新種「ニホンキンカジカ」の発見

里海生態保全学分野  甲斐嘉晃


 本年7月、舞鶴水産実験所の甲斐嘉晃助教らがカジカ科キンカジカ属の新種を発見しました。これまで同じ「キンカジカ」と呼ばれてきた魚が、東北地方の太平洋側のものと、本州や九州の日本海側とものとでは形態が異なることに気づいたことから研究をすすめ、日本海側に生息する種が新たな種であることを突き止め、新種「ニホンキンカジカ」として論文誌に発表したものです(Kai and Nakabo (2009) Ichthyological Research 56(3):213-226)。甲斐助教には、今回の発見の端緒から新種と突き止めるまでの経緯を詳しく紹介していただきました。(編集部)

 フィールド科学教育研究センターの舞鶴水産実験所は、日本海のほぼ中央、若狭湾に面しています。日本海は太平洋側に比べると寒いイメージがあるためか、日本海の魚類の多様性は低いと言われ、太平洋側に比べるとあまり研究の対象としては注目されてきませんでした。私が初めて舞鶴の市場に見学に行った時には、やはり多様性が低いというのが第一印象でした。しかし、どのような魚が生息しているかをきちんと把握するため、普通種であっても写真を撮り、標本として残す作業を行ってきました。今回、紹介する「ニホンキンカジカ」も、実は底曳き網で捕れるアンコウ類やミズダコなどと一緒に紛れて普通に見られます。当初は、普通に「キンカジカ」と思い、特に気にかけていませんでした。
 ある年の秋に、太平洋側の福島県相馬にある魚市場に行く機会に恵まれました。相馬でも、舞鶴と同様に底曳き網による漁が行われています。そこで、雑魚として捨てられている「キンカジカ」を手に取ってみたところ、舞鶴で見る「キンカジカ」とは少し異なることに気付きました。そこで、福島で「キンカジカ」を数十匹採集し、研究室に持ち帰って舞鶴産のものと比較したところ、福島の「キンカジカ」の雄は背鰭が伸び、雌は伸びないという性的2型がはっきりしているのに対し、舞鶴の「キンカジカ」は雄も雌も背鰭が伸びないと言うことがわかりました。さらに福島のものと舞鶴のものには、頭部にある棘や皮弁の状態、鰭の条数が明らかに異なることもわかってきました。念のため、両者のDNAも調べてみましたが、遺伝的にも大きく異なり、遺伝子も混じり合っていないと言うことがわかりました。つまり、福島の「キンカジカ」と舞鶴の「キンカジカ」は別種の関係にあると言うことがわかったのです。さらに調査を進めていくと、福島で見られる「キンカジカ」は東北の太平洋側に、舞鶴で見られる「キンカジカ」は日本海に広く見られることもわかってきました。
 ここで問題になるのが、どちらが本当の「キンカジカ」か、と言うことです。生物には、全世界共通の「学名」が付けられており、キンカジカの学名はCottiusculus schmidtiとされています。この学名が付けられた時に用いられた標本(=タイプ標本)が、どちらの「キンカジカ」にあたるかと言うことを調べれば、本当の「キンカジカ」を明らかに出来ます。Cottiusculus schmidtiのタイプ標本は、アメリカの国立自然史博物館に保管されているため、博物館に問い合わせてホロタイプの写真を手に入れたところ、福島で見られるタイプの「キンカジカ」に一致しました。つまり、本当のキンカジカは福島で見られるタイプであり、日本海の方は今までに名前が付けられたことのない「新種」であることがわかりました。
 そこで、舞鶴で見られる「キンカジカ」には新しい名前が必要ですので、学名を日本海に生息することにちなみ”Cottiusculus nihonkaiensis”とし、和名を「ニホンキンカジカ」として今年の7月、総合博物館の中坊徹次教授とともに論文として発表しました。
 日本海の魚類を調べていると、日本海と太平洋でキンカジカとニホンキンカジカと同じパターンを示す種がいくつか発見できました。通常、魚類は小さい浮遊卵を多く産出するため、この時期の分散能力が高いのですが、面白いことにキンカジカをはじめとするこれらの魚は、大きな卵を産出し、分散能力が低いと言う特徴を共有します。日本海は、太平洋と4つの狭い海峡でつながる閉鎖的な海です。もしかすると、これらの種類は閉鎖的な日本海で独自に進化してきた可能性があり、現在も研究進めているところです。

ニュースレター18号 2009年12月 ニュース