ILASセミナー報告2016「森を育て活かす-林業体験をとおして考える」

森林育成学分野 准教授 長谷川 尚史


 近年,林業は再び成長産業として位置づけられ,国内の木材生産が回復基調にある。一方で林業を取り巻く経済環境は依然として困難な状況にあり,国土の3分の2を占める森林地域での人口減少や生活基盤の喪失が加速化している。森里海の健全な連環を成立させるためには,森林管理の持続可能性について,環境性だけでなく,経済性や社会性の観点からも考え,林業や地域社会の構造を変えていく必要がある。これには森林に関する生態学的知識に加え,資源を有効に活用し地域社会をうまく成立させるための様々な専門分野の知見が求められるため,本セミナーは日本で伝統的に行われてきた林業作業を体験するとともに,最先端の林業の作業現場を見学し,また山 村で暮らす人々と交流を行うことによって,多様な学生に将来の社会像について議論してもらうことを目的に開講している。
 5回目となった本セミナーは,前回につづいて和