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研究ハイライト

シカによる森林の過採食圧が植物の繁殖成功に及ぼす影響

坂田 ゆず(京都大学生態学研究センター)

近年のシカの過採食圧による森林の下層植生の衰退は、生物間相互作用網を介して様々な生物群集に波及すると考えられていますが、植物の繁殖への間接効果はあまり検証されていません。芦生研究林では、20年ほど前からシカによる過採食による下層植生の著しい衰退がすすんでいます。

図1.ニホンジカの分布図(環境省生物多様性センターより改変)と調査地

私は、シカの過採食が開花草本群集と送粉者群集を介して、植物の繁殖成功に与える影響を解明することを目的として、シカの過採食地域(芦生・丹沢)とシカの非分布地域(佐渡・茨城・福島・山形)の6地域(図1)において、草本群集、送粉者群集、低木5種の結実率を3年間に渡って調べました。

図2. シカが、秋咲きの草本を食害することで、マルハナバチの訪花頻度が減少し、春~夏咲きの低木の結実率の低下が見られた。

その結果、シカの過採食が見られた地域では、秋咲きの草本群集の被度の著しい低下が見られ、秋に繁殖を行うマルハナバチの訪花頻度が低下していることが明らかとなりました。また、マルハナバチに強く依存した低木種では、結実率の低下が見られた一方で、その他の昆虫に依存した低木種では、結実率の低下は見られませんでした。このことから、シカによる下層植生の衰退が送粉者を介して植物の繁殖成功に与える負の波及効果があることが示唆されました。(図2; Sakata et al. 2015)

図3. ナツエビネの花に訪れていた多様な昆虫

この他にも、無報酬のラン科の植物のナツエビネに注目し、佐渡と芦生において、繁殖生態を2年間にわたって調べました。その結果、ナツエビネには多様な昆虫が訪れている一方で、もっぱらマルハナバチによって送粉されていることが分かりました(図3)。シカの過採食が著しい芦生では、送粉成功が低下していることが明らかになり、シカの直接的な食害によって個体数を減少させている絶滅危惧種のナツエビネは、さらに間接的に負の影響を受けていることを示しました(Sakata et al. 2014)。また、結実し種子ができて芽生えたとしても、実生がすぐシカによる食害を受けてしまうと考えると、予想されている以上にシカの食害は、植物の繁殖生態に間接的な負の影響がもたらされている可能性が考えられます。

今後も、芦生やその他の森林において、どの生物がどのように関わり合っているかについて、中心となる植物と昆虫の相互作用に注目しながら研究をすすめていきたいと考えています。

2016年2月27日

参考文献

Yuzu Sakata, Michimasa Yamasaki. Deer overbrowsing on autumn-flowering plants causes bumblebee decline and impairs pollination service. Ecosphere 6(12):274, 2015年.
Yuzu Sakata, Shota Sakaguchi, Michimasa Yamasaki. Does community-level floral abundance affect the pollination success of a rewardless orchid, Calanthe reflexa Maxim.? Plant Species Biology, 29, pp159-168, 2014年.