ILASセミナー報告2016「南紀の博物誌」

基礎海洋生物学分野 助教 大和 茂之


 ILASセミナー「南紀の博物誌」は、9月26-29日の3泊4日の日程で、瀬戸臨海実験所に宿泊して、現地実習を行った。初めての開催で、あれこれ内容を考えたが、田辺湾内の神島、畠島、天神崎の3つの地点に注目して見てもらうことにした。これら地点の自然保護には、神島の南方熊楠、畠島の時岡隆、天神崎のナショナルトラスト運動など、先人の活動が関わっている。
 4月時点で、参加学生は、教育学部1名、工学部2名、農学部2名の計5名であったが、工学部の1名が追試の日程と重なってキャンセルとなり、4名で実習を行った。あらかじめのメールのやりとりで、どの学生も海洋生物に興味を持っていることがわかったので、上記の場所を実際に訪れて、海岸生物を観察することを中心として、その場所が保存された意味や背景などを考えてもらうようにした。関連の博物館も訪れるようにした。
 野外での生物の観察では、2日目に畠島へ渡った。潮の引き具合から小丸島までは渡れなかったが、畠島本島周辺をぐるりと回って、内湾から外海に面した部分までの一通りの環境で、海岸生物を見た。帰途には、神島の方にも回った。ここは全島が天然記念物で上陸禁止なので、船の上から眺めることで、南方熊楠が作成に尽力した昭和天皇上陸記念の石碑や、島の森を観察した。
 3日目は、天神崎の海岸へ行った。ここは、平らな岩礁が広がり、子供たちでも安全に磯観察ができるところなのだが、この日は、台風の影響のうねりが押し寄せていて、先端の岩礁までは近寄れなかった。昼食後には、天神崎の背後の山に登った。この山が別荘地として開発されようとしたときに、市民でお金を出し合って、買い取ることになったのが、「天神崎の自然を大切にする会」の運動である。その最高部の日和山からは、田辺湾が一望でき、前日に見た畠島と神島が並んでいる姿も見えた。
 両日とも、採集した海の生物は、実験所へ持ち帰って観察した。それほど多くの種類を採集した訳ではないが、生物を同定することの意味や、各生物の解剖学的な特徴などを観察した。
 この野外観察の合間に、関連の博物館を訪問した。初日のガイダンスの後に、実験所近くの本覚寺(貝寺)を訪れた。ここは歴代住職が集めた貝類の展示室があり、その標本に基づいてホンガクジヒガイという新種が命名されたことで有名である。
 天神崎の帰りには、田辺市の「ふるさと自然公園センター」へ行った。ここは、退職した地元の中学校・高校教師のOBなどが常駐していて、貝類や昆虫標本や哺乳類の骨が無造作に並べてあり、手作りの自然博物館になっている。
 最後の日は、田辺市にある南方熊楠顕彰館へ行った。南方熊楠が後半生を過ごした家が残り、そこでは熊楠が実際に生活した空間として、母屋や書斎や庭、そしてそこに生えている植物などを、担当の方に説明してもらいながら歩き回った。さらに、今回は特別にお願いをして、資料の収蔵庫へ入らせてもらった。熊楠の残した書籍や標本など、あらゆるものが大切に保管されているのを見学した。
 少し盛りだくさん過ぎたかも知れないが、4人の少人数だったので、ゆっくり会話をしながら、南紀の自然のすばらしさを見てもらえたように思う。