ポケゼミ報告2015「森里海のつながりを清流古座川に見る」

里地生態保全学分野 准教授 梅本 信也


 2015年8月24日(月)から28日(金)まで紀伊半島南部の古座川流域と串本湾岸域に広がる合計約400k㎡に展開する里域生態系構成要素連環の実体感等を目的としたポケットゼミが例年通りに行われた。文学部、法学部、経済部、医学部、農学部、総合人間学部の1回生、合計7名の男子学生が参加した。期間を通じて天候に恵まれ、和歌山県鳥獣保護区指定の照葉樹林に囲まれた紀伊大島実験所宿泊棟での共同生活では節電、節水、節温を励行しながら、朝晩は爽やかな緑風によって実に涼しく過ごすことができた。
 初日は京都大学が新人教育用に設置したポケットセミナーの意義と経緯、現場を詳説し、資源博物学的調査方法や調査時の諸マナーの説明を行った。「古座川合同調査報告集・第1~10巻」、「清流古座川物語」、「里域教育論入門」、「紀伊大島のイノシシ」、「里域火山噴火災害論入門」、「紀伊半島南端の植物」、「紀伊半島南端の植物文化と食文化」、「紀伊半島南端の古景観」、調査用地図などの資料を提供し、調査用諸道具を紹介、古座川流域と串本湾岸域の概観、地形、気象、植生、土壌、生物相、文化相の概要を把握させた。所定の成果が得られたというポケットセミナー形式講義の最終年である今年度は古座川流域ならびに串本湾岸域における過去、現在、未来に関する総合的な総括調査を実施した。フィールドワークにおいて、話術を駆使した聞き取りと肌理細やかな観察を体験させながら、社会人としての礼儀や作法を実地研修させ、諸要素の通時的、共時的連環を体感させることが例年通りの主な目的であった。
 第2日には各班2~3名からなる合計3班を編成し、古座川河口域の串本町中湊地区や串本湾岸域の串本町樫野地区を訪問し、情報提供者ごとの基礎カルテを作成した。例によって、こうした調査は学生にとって全くの初体験であり、南紀方言の問題、知識不足、動的会話力の未熟さ、学生同士の心的距離の問題なども相まって最初は明らかな戸惑いがあったが、聞取り相手の心に自己の心を同調させる術を自ら体得し、聞取り技術が急速に向上していった。公用車による移動中の車内では、地域構成要素の概要を説明しながら、積極的な仮報告や議論を行った。学生の目が本来の輝きを取り戻し、他人への心配りが向上した。
 第3日は調査地域を相互に入れ替えた。調査技術は向上、動的会話力がさらに進歩した。
 第4日はデータの総括的整理やレポート作成作業に入った。基礎カルテを集結、全員で取得した情報の共有化を図った。分量はA4のレポート用紙で厚さ3.5cmにもなった。集成した情報を踏まえて、森里海連環、古座川と串本湾岸域、生活用水、生業、イベント時の濁水化、歴史変容といったキーワードで構成される共同レポートを作成した。座学的教科書的な世界とは異なり、現実の里域フィールドを構成する諸要素は複雑に繋がっており、驚異や多様性に満ち、さらに事実には重層性や階層性、奥行きがあることを今年度も学生は実体感できたようだった。
 第5日は宿泊施設の片付け、簡略な報告会、仮レポートならびにポケゼミアンケート提出が行われ、正午に解散となった。例年通りではあるが、共同での調査作業、共同での宿泊生活を重ねていく過程でデコボコ感はあるものの、学生の顔や言動にエネルギーが満ちていくのが指導教員として嬉しく思われた。本ポケゼミの活動の一部は2015年8月28日付け紀伊民報4面に詳細に掲載され、9月3日に提出された正式報告書は「古座川合同調査報告集・第11巻(2016年1月発行)」に所収、2016年度から開講されるILASセミナー「里域連環学入門」用資料として活用される。(2015年8月30日、11月10日)