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希少鳥類の交通事故発生パターンの推定―長期データと状態空間モデルを用いた解析

フィールド科学教育研究センター 小林 和也

1.背景

 野生動物と車両の衝突事故は、人命と生物多様性保全に関わる大きな問題です。このような事故を防ぐためには、過去の事故データを分析し、有効な対策を議論することが重要と考えられています。しかし、欧米と比べてアジアではこのような研究はまだ少ない傾向にあります。また、これまで各国では主に道路での事故(ロードキル)について研究が進められてきており、鉄道事故(レールキル)はあまり注目されてきませんでした。

 本研究では、環境省が北海道で収集した 31 年分の道路と鉄道での事故記録を活用し、希少鳥類であるオジロワシ、オオワシ、タンチョウの車両事故における時空間的動態の解明を目的としました。交通事故はこれらの種の存続を脅かす要因として以前から認識されていましたが、今まで学術的な分析は実施されてきませんでした。そのため、今回の研究を通して北海道内における事故発生パターンおよび各種における特徴を科学的に理解し、事故対策へ役立つ情報を得ることを目指しました。

2.研究手法・成果

 本研究ではまず、環境省が 1991 年から 2021 年にわたり北海道で収集した道路と鉄道での事故記録を提供いただきました。この記録の中から、車両との衝突が保全上のリスクとして懸念されているオジロワシ、オオワシ、タンチョウ(いずれも環境省レッドリスト絶滅危惧 II 類、環境省保護増殖事業対象種)のデータを抽出しました。これらの種で衝突事故の時空間的動態を明らかにするために、季節、土地利用、地域を説明変数として年変動を状態空間モデル(用語 1)で解析しました。

 解析の結果、北海道全土で回収された個体の期待値は、1991 年から 2021 年の間にいずれの種においても数百から数万倍に増加したことが示唆されました。要因としては個体数の増加、事故発生確率の増加、事故の目撃・報告確率の増加が考えられます。また、それぞれ種において利用している環境や生息地での事故発生件数が多いこと、渡りの性質の違いを反映した季節性があることが示され、事故発生パターンには種間差があることもわかりました。

種ごとの推定事故報告件数の期待値経年変化。右下の凡例は一か月当たりの推定件数、図中の黒い箇所は、道路や線路のないエリアを示します。

3.波及効果、今後の予定

 オジロワシ、オオワシ、タンチョウにおけるロードキルとレールキル事故は長年懸念されてきましたが、本研究では統計的に事故が増加していることを示し、希少鳥類のロードキル/レールキル問題を客観的なデータを基に議論する重要な基礎を固めることができました。前述のとおり、事故増加の理由としては、(1)個体数の増加、(2)事故発生確率の増加、(3)事故の目撃・報告確率の増加、の三つが考えられ、今後の研究でこれらの要因を一つずつ紐解いていく必要があります。また、オジロワシ、オオワシ、タンチョウの生態学的特性や生息環境が事故発生の推定値の違いとしても反映されていました。このような種差は、各種に特化した車両事故対策に役立てることができる上に、生息域・利用する環境をはじめとした各種の基礎的な生態情報の理解にもつながると期待されます。

研究者のコメント

 このプロジェクトは若手研究者が集まってそれぞれの本業とは別のサブテーマとして動いていたため、プロジェクト専用の予算がない中で、打ち合わせや学会発表を重ね、何とか論文出版にたどり着いたものです。これまでもオジロワシ、オオワシ、タンチョウなどの北海道の大自然を代表する希少鳥類の交通事故増加は専門家の間では示唆されていましたが、データが公にされておらず、経年変化や季節性、土地利用などとの関連性を示した詳しい解析もなされていませんでした。本研究によりデータや解析手法、解析結果を公開でき誰もが利用できるようになったことにより、希少鳥類の交通事故死という喫緊の課題に対して、有効な手段を模索できるようになると期待しています。

用語解説

状態空間モデル:生き物の個体数の経年変化のような時系列データは、どうしてもある時点の個体数は直前や直後の個体数と似た値になります。そこでそれぞれの年の個体数を直接解析するのではなく、変化量を解析するなどの工夫が必要になります。また同じ年に同じように調査を行っても、偶然によって目撃出来たり出来なかったりしてしまうため、全く同じ個体数が目撃されるとは限りません。このような観測誤差と変化量を同時に推定するためのモデルが状態空間モデルと呼ばれる解析手法です。

文献情報

  • タイトル:Long term data reveals increase in vehicle collisions of endangered birds in Hokkaido, Japan(長期データによって示された北海道における希少鳥類の車両事故件数の増加)
  • 著者:小林和也、内藤アンネグレート素、貞國利夫、森井悠太
  • 掲載誌:Conservation Science and Practice DOI:10.1111/csp2.13250
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標茶区における外生菌根菌相調査

