イルカの音を拾って、個体数を推定する

海洋生物環境学分野 木村 里子

 沿岸開発や海洋資源の利用など、社会経済活動の海洋域への進出に伴って、私たちは沿岸の生態系に多くのインパクトを与えています。こうした環境の変化が水質や低次消費者に与える影響については数多くの研究が行われてきました。しかし、水圏の頂点捕食者への影響については、観察が難しいため知見が乏しいという現状です。例えば、従来鯨類の生態学的研究は主に目視観察により行われてきましたが、目視観察では、個体数が減少し密度が低くなった動物の発見が難しく、また、そもそも一生を水中で暮らす鯨類の生態観察には限界があります。
 水中では光や電磁波の減衰が大きいのに対して、音は減衰が少なく伝播速度も速い(空中で毎秒340m に対して、水中では毎秒1,500m)ため、多くの水棲動物がコミュニケーション、捕食者回避、環境検知などに音を用いています。近年、この特性を利用し、鯨類の発する音を受信して存在位置や行動を割り出す「受動的音響観測」という手法が広く用いられるようになってきました。
 縁あって、私は農学部4回生の頃から、日本で開発されたA­tag(Acoustic tag)という特殊な音響記録計を使った観測手法の確立に携わってきました。保全に必要な基礎的生態情報として、対象動物が「いつ」「どこに」「どのくらい」いるのか、つまり、生物の密度(資源量)、分布の変化などを知ることが重要ですが、A­tag を使ってこれらの情報をうまく取得しようという研究です。この記録計は、小型鯨類、いわゆるイルカたちが発している超音波のエコーロケーション(反響定位)音を捉えます。
 これまでの研究で、当初の目標であった個体数の推定や分布の把握が記録された音の数からできるようになってきました。エコーロケーションの音は数秒に一度という高い頻度で発せられるので、コミュニケーションや繁殖に使われる音よりも定量性が高いというメリットがあります。ただ、指向性が強く懐中電灯の光のようにビーム状に発せられたり、背景雑音によっても捕捉率が変わったりと、デメリットもあるため注意が必要です。
 現在この手法は日本だけでなく世界中で使われるようになってきました。さらに研究が進み、海洋生態系頂点捕食者の生態が解明されることが期待されます。

ニュースレター37号 2015年11月 研究ノート