のなかった学問だと田中先生はおっしゃいました。私がやっている難民研究も、全く本来は生まれる必要がなかった学問です。

 どうして難民の問題がずっと続いて、オックスフォード大学というところに学科までできたのか。 結局今の我々がこの問題を解決することが難しくなっている。難民問題というのは――ポジティブな面を私は出しましたけど――、明らかにそれは起きないほうがよかったことで、でもそれが起きてしまった、けれど世の中がそれに対する具体的な対処法を見いだせず、この学問が発達してしまっている。非常に同じような背景だと思いました。

 もう1点、同じような仕組みだと思ったのは、「対立軸から協同軸へ」ということです。難民問題や人道支援に関しても、今の世の中の風潮は、できるだけ違う立場の人を敵視するという傾向が強い、それを何とか協同軸に変えていく――これは非常に難しいことですね。言うのは簡単ですが 。私もどうしていいかよくわからないのですが。

田中先生が今言われた、キャンプに暮らす人の生命力については、それ強く感じる機会がたくさんありました。

 本の中にも書いたのですが、私は二人の男性と一緒に暮らしていたので、夕ごはんも一緒に食べていて、とあることから自殺の話になった。(1年間も同居すると、いろいろな話をしました。)

 一時日本では自殺する人が3万人くらいの時がありましたね。その数字を話したら彼らは驚愕した。日本という裕福な国でなぜ、いうと素朴な疑問です。

 逆にキャンプの中で自殺する人はいないのか、と問うと、一人もいない、と言う。なぜなら、キャンプで暮らしている方々というのは、一度、あるいは数回にわたって生死の境を彷徨い、脱して、かろうじて生き延びた人たちです。生きることに対する執着は、いい意味でも悪い意味でも大変強い。

 ちょっとコンテクストは違うかも知れませんが、「日本という裕福な国から来た気楽な学生」として行った外部の人間である私は、彼らのしぶとさというか、 そう簡単にはギブアップしないということを日々目の当たりにしてきました。難民になったという不幸な出来事ではあるのですが、その経験によって、より生きることに真剣になる、ということを学ばされる機会が多かったです。

――なぜ自殺者が多いのかと問われて、小俣さんは何と答えられましたか?

小俣: よくわからない、と答えました。というのは、日本には過労死という言葉がありますが、そういった非常に厳しい労働環境などに置かれて心身ともに病んでしまう方もいるでしょうし、全く別の理由でその道を選ばれた方もいるでしょうし……一般論として語れなかったです。

 だだ彼らは、理由というよりは、自ら命を断つということに衝撃を受けたのです。

――実は、本の反響の中で、このエピソ-ドに対するものが一番大きいのです。おそらく小俣さんがおっしゃったような日本の閉塞した状態、労働環境、あるいは学校――子どもの自殺も多いですよね――、その閉塞を開くことと、森里海が健全になることは、大きく繋がる、何かを見いだせるのではないかと、このイベントの準備段階で赤石さんとも話したのですが、田中さん、いかがでしょう?

田中: 国際的な比較から自殺を見たとき、お隣の韓国はもっと厳しいですね。韓国と日本の関係は未だ残念な状態ですが、幸福度の尺度でみると、ある統計によると57位と58位で肩を並べているんですね。先進国と言われている国がそんな状況で、幸せを失いつつある。

 一見日本は豊かな国に見えるけれど、別の尺度――子どもが心豊かに暮らしていけるか、という尺度からは、決して豊かではない、という見方もできるのではないでしょうか

 心も身体も健全に発育・成長していける物質的なキーワードは、「自然」だと思います。子どもたちのいろんな問題が起こるのも、自然との関わりを断つような社会になってしまったこと、それが大きい。

 これは私が勝手に言っているのではなく、そのことを示す科学的な根拠が生まれつつあります。

 私たちは目に見えるものに価値をおくけれど、目に見えないものにこそ大事なものがいっぱいある。その典型が耳からでは聞こえない音なんです。それは森の中、それから小川のせせらぎのあるところ――自然の豊かなところにあるのです。

 人間の耳から聞こえない音の発生源は、いろいろな生き物で、とくに昆虫です。昆虫のいっぱいいるところには、人間が聞こえない音に満ちている。

 多様な小川があり、多様な木が繁った、そういう環境から生まれる生命の多様性があるところが大事だということです。そういうところに身を置くと、免疫機能が高まるし、ストレスが解消されるし、より心の豊かさを高める――というのは、科学的に明らかにされています。

 そのことも含めて、森里海がきちっと繋がった場所をもう一度ちゃんと紡ぎ直す、それ自身が必要ですし、また、そのことに関わることによって、生き甲斐や前向きな姿勢が出るのではないかという思いがあります。

田中 克「“つながり”を紡ぎ直す」

1.【総論】森里海連環学は自己消滅を目指す

「協働する世界を拓く」として、森里海連環学が動きだしたのは、2003年でした。それに先駆けて、1989年には、今日ここにおみえになっている畠山重篤さんが主宰する社会運動「森は海の恋人」が誕生していました。

 森里海連環学は自己消滅を目指す学問です。

 森と海がちゃんと繋がって、里の人々が自然と共に生きる――そんな社会だったらこの学問は要らなかった。森里海連環学は、それが不要な社会を目指す学問であります。

○水循環は繋がりの象徴

 生命系としての地球の根底は、陸と海の水循環にあります。すべての命はそこから生まれる。水循環は“つながり”の象徴です。いろいろなことが根底で繋がっているということを象徴する学問が森里海連環学だろうと思います。

 では分断や対立の根底には何があるのか――

 いろいろあると思いますが、水との関わりで言えば、森という陸域生態系の水循環の源が地球からどんどん減っていること。そして、海洋生態系は命が生まれた究極のふるさとですが、それに対しての無関心。

