筑後川河口域から森里海連環学

河口域生態学分野 中山 耕至


 有明海といえば、海苔とムツゴロウでよく知られています。いずれも海で育つ生き物ですが、その生活には河川、ひいては陸域との関係を見逃すことができません。

 有明海の奥部には、阿蘇山に発し、筑紫平野を貫流する九州最大の河川-筑後川が流入し、森と里域でとかしこんだ栄養塩や砂泥を海に供給しています。冬季に一面を埋め尽くすほどに林立する海苔ひびの生産力は、筑後川由来の豊富な栄養塩により支えられているのです。ムツゴロウもまた、流入する泥と有明海特有の大きな干満差によって形成される広大な干潟がなければ、棲息することができません。

 ムツゴロウは、日本では有明海にのみ棲息する特産魚です。有明海には、本種以外にもエツ、アリアケヒメシラウオ、ヤマノカミなど合計7種の特産魚が分布し、有明海の豊かな多様性を象徴する生物として知られています。これらの魚の親は、例えばエツは湾奥沿岸、ヤマノカミは河川淡水域というように多様な環境に暮らしていますが、卵から孵化してすぐの仔魚期にはいずれの種も筑後川河口などの汽水域に集まり、そこで成長していることが明らかになってきました。有明海の河口汽水域には、やはり日本ではここにしか棲まないSinocalanus sinensis という大型の動物プランクトンが高密度に発生します。そのため、河口域は餌の面でなんの心配もいらない、非常に成長に適した水域となっているのです。この特産魚の幼期を一手に支えるS. sinensis の生産もまた、河川から供給される浮泥等に頼るところが大きいと考えられています。つまり、有明海の独特な魚類相は森里海のつながりがあってこそのものと言うことができるでしょう。

 筑後川水系は、面積的には必ずしも大きくない河口域という領域の水圏全体における生態的重要性や、流域の環境変動に対する生物の応答などを調べるのに適したところであると思えます。河川と海との接点である河口域には、森里海連環学の重要な題材がたくさんあるのです。

ニュースレター9号 2006年12月 研究ノート