京都大学フィールド科学教育研究センター 杉山 賢子

 2022年より、標茶区で外生菌根菌に関する調査を始めました。
 我々が普段見かける植物のほとんどは、根で何かしらの菌類と共生しています。中でも、ブナ科・マツ科・カバノキ科など森林の主要な樹種の根に感染し、相利的な養分の授受を行っているのが、今回の研究対象である外生菌根菌です。これら樹木の定着や生育には外生菌根菌との共生が不可欠であることから、外生菌根菌は森林の管理においても無視できない存在といえます。

 北海道研究林で植栽されているカラマツ・トドマツ・アカエゾマツといった樹種はいずれも外生菌根菌と共生する樹種です。林にどのような外生菌根菌が定着するかは、その林の樹種組成や土壌環境といった林自体の環境要因に加え、外からどのような菌が加入してくるかといった周囲の林の影響も受けて変化すると考えられています (より広域には気候なども影響)。しかしこれまでの研究では、調査対象となる林自体の環境が着目されることが多く、周囲の林の影響についてはわかっていない部分が大きいです。

 外生菌根菌は胞子を飛ばして新たな林に定着します。加えて菌種によって感染可能な樹木分類群が異なるため、どのような距離にどのような樹種組成の林があるかによって加入してくる外生菌根菌の種組成やその定着率が変化することが予想されます。本研究では、異なる樹種組成の林がモザイク状に広がる標茶区において外生菌根菌相の継続的な調査を行うことで、距離と樹種組成の影響を分離して周囲の林の影響を評価していきたいと考えています。

 2022年は、標茶区で最も植栽面積の広いカラマツに着目し、同じ樹種でも林分間の位置関係や隣接する林分の樹種組成の違いにより外生菌根菌相が変化するのかを調査しました。調査は地図に示したカラマツ人工林9林分で、6月、8月、11月の計3回行ないました。
 調査により、カラマツ林分間で外生菌根菌組成が異なること、その組成の違いは隣接する林分の樹種組成では説明されず、調査林分間の位置関係により一部説明されるということが示されました。しかし、どの林分間で外生菌根菌組成が類似する (または異なる) かというパターンは月によって異なっていました。大まかに、8月は北 (A, B) と南 (G-I) でも組成が似ていたのに対し、11月は北から南にかけて組成が変化していくという傾向が見られました (6月は空間構造見られず)。また、林分間で共有される外生菌根菌OTU (塩基配列の相同性に基づくグループ、今回はおよそ種に相当) 数も月によって変化していました。月により傾向が変わった理由は単年の調査ではわからないため、継続的な調査が必要です。

 また、興味深い結果として、林分間で共通のOTUが優占するという結果も得られました。中でも、9林分全てで得られたラシャタケ属のOTU (11月は8林分のみから検出) は、林分ごとの出現頻度も最も高く、カラマツの生育に対する影響が気になるところです。

 2022年はカラマツ林のみで調査を行いましたが、周囲の林からどのような菌種が加入してきているかを知るためには、他の樹種の外生菌根菌組成も調査する必要があります。2023年は樹種を増やして調査を継続する予定です。また現在は、定着済みの外生菌根菌に着目していますが、今後、林間での菌の移動分散も評価するべく、方法を検討中です。

北海道研究林標茶区内の調査地図示。研究林内を広くカバーする
調査地同士での外生菌根菌組成同異関係図。調査地間距離が関係か
調査地同士での外生菌根菌組成関係図
線が太い林分間で共通のOTUが多く見られた
調査地に繁茂するササの隙間から調査者の帽子がわずかに覗く様子
調査の様子
ササの隙間から被っているヘルメットが垣間見える
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日本新産種のキクラゲAuricularia americana s. str.

北海道研究林白糠区で採取されたキクラゲが日本国内で初めて記録された種として報告されました。

このキクラゲは2020年9月に天然林での調査中にトドマツの落枝についていたものと、2021年4月にトドマツ造林地の除伐中に、枯死した個体の幹についていたものを技術職員が採取したもので、栃木県内のウラジロモミに発生していたものとともに、三重大学の白水貴博士らによって分子系統解析と形態比較が行われA. americana s. str.と同定されました。

これまで国内において正式なA. americana s. str.の報告がないため,本種の日本初報告となりました。
北海道から多くの標本が得られたことから、A. americana s. str.の和名としてキタキクラゲと提唱されました。

白水博士によると、市場に広く流通しているキクラゲ属菌の栽培では、培地の主原料として広葉樹材が用いられており、針葉樹材の利用は不適とされています。
一方、A. americana s. str.の子実体はモミ属やマツ属などマツ科の針葉樹材上に発生することから、針葉樹材を用いたキクラゲ属菌栽培手法の確立において有望な系統となることが期待されています。

枯死したトドマツについていたキクラゲ
枯死したトドマツについていたキクラゲA. americana s. str.
Microscopic morphology of Auricularia americana s. str. (TNS-F-91421). A: Abhymenial hairs. B: Basidia. C: Basidiospores. Bars: A 20 µm; B, C 10 µm.