 そのツケがどっと返ってきています。

 そして何よりも皆さん、もちろん私も含めて、陸に上がった魚なんですよ。ということをちょっと考えてみると面白いかと思います。ではなぜ魚は陸地に上がったか。それは海と陸との悠久の水循環があるからこそです。だから人の祖先は究極の選択として陸に上がってこられたのです。

 そして「史上最強」となった。

 難民問題にとって大事なこととして、一つの生物種であるヒトの営み(里)の超巨大化――圧倒的に人間の数が増えすぎて、制御できていないということが大きな背景にあるでしょう。

 それがいろいろな歪(いびつ)を生み出している。

 生物の歴史から見ると、強者は必ず絶滅する。そして新しい進化を切り開いていくのは弱者なんです。盛者必衰の理、そんなことも思い起こします。陸に上がった最初の魚、脊椎を持った魚――私たちは、弱い魚だった、それが究極の選択をしたのです。

○“哲学”であり、“実学”である「森里海連環学」の存在

「森川海連環学」ではなく、「森里海連環学」としたことが大変難しいところです。が、こうしなかったら今のような広がりはなかったと思います。

森里海連環学は、里のありよう、人のありようを問う学問です。

 これまでの学問や研究は、科学的知見の論文を出せば社会的評価も受けた。けれどいくら素晴らしい論文が富士山より高く積まれても、地球はもう少しすると、ひょっとしたら破壊するかも知れない、それを止められない。では、学問・研究として、新たな再生までの道筋をつけたい、せめて流れを生み出すところまで――というのが森里海連環学のもうひとつの側面だと思います。森と海の本来のつながりをもとに戻すことまでをゴールとする。

 それは哲学であり、同時に実学――現実を変えるという力がなかっら、歴史のくずかごに放り込まれる、そんな気がします。

 愚かで不幸な分断・対立を越え、協働する未来を我々は選択できるかどうか。瀬戸際だと思います。

 10年余り先行する社会運動「森は海の恋人」と統合学問「森里海連環学」が協働する世界を拓く――自然の姿からものを考え、ことを起こした先行する社会運動を、ちゃんと科学的に補強するのが学問であるという思いです。

小俣直彦「分断から再生へ:ブジュラム難民キャンプから見えたもの」

「Listen  to our  voices.―我々の声を聞いてくれ」。

 皆さん、こんばんは。

 私は国際学部難民研究センターというところで仕事をしています。「センター」とは日本の大学における「学科」と理解してください。ここは難民研究に特化した世界で一番古い研究機関です。とはいえ、設立は1982年のことで、この学問自体がとても新しいということです。

 難民になるとは、基本的にたくさんのハンディキャップを背負うことです。移動の自由が極端に制限される、銀行口座が開けない、労働市場への参画が制限される――そんなの中で難民の人たちは様々な経済活動にいそしんで、日々の生活を成り立たせている。そのプロセスがどうなっているかを研究するのが私の主なテーマです。

 私は2012年からオックスフォード大学で働いていますが、今日お話しするのは、私がオックスフォード大学で働く前、ロンドン大学博士課程の時に調査のために滞在した、西アフリカ・ガーナのブジュブラム難民キャンプのことです。二人の男性の家に一部屋を借りて400日間居候し、一緒に暮らしました。その体験を書いた本が『アフリカの難民キャンプで暮らす』です。私は大学の教員ですが、これは学術書ではく、むしろルポルタージュ、あるいはノンフィクション作品で、難民キャンプに暮らす人々の日常生活を描いています。

 なぜ日常生活にフォーカスを当てたのか。

 皆さん「難民」という言葉をきいて、どういうことをイメージされるでしょう。おそらく一般的には、沈没しそうな難民船で海を渡る人、瓦礫の中で助けを求める人、支援物資に群がる人……などではないかと思います。たとえば、グーグルで「refugee(難民)」「イメージ」の検索ワードで最初に上がってくるのはそういった写真てす。

 2015~16年頃、地中海を渡ってヨーロッパを目指すアフリカの難民たちが話題になり、世界的にニュースが一気に難民のことを取り上げたときに、こういう画像が使われました。 メディアの人たちは消費されるための情報をつくりますから、どうしても見た人の関心を引き易いセンセーショナルな画像が出ます。

 それらは、確かに難民の人たちの一部ではあるのですが、あまりにも偏っているのは間違いないのです。そんなイメージに日常的にさらさると、おそらく難民の人に対していいイメージが湧いてこないでしょう。無力感、脆弱さ、あるいは……何といったらいいでしょう……助けを求めないと生活できないような、悲惨なイメージが植え付けられます。

 この人たちは英語でいう「ボイスレス(voiceless)」――「声なき人々」なんですね。画像だけはどんどん出回りますが、彼らの声というのは我々のもとに聞こえてこない。本の冒頭に書きましたが、私が言われた言葉があります。「Listen  to our  voices.―我々の声を聞いてくれ」。

 ネガティブなイメージを植え付けられると、どうしても誤解のようなものが生まれ易い。その誤解を解いていくために、どうしたらいいかと考えたときに、彼らの普段着の姿を描くのがいいのでは、と思った。キャンプで長く暮らすという経験をさせてもらった自分の特性を生かして、誤解を解くためにこの本を執筆しました。特別な事件か登場するわけではないのですが、彼らの日常を淡々と書きました。

 さて、今日のテーマである「分断」。難民の問題を「分断」という切り口から見ると、どんなことが言えるのか。

・分断から生まれる難民、その喪失、再生プロセスについて。

・難民の中から生まれる新たな喪失と再生について。

・最後に、難民問題というものを我々の問題として捉えるということを目ざし、コンクルージョン的に皆さんに投げかけたいと思います。