不死のベニクラゲ、若返り世界記録更新中!

海洋生物系統分類学分野 久保田 信


この世に不老不死を現実可能にする生き物が存在する。ベニクラゲは老いてもストレスを受けても何度も若返れる(Kubota 2005)。5億6千万年前以降、クラゲは多彩な分類群に分化し、40m長の管クラゲから1 mmのカイヤドリヒドラクラゲや体重200kgにも達するエチゼンクラゲなど、現在、刺胞動物門のクラゲ約1200種が世界中の海洋や淡水に適応し自由・共生生活を送っている。その中でベニクラゲが属する沿岸性ヒドロ虫類は、成体クラゲとその若いポリプが複雑な一生をたどり、実験室で生活史をまわし易いクローン動物である。小容器に新鮮な海水を満たし、孵化したてのアルテミア(甲殻類)を食べさせると、約1ケ月以内に成熟クラゲが得られる。どんな成熟クラゲも他の全ての多細胞動物と同じく死んでしまうのに反し、ベニクラゲだけは繰り返し若返れる。今回の以下のような若返り回数の世界記録達成は、人類の夢への希望をつなぐ。

2009年にプランクトンネット曳きで採取した傘径1㎜程度の未成熟クラゲがポリプに若返り、5月22日以降、瀬戸臨海実験所にて自然海水で(水温は最高で30℃,大半は27-29℃)、アルテミアを餌とした流水飼育を行った結果、若返り回数の世界記録を半年以内に達成できた。若返りポリプは6月25日にクラゲ芽を形成し、未成熟クラゲ(傘径0.70-0.75mmで8触手を有す)を遊離させた(飼育後43日目の7月1日)。複数個体が若返りをすぐおこし、数日以内に2度目の若返りのポリプとなった。このポリプは成長し、未成熟クラゲを初回と同様に約1ヶ月(26日間)かけて遊離させた(8月7日)。それらの内の複数のクラゲがすぐに3度目の若返りをおこし再びポリプにもどり、世界最多の若返り記録を達成した(紀伊民報2009年8月13日付)。それから約1ヶ月後、成長したポリプ群体から未成熟クラゲが9月24日から遊離し始め、複数個体が9月28日に4度目の若返りをおこし(写真)、記録をさらに更新し(久保田 2009)、2009年10月下旬現在もさらに成長を重ねている。

不死のベニクラゲは3通りの生き様、「子づくり+寿命の全う+若返り」なるこの世の動物の生存最大限の能力を発揮できる。不死のメカニズムについてはまだ謎で、その一つであり、本年のノーベル生理医学賞に輝いたテロメア修復機構も、本種における研究成果は芳しくない。しかし、ストレスを感知してポリプへの生活史逆転、つまり若い時代の遺伝子を読み直して繰り返し発現できる仕組みを解明し、人類と大きく相違しないクラゲのゲノムを活用し、再生医療とのタイアップなどで、老化ストップ以上の人類の夢である若返りが目指せる可能性を今後は探りたい。

引用文献

Kubota, S. 2005. Distinction of two morphotypes of Turritopsis nutricula medusae (Cnidaria, Hydrozoa, Anthomedusae) in Japan, with reference to  their different abilities to revert to the hydroid stage and their distinct geographical distributions.  Biogeography, 7: 41-50.

久保田 信. 2009.四度若返ったベニクラゲTurritopsis sp. (ヒドロ虫綱, 花クラゲ目).日本生物地理学会会報, 64 (印刷中).

ニュースレター18号  2009年12月 研究ノート