芦生研究林と上賀茂試験地における台風21号被害

芦生研究林・森林育成学分野 准教授 石原 正恵
上賀茂試験地長・森林育成学分野 教授 德地 直子

 2017年10月16日に発生した台風21号は,10月23日3時頃に大変強い勢力で静岡県に上陸し,9時に日本の東で温帯低気圧になった。各地で大雨と風速30m/秒を超える猛烈な風が記録され,西日本から東北地方の各地で河川の氾濫や土砂災害が発生した。芦生研究林および上賀茂試験地でも大きな被害がでた。

(芦生研究林)
 芦生研究林が位置する美山町のアメダスでは23日午前2時30分頃に観測史上1位となる最大瞬間風速25.5m/秒を観測した。増水した美山川の氾濫により府道38号が美山町内久保で崩落しさらに道路上に倒木や土砂崩れが生じ,芦生を含む知井地区の集落が孤立した。特に,芦生では24日夕刻まで緊急車両も通行できない孤立状態が続き,一般車が通行できるようになったのは11月2日であった。停電は23日から24日夕刻まで続き,インターネットも携帯電話も通じなくなり,京大本部との唯一の連絡手段は固定電話であった。水道も取水口がつまり一時利用できなくなった。寒い季節で暖もとれず温かい食事もないなか,当時芦生研究林にいた教職員は,迅速な被害状況の確認と応急処置・復旧にあたった。
 構内では,職員宿舎2棟,学生宿泊所,木材乾燥小屋,人夫小屋,休憩室,自動車車庫,消防ポンプ庫の計8棟に被害があった。特に職員宿舎1棟,木材乾燥小屋,人夫小屋はトタン屋根の大面積が吹き飛んだため,室内に漏水し,内壁,天井,研究用機器,研究サンプル・調査機材,職員の家財が損傷した。被害の大きかった職員宿舎に居住していた職員一家は,真夜中に屋根が剥がれ飛ぶ音を聞き,飛散するがれきと暴風雨のなか,命からがら車庫に駐車していた自家用車内に緊急避難をし,眠れぬ一夜を明かした。当然宿舎は生活ができる状態ではなかったため復旧するまでの2ヶ月間,避難生活を余儀なくされた。構内の気象観測では最大風速5.4m/秒と京都府下での観測値と比べ小さかったにもかかわらず,被害が大きかったのは施設の老朽化が著しかったことが原因と考えられる。構内の復旧については,積雪期までに職員宿舎を含む5棟の復旧および応急処置を行った。復旧がすべて完了するのは2018年度の予定である。
 林道では土砂崩れ,雨水や増水した川による侵食,落石,倒木が多数発生し,事務所から1km地点ですでに通行できなくなった。森林軌道でも落石により通行できなくなった。そのため,研究利用と予定していた実習は受け入れを中止せざるを得なくなった。すぐに林道復旧に取り掛かり,長治谷までの路線が応急的に開通したのは10月30日で,研究利用者の受け入れは11月2日から開始した。しかし,全線の復旧は雪解け後の4月であった。復旧に必要な重機を自己保有し常駐教職員がいたため,比較的早期に復旧することができ,研究・教育利用者への影響は最小限に留めることができた。
 林内の被害については倒木が全域で生じた。枡上谷生態系プロジェクト毎木調査区(6.3ha)全域を踏査した結果,風倒木は26本(本数被害率0.43%)で,尾根部のスギや谷部の広葉樹に被害が見られた(阪部 2017)。これは既存の風倒被害事例と比べ比較的軽微なものと言える。しかし,野田畑谷の尾根部ではブナの倒木が多数見られ,ギャップが拡大したと考えられる。今後さらにギャップが拡大し,シカの過採食によって後継樹の更新が阻害され下層植生が衰退している現状では,土壌流亡や土砂災害の危険性が高まっていると危惧される。また大雨により河川では侵食が進行し,渓流沿いの一部の希少植物種への影響が指摘されている。
 今回の台風では,備蓄水がなかったことなどの課題も判明し,今後の災害にむけて備えを充実させていくと同時に,依然老朽化している建物の改修や建替えなどの対策が必要である。

   阪部拓海(2017) 「スギが優占する冷温帯天然林における2017年台風21号による被害~ 幹折れに対する腐朽及びクマハギの影響 ~」京都大学農学部卒業論文

(上賀茂試験地)
 2017年の台風21号の被害は,上賀茂試験地ではおもに強風によるものであった。建物関係では,事務所の脇にあったヒマラヤゴヨウ(胸高直径64cm)が倒れ,事務所の屋根にかかったため,瓦がはがれるなどの被害が生じた。屋根に倒れたヒマラヤゴヨウは翌日(10月24日)自力で除去し,隣接する総合地球環境学研究所の構内に達した倒木は,10月26日に処理した。また,事務室屋根復旧工事(ヒマラヤゴヨウ撤去費含む)などへは災害復旧経費が手当された。
 被害が特に甚大であったのは外国産マツの植林地であった。数にして327本(238.4m3)が被害を受けたが,ほとんどが植栽木であり,天然木で根返り被害を生じたものは1本(ヒノキ)だけであった。植栽木ではスラッシュマツやテーダマツ,ストローブマツといった種で風による根返り,幹折れ,かかり木などが数多くみられた。特に被害が大きかったのは2林班(30本,23.3 m3),4林班(67本,50.8 m3),11林班(28本,23.6 m3),12林班(36本,35.4 m3),13林班(53本,30.3 m3)であった。
 被害木のうち238本は年度内の3月15日までに処理が完了したが,残りのうち64本の処理は翌年度に持ち越されることとなった。屋根の倒木の除去などのように難易度の高い作業も自力で行うことができるが,今回の台風のように被害が甚大であると,職員の数が少ないことから外部に委託せざるを得なくなる。
 植栽地の中にある自然観察コースも倒れた木によって通行が困難になり,実習などでのコースの変更を余儀なくされた。また林道脇の植栽木の根返りに伴って林道も一部崩壊し,林道・法面復旧などの工事を災害復旧経費で行い,3月2日に完了した。
 台風で多くの植栽木が倒れ,植栽地にたくさんのギャップが形成された。このようなギャップは風などの被害を受けやすいと考えられる。外国産マツの植栽地は上賀茂試験地の特徴の一つとなっているものであるが,これまでもマツ枯れによって多くの被害があり,そのたびにギャップが形成されてきた。今回さらに風倒が生じ,植栽地のギャップが目立っている。今後の植栽地の管理方法なども検討が必要である。

年報15号