石原正恵(芦生研究林林長)
2023.10.23
2023年10月27日公開予定の映画「唄う六人の女」の森のシーンのいくつかは芦生研究林内で2022年に撮影されました。芦生研究林は大学の教育研究の場として京都大学が管理しています。
この度映画撮影を許可したのは、映画のテーマが、芦生研究林、そしてその所属部局である京都大学フィールド科学教育研究センターのミッションである「森里海連環学」に通じるところがあったからです。
「森里海連環学」の「里」というのは人間社会を指します。つまり、森・ 川・ 海と人間社会がつながっている、しかしそのつながりが失われ変化してしまった結果、生態系や人間社会に大きな問題がおこっている。それを様々な学問分野や社会の皆様と協働し、解決を目指していく、それが「森里海連環学」です。
我々は毎日、この芦生研究林で教育研究活動と森の保全を行っています。ほぼ毎日森と向き合って仕事をしています。しかし、日本国民の大多数はこうした農山村から遠く離れた大都市に暮らし、森と日々の暮らしとのつながりを感じることもなく暮らしています。
かつて、森は、炭・薪などのエネルギー、肉・魚・木の実・きのこなどの食料、木材など、我々の生活に不可欠な資源を供給し、信仰の対象でもあり、文化が形成される場でもありました。しかし、そのような暮らしを現在でも続けているのは農山村でも一部の人だけとなってしまいました。そして、森は、地球温暖化やシカの食害など、遠く離れてくらす人々も含めた人類による環境改変により、多くの問題に直面しています。我々を含め日本の森林研究者の共同研究(環境省モニタリングサイト1000)から、日本の森林において、今まで見られていた寒い気候を好む樹種が減り、より暖かい地方の樹種が増えていることがわかってきました1。また日本各地で増えたシカが下草を食べ尽くし、様々な植物や昆虫などが姿を消していっています。皆さんの日々の生活と森はつながっているのですが、それに気づきにくいので、なおさら問題解決が難しいのです。
こうしたことを伝えたくて、我々は日々活動していますが、接するのは学生さんなど森へ関心のある方がほとんどです。どうすれば、渋谷のスクランブル交差点や道頓堀におられる皆さんが森に思いを馳せて、少しでも森の価値や課題、自分自身とのつながりに気づいてくれるのでしょうか。
「唄う六人の女」では、森や農山村に関心のなかった登場人物が、最終的にはそれらの価値に気づいていく映画とみることもできるのではないでしょうか。またエンターテーメントして本映画を見ていただけた皆さんが、森の素晴らしさやそこに棲む生き物たち、そして皆さんと森のつながりに気づいていただくという二重の気づきがあるのではと期待しています。さらに、本映画で描かれる開発は、かつて芦生の森において計画されたダム建設とも重なります。われわれ人類が森とどのような関係を結んでいくのかというテーマを提示してくれています。
また本映画は我々にも気づきを与えてくれました。それは、本物のちからです。CG技術によって実物以上に美しく幻想的な自然が描かれている映画はたくさんあります。しかし、本映画に描かれる森は、日々我々が活動し、「美しい、幸せだなあ」と思っている本物の森がそのままに描かれています。改めて、フィールドの力に自信を持ち、またこの森を未来の世代に引き継いでいかなければならないと思いを強くしました。
もう一点は、アカデミアと芸術・エンターテーメントという異なる分野の人の交流が可能ということです。撮影による環境負荷についてもご理解いただき、柔軟に撮影シーンや方法を検討いただきました。撮影方法や場所から、現場まで歩くルートに関してまで、撮影スタッフ、芦生研究林、ガイドさんの間で事前に度重なる打ち合わせを行い、調整や工夫をしてまいりました。ご理解・配慮いただきました石橋監督、撮影スタッフや俳優の皆様にお礼申し上げます。この経験は我々に全く異なる分野の皆様との理解・協力が可能であると改めて感じさせてくれました。
では、そんな森を見たいという皆さまへ。芦生もりびと協会のガイドツアーをご利用いただくことで撮影現場の森をご自身で体験いただくことができます。遭難を防止し、貴重な自然を守り、そして農山村の持続的な観光産業を守るためにも、ガイドツアーをご利用頂きますようお願いいたします。また芦生の森を守り、森の秘密を解き明かす研究を進め、若い世代を育てるために、芦生研究林基金へのご寄付をぜひお願いいたします。
1Suzuki SN, Ishihara MI and Hidaka A (2015) Regional-scale directional changes in abundance of tree species along a temperature gradient in Japan. Global Change Biology, 21: 3436–3444. DOI: 10.1111/gcb.12911.