センター長就任にあたって

京都大学フィールド科学教育研究センター長・白山 義久

(資料:2011年度までのセンター長 http://fserc.kyoto-u.ac.jp/main/aisatsu.html において2010年度まで掲載)

 京都大学において、地球環境問題に関する教育と研究を担う3本柱の構築が企画され、生態学研究センター・地球環境学堂についで、平成15年4月1日にフィールド科学教育研究センターが設置されました。その使命は、フィールドに根ざした学問の推進と教育の実践です。その責務を果たすために理学研究科と農学研究科とに分散して所属していた隔地施設が、学部の垣根を取り払って連携し、より広い視点をもった総合的なフィールド科学を創生しようとしています。
 本センターの最大の特徴は、都会のキャンパスでは学び得ない、フィールド教育の実践です。京都大学に入学してきた学生は、みなペーパーテストで優秀な成績を収めることができますが、教室の外で学んだ経験はほとんどありません。さらに、実際に経験したことがないことを、バーチャル空間のなかで体験しているような錯覚に陥りやすいようです。これはゲーム世代の若者に共通の特徴でしょう。本センターではこのような現状を憂慮し、森里海連環学実習・少人数セミナーなどの全学共通科目や、学部向けの森林学実習・臨海実習など、多数のフィールド実習を開講してきました。今後とも組織名に「教育」と冠する本センターの名に恥じぬよう、多様な現場教育を展開していくつもりです。
 本センターの研究の柱は「森里海連環学」です。本センターを構成する施設は、北は北海道(北海道研究林(白糠・標茶))から南は山口県(徳山試験地)まで地理的に広く分布しているだけでなく、森林域(芦生研究林・和歌山研究林)から里域(北白川試験地・上賀茂試験地・紀伊大島実験所)を通って海域(舞鶴水産実験所・瀬戸臨海実験所)までの、生物圏の重要な3要素をすべてカバーしています。この特徴を活かし、各々の要素の専門家が緊密に連携を取り合って、ひとつの要素の研究からは決して理解できない、各要素の連環の実態を自然科学的に明らかにしたいと考えています。
 私どものような小部局では、他の部局との連携も重要です。出身母体である理学研究科・農学研究科へは、協力講座として大学院教育に積極的に貢献しています。また地球環境学堂・生態学研究センターなどとは教育・研究の両面で、緊密に連携したいと考えています。さらに、高等教育研究機構・総合博物館などとは、教育と社会連携の面で、共働を推進していく所存です。
学内ばかりに目を向けることなく、本センターでは社会との接点をもつ努力も重ねてきました。これは、地球環境問題を解決するには、社会が変わらねばならないという当然の認識に基づいています。その努力の一環として、社会連携教授に畠山重篤氏とC.W.ニコル氏をお迎えし、講義・実習の一部を担当していただいております。すばらしい実績をお持ちのお二人から学生たちが受けるインパクトは、座学では得られない強烈なものです。また他大学の学生・高校生・社会人など、京大生以外にも門戸を広げて体験学習の機会を提供しています。特に、全日空およびNPO法人エコロジーカフェとは、協定を締結した上で協力して市民講座を開講しております。
また、研究成果の社会への還元を目的として、時計台対話集会を例年開催しています。例年500名近い市民の皆様に時計台記念ホールにご参集いただき、さまざまな話題をフィールド研のスタッフと一緒に考えてきました。今後も恒例行事として、取り組んでいくつもりです。なおこの取組みでは、天野礼子氏に大変お世話になっています。
フィールド科学教育研究センターが将来にわたって継続していこうとしている上述の活動は、初代センター長の田中克名誉教授を中心として、大畠誠一・竹内典之両名誉教授ならびに現在のフィールド科学教育研究センターのスタッフが一丸となって実現してきたものです。山下洋教授を中心に編纂した「森里海連環学」は、ひとつの集大成といえましょう。しかし、自然を理解することは容易ではありません。“Nature is always wiser than a man.”と申します。少しでも自然の叡智を解き明かし、豊かな自然環境を次の世代へ受け渡して行くことができるよう、微力ではありますがセンターのメンバーとともに一歩一歩進んでまいりたいと存じます。皆様方からは、センターのよき理解者として、ご指導ご鞭撻を賜ることができれば幸いです。

ニュースレター11号 2007年7月