芦生研究林と KDDI 株式会社は、芦生研究林の貴重な自然の保全と、バーチャルリアリティ(VR)を活用した最先端な大学教育などについて連携しています。2021年度にKDDIから紹介いただいた舞鶴工業高等専門学校 HANDMADE部と共に、芦生研究林の魅力や危機を伝えるVR動画を3本制作しました。
この3者共同プロジェクトの成果発表と動画作成のお礼として、2022年9月28日に、舞鶴工業高等専門学校への芦生研究林、KDDI株式会社による感謝状贈呈式および、VR連携成果発表会を開催しました。芦生研究林林長、赤石大輔助教、永井技術職員らが舞鶴工業高等専門学校へ伺い、HAND MADE部の部員の皆さんへ、感謝状を贈呈いたしました。KDDI関西総支社の田中稔総支社長や動画制作に関わった社員の皆様にもご参加いただきました。
芦生研究林では、鹿の食害による下層植生の衰退と生態系改変が大きな問題となっており、この状況を広く社会へ知っていただくことで、保全活動へのご支援を募ってきました。また、コロナ禍の中、芦生研究林での学生実習の実施が困難になり、どのように学生の教育を実施していくかが課題となっていました。このような状況下で、新しい技術であるVRを使って、学生をはじめ多くの方に芦生の自然と課題を知ってもらいたいというのがVR動画の制作を決めた理由の一つでもあります。
動画制作の部分を舞鶴高専HANDMADE部へ依頼し、研究林の見学やオンラインでの打ち合わせを重ね、約1年かけて3本の動画を完成させました。完成した動画は、2022年6月18日に開催された京都大学125周年記念マルシェで一般公開し、多くの方にご試聴いただきました。
HANDMADE部の皆さんには、動画の編集からナレーションまで全て行っていただき、素晴らしい動画が完成しました。打ち合わせを何度も行い、研究林側からの度重なる修正の指示を辛抱強く受け入れ、対応してくださった部員の皆さんに大変感謝しています。
感謝状贈呈式で久しぶりに部員の皆さんとお会いして、短い時間でしたが製作時のことを振り返る意見交換をしました。少し時間が経っていましたが、いろいろな話題が出て、話がつきませんでした。部員の皆さんにとって、芦生研究林にご協力いただくなかで学びとなり、また企業・大学との連携の経験やVR動画制作で獲得した技術や知識が今後活かされれば、芦生研究林の教職員一同としてとても嬉しく思います。
京大フィールド研が提唱する「森里海連環学」は森と海の、そして人と自然のつながりを考え、つながりを再生してくために社会と共に実践していく学問です。芦生研究林が由良川の上流から呼びかけ、KDDIという企業がつなぎ、由良川河口の舞鶴の学生が動いたこの取り組みは、まさに森里海連環学の実践事例と言えるでしょう。このような連携を今後さらに発展させていきたいと考えています。
以下、感謝状贈呈式での石原正恵林長の挨拶:
「本日は感謝状贈呈式及びVR連携成果発表会にご参集いただきまして大変ありがとうございます。
私は根っからのフィールド屋ですので、実を申しますと、KDDI様との連携が始まった2020年当初、VRには懐疑的でした。所詮、バーチャルはリアルにはかなわないと思っていました。しかし、静止画のVRコンテンツができあがり、それを新型コロナウィルス感染症により中止した実習の受講学生さんに体験いただいきました。そのとき、学生さんがとても驚いて、そして笑顔で帰っていきました。
こうしたことから、コロナ禍でのリアルな実習ができない場合の代替として利用するだけでなく、リアルな実習での学習効果をより高める教材として活用できることを確信するようになりました。
一方で、いつも率直な意見を述べてくれるガイドさんや、子どもたちからは、森の中を歩けたらいいのに、音がほしいなど手厳しいコメントがありました。そこで動画に取り組みたいと考えていましたが、動画となると一気に編集などの手間が増え、芦生研究林の教職員とKDDI様だけでは制作はできないことが課題でした。そこに、舞鶴工業高等専門学校HANDMADE部様のご協力が得られることになり、3本ものVR動画が本年度のはじめに完成しました。
早速、本年度、多方面で活用させていただいてます。まず教育面では7つの実習において133名の学生が体験しています。そのうち、8月に実施した森里海連環学実習でも活用しました。この実習では、由良川の源流である芦生研究林からスタートし、途中、水質やプランクトン、魚などをサンプリングしながら、由良川をくだっていき、最終的には河口に位置する舞鶴市にある京都大学の京都大学舞鶴水産実験所まで行きます。この過程で、森と海の繋がり、そして人間社会と森や海のつながりを学びます。この実習では、コロナの感染予防のため芦生研究林での実習時間が短縮せざるを得ませんでしたが、VR動画を活用し、シカの食害など森の学びを充実させることができました。
次に、一般の方向けのイベントでは、3件、304名の一般の方にご体験いただいてます。芦生の森を守っていこうという気持ちがより多くの方に伝わるようになり、芦生研究林へのご寄付を呼びかけることができました。この後も、京都大学一般公開「京大ウィークス」や実習などでの活用を予定しております。
さらに、本成果は、全国的なつながりへと発展しています。全国の大学演習林や研究サイトで作られたデジタルコンテンツのカタログとなるように、「デジタル森林教育コンテンツ」ウェブサイトを京都大学と北海道大学が中心となり作成しました。こうしたウェブサイトをつうじ、本VR動画が、芦生研究林だけでなく、広く森林教育に関わる人にご利用いただける可能性が広がってきています。
コロナ禍を機に日本社会、そして世界は大きく変わりました。学生の皆さんには、学びの機会が制限され、友達との体験も制限され、とてもつらかったろうと思います。しかし、コロナ禍がきっかけとなり、このようなご縁に恵まれ、バーチャルとリアルをつなぎ、空間を超えた対話と連携が生み出されました。
この経験が、これからの社会を切り開いていかれる学生の皆様にとって、少しでも力となり、自信となれば、教育機関としての京都大学芦生研究林として嬉しく思います。また我々も、舞鶴高専の学生さんの良いものを作り上げたいという若い真摯な気持ち、また内海校長と丹下先生の教育への熱意、KDDI様のプロジェクト推進のためのハードとソフトの両面での駆動力に背中を押され、多くのことを学ぶ機会に恵まれました。
芦生研究林は100周年を迎え、次の30年の目標として、「様々な生き物が棲む森へ 多様な人がともに学ぶ場へ」を掲げています。今回の取り組みは3者がそれぞれの得意な分野を活かし、ともに学び合いながら作り上げてきたものです。芦生研究林の森の課題解決だけでなく、地方や農山村、家族、人と人とのつながり、環境などを重視した持続的な社会の創出にむけた一歩となることを願っています。
このような大変素晴らしい成果をもたらしてくださいました、舞鶴工業高等専門学校の内海校長先生、丹下先生、HANDMADE部の学生の皆様、そしてKDDI株式会社様に、厚く御礼申し上げます。」