白水貴,大前宗之,新井文彦,稲葉重樹,服部友香子(2021)日本新産種Auricularia americana s. str. (キクラゲ目).日本菌学会会報62.125–130

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道東地域における地磁気永年変化の観測

北海道大学大学院理学研究院 橋本武志

 京都大学北海道研究林のある道東地域では、太平洋沿岸域の地磁気が周辺と比べて顕著に強いことが知られています。こうした磁気異常は、千島海溝沿いに点々とみられるもので、太平洋プレートの沈み込み活動に伴い、磁性鉱物に富む岩石が地下にできているためではないかと考えられています。千島海溝沿いでは、プレート境界型の大地震が数10年間隔で発生しており、平時には、この地域の地盤は西北西−東南東方向の圧縮を受けています。磁性を帯びた岩石が圧縮されると、周辺の磁場が変化することが知られており(応力磁気効果と呼ばれます)、それを念頭に地磁気と大地震の関係を調べるために、この地域では1970年代から北海道大学が地磁気観測を続けています。現在は、京都大学北海道研究林標茶区(図1のSHI)を含め、道東地域の8カ所に磁力計を設置して連続観測を行っています。

(図1)北海道周辺の磁気異常分布(NOAAのEMM2010モデルによる。単位はナノテスラ)と道東地域の地磁気観測点(MMBは気象庁の女満別観測所、それ以外は北海道大学の磁力計設置点)

 この地域の地磁気は、その経時変化も特異であることが、私たちの観測で明らかになっています。元来、地磁気の年単位のゆっくりとした変動(永年変化)の大半はグローバルな現象であり、地球深部(外核)起源と考えられています。このため、道東地域程度のスケールでは永年変化の傾向はほぼ同じです。しかし、各観測点の変化をMMB(気象庁女満別地磁気観測所)からの「ずれ」としてより詳しく見てみると、太平洋岸に近いところでは、内陸に比べて永年変化の傾きが顕著に大きいことがわかりました。

 このような観測結果は他の地域で報告例がありませんが、プレート運動などの地殻活動に起因している可能性があります。さらに、2016年頃からこの変化の傾きが小さくなってきていることもわかってきました。これが地殻起源のシグナルかどうかは現時点では判断できませんが、今後も粘り強く観測を続け、この現象の正体を明らかにしていきたいと考えています。

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常駐学生が森林学会学生奨励賞を受賞

北海道研究林に常駐し研究をされている本学博士課程2回生の中山理智氏が、2021年森林学会学生奨励賞を受賞されました。
そこで受賞された研究について、インタビュー形式で研究紹介をしていただきました。

Q. 今回の受賞にあたり、まずは一言お願いします。
A. 栄誉ある賞をいただき光栄に思います。この受賞によって調査地である北海道研究林に興味を持つ研究者が増えるかと思いますが、学部のころから非常にお世話になった北海道研究林への恩返しとなればいいなと思います。

Q. 簡単に研究内容のご紹介をお願いします。
A. 本研究は「天然林を人工林にした時に土壌の中の微生物にどんなインパクトがあるのか?」を明らかにしようとしたものです。細菌や真菌などの土壌の微生物は落ち葉や動物の遺体を分解し、植物が使える養分に変えてくれるので森林における植物の健全な成長には欠かせない存在です。森林土壌をひとつかみするとその手の中に数百, 数千億もの細菌や真菌が生きています。多様で目に見えない微生物も人や動物のように他の微生物と関係しあって生きています。本研究では微生物同士の共存関係に特に重点を置きました。結果として、人工林では天然林よりも細菌同士の共存関係が失われており、特にカラマツ人工林でトドマツ人工林よりも共存関係の喪失が強くみられました。共存関係が少なくなると微生物が担う機能が低下したり、さらなる環境の変化に弱くなったりすると言われています。このことから、本研究は人工林造林における樹種選択には微生物の共存関係を考慮する必要があることを指摘しました。

Q. 論文を執筆する際に一番苦労されたことは何でしょうか?
A. 微生物の研究は現在はDNA分析などの分子生物学的手法ものが主流となっています。分子生物学的な分析や解析は日進月歩なので、数年前に最新だった手法では太刀打ちできないこともあります。最先端の分析技術はなかなか使えないので、アイデアでどう勝負するか考えることが一番苦労したところではないでしょうか。

Q. 今後の展望など、最後に一言お願いします。
A.本研究では40年生ほどのトドマツ人工林、カラマツ人工林を用いました。今後はより樹種を増やすなどして、どの樹種が生態系へのインパクトが少ないのかを明らかにしたいと考えています。また一度失われた共存関係は100年ほどで回復するといわれていますが、回復過程にも樹種の違いがあるのかも解明したいです。最終的にはこうした知見をもとにより長期的に持続可能な人工林管理方策を立案できればいいなと思っています。

常駐されているので普段から顔を合わせはするものの、研究内容については具体的に知らないことが多く、今更ですが研究イメージを掴むことが出来ました。
今後も当研究林を利用して素晴らしい研究を続けていただきたいと思います。
本当に受賞おめでとうございました。