実習報告2018 「森里海連環学実習II:北海道東部の森と里と海のつながり」

森林情報学分野 教授 吉岡 崇仁


【実習の概要と目的】自然景観が気象・地象・海象・生物・人為の相互作用によって形成されていることを実体験することを目的に、北海道東部にある別寒辺牛川上流の自然度が高い森林域、牧草地として土地利用されている支流の上流部、別寒辺牛川湿原のなか、そして下流の厚岸湖・厚岸湾の生物調査、水質調査などを通して、森−川−里−海のつながりについて学習する。森と川と海が生物を通してつながっていること、さらに人間がそのつながりにどのように関わっているかを実習中に得られた データや知見をもとに理解を深めることを目的としている。
 なお、本実習は、京都大学フィールド科学教育研究センター北海道研究林標茶区、北海道大学北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所の共同で実施した。
【受講生】計 20名
 京都大学  理学部3名、農学部3名、医学部1名、文学部2名、工学部2名、計11名
 北海道大学 理系総合2名、文系総合2名、農学部3名、獣医学部1名、水産学部1名、計9名
【スタッフ】吉岡崇仁・小林和也・中川 光・中西麻美(フィールド科学教育研究センター)、中山耕至(京大農学研究科)、仲岡雅裕・福澤加里部・伊佐田智規(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター)、TA(中山理智、木下直樹、長根美和子)、京大フィールド科学教育研究センター北海道研究林標茶区・北大北方生物圏フィールド科学センター厚岸臨海実験所職員
【日程】平成30年9月3日(月)~9日(日)
 平成30年度の森里海連環学実習IIは、京都大学フィールド科学教育研究センターの北海道研究林標茶区と北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの厚岸臨海実験所を拠点として、9月3日から7日間、下記の予定で実施した。
 9月3日:実習生集合、ガイダンス、安全教育、講義、樹木識別実習
 9月4日:天然林毎木調査、昆虫相調査、土壌調査、講義、データ解析
 9月5日:パイロットフォレスト視察、水源域調査、樹木実習、水質分析実習
 9月6日;別寒辺牛川の水生生物実習、講義、水質分析実習
 9月7日:厚岸湾および厚岸湖の水質・水生生物調査、レポート作成、グループ発表準備
 9月8日:グループ発表準備、愛冠自然史博物館見学、グループ発表、レポート作成、アンケート
 9月9日:レポート提出、解散
【実習の内容】
 受講生は、5名ずつで「森班」、「里班」、「川班」、「海班」の4班を構成した。標茶研究林では、樹木検索図鑑を用い、教員とTAの支援を受けて樹木識別法(写真1)を学んだのち、天然生林の尾根と谷部のプロット(20×10m)に分かれて調査を行った。胸高直径5cm以上のすべての樹木について、その胸高直径と種類を記録し、経年変化を観ると共に尾根と谷部での種組成の違いを考察した。調査地にライトトラップを4箇所ずつ設置し(写真2)、捕獲された昆虫の同定を実習し、周辺の森林環境と捕獲された昆虫の種類や個体数との関係を考察した。また、土壌断面を作成して、土壌の形成過程を調査した(写真3)。尾根部の土壌断面では、火山灰の堆積と土壌形成プロセスの進行状況を、谷部では、湿原、渓畔での土壌形成過程について考察した。水質調査については、研究林周辺及び別寒辺牛川流域で採取された河川水を試料として、簡易比色分析法(パックテスト)と携帯型イオンクロマトグラフィーを併用して分析の原理と実際の試料測定を学んだ。
 別寒辺牛川および厚岸湖における水生生物実習では、河川の上流と下流、集水域の環境の違い(森林vs.牧草地)などによる水生生物相や魚類の消化管内容物の違いを調べ、さらには別寒辺牛川の流入する厚岸湖と厚岸湾のアマモ場で生物採集を行い、食物連鎖について考察した。
 また、厚岸湾数地点で採水した試料について、有色溶存有機物の光学特性関する分析実習を行った。
 今年度の実習でも、従来とほぼ同様の実習内容を行ったが、4日目(9/6)に標茶から厚岸に移動する日の未明に発生した北海道西部地震では大きな影響を受けた。地震と同時に起こった大規模な停電のため、当日の昼食(弁当)の手配ができなくなった。パンなどを購入したが、交通機関の不具合によるものか物流が滞っており、商店では品薄状態となっていた。このまま実習を続行して厚岸臨海実験所に移動すべきか、中断して標茶研究林にとどまるべきかの判断に迫られた。
 幸い、厚岸臨海実験所では、実習期間中の食料の用意ができていること、発電機によって最低限の電力が確保されていることから、別寒辺牛川での調査をしながら、厚岸に向かった。この日は、厚岸でも停電が続いていたため、夕食後の試料処理は断念した。翌日、厚岸湖調査は無事実施し、この日の内に電気が回復したため、別寒辺牛川・厚岸湖の生物調査(写真4)、データ解析を行うことができた。一方、標茶研究林では、その後も停電が続いており、物資の購入もままならない状態であった。実習を予定通り進めたことが結果的に幸いした形となった。
 厚岸臨海実験所では、海洋の成層構造の形成メカニズムを理解させるために、簡単で興味深い実験が行われた(写真5、写真6)。温水と冷水、淡水と海水を赤と青の色素で着色し、それぞれを上下を入れ替えて重ねる実験である。密度の違いが、水の混合・成層の要因であることは、教科書的には理解できても、目の前で観ることは格別の印象があり、中学校の理科教室のような歓声と賑わいであった。大学教育にあっても、百聞は一見に如かずである。
 今年度は、レポート作成の負担を軽減するために、実習テーマごとのレポートは班単位での作成とし、実習生個人は、一つのテーマを選択して提出させることとした。しかし、停電の影響で時間が制限されたため、それほどの効果にはならなかったようである。グループ発表では、本実習で得られたデータや知見に基づき、「森」「川」「里」「海」の各班それぞれに異なる場の視点から森里海の連環について考察した。班員がテーマを分担して発表したり、「川の気持ち」や「海は森のひも?」といった意外な設定もあり、興味深い発表会となった。
 実習に当たっては、両大学のTAならびに両施設の技術職員はじめ多くのスタッフの協力により、効率よくまた安全に実施することができました。地震、停電という非常事態にも適切に対応いただきました。お礼申し上げます。