里からの森里海連環学

里海生態保全学分野 山下 洋


 本年8月の改組前まで、里域生態系部門は、里山資源保全学分野、里地生態保全学分野、河口域生態学分野、里海生態保全学分野、沿岸資源管理学分野から構成され、このうち里地生態保全学分野は紀伊大島実験所、里海生態保全学分野と沿岸資源管理学分野は舞鶴水産実験所を中心に活動した。舞鶴水産実験所の2分野は常に共同で事業を実施したが、それ以外の分野は部門として連携した事業を活発に進めるには至らなかった。
 里山資源保全学分野は、人間の生活と密接な繋がりを有する森林である里山を対象に研究を進めた。その範囲は薪炭革命とともに放置された農用林および竹林から、里地周辺に植栽された人工林まで幅が広いが、本分野は文部科学省の概算要求事業「森里海連環学による地域循環木文化社会創出事業(木文化プロジェクト)」(2009~2013年度)の中核的分野の一つとして活動を行った。ここでは、京都府由良川および高知県仁淀川流域を対象に、間伐施業による森林および流域環境への影響評価のほか、木質資源の利用が地域経済および社会へ与える影響に関する調査を行い、自然科学から社会科学にわたる幅広い解析を進めた。里地生態保全学分野では、2004年から「古座川-串本湾域と古座川プロジェクト:森里海連環学の創生と社会連携を目指して」を実施し、古座川合同調査を95回実施、古座川合同調査報告集を第8巻まで刊行、古座川シンポジウムを14回開催するとともに、報道記事やTV番組で紹介した。本プロジェクトでは、森林生態系と沿岸海洋生態系の密接な関連を里域の影響を考慮しつつ解明するとともに、その成果を地域住民に還元し、社会連携しながら、清浄・適正な古座川と串本湾を取り戻そうとしている。河口域生態学分野では、河口域の生産構造と生物多様性に対する河川の役割解明のため、主に有明海筑後川河口域において、動物プランクトンと仔稚魚の生活史、河口魚類群集の歴史的成立過程とその遺伝的多様性の推定などの研究を行った。河口の低塩分高濁度水域に集積されるデトリタスがこの水域における高い生物生産の基盤となっていることを明らかにしたほか、東日本大震災における被災地においても、津波と地盤沈下により形成された塩性湿地の魚類群集の回復・再生過程のモニタリングを行っている。里海生態保全学分野および沿岸資源管理学分野では、前述の木文化プロジェクトに参加し、由良川-丹後海・舞鶴湾において、河川・沿岸環境と資源生物の生態学および行動学、両側回遊種を含む魚類・エビ類などの系統進化分類学について活発な研究を実施した。10年間で約160編の原著論文を国際誌で発表するとともに、所属教員と大学院生が7つの学会賞・論文賞および19の学会講演賞を受賞した。また、森里海連環学を柱とする実習を約15コース、多数の出前講義などを毎年開催するほか、由良川市民講座等を実施し地域に貢献している。
 本部門は里地生態保全学分野および里海生態保全学分野に改組されたが、今後は他の部門との連携をより密にしながら、森里海連環学における森と里、里と海の関係の解明を中心に研究を進めていくことにしている。

ニュースレター31号 2013年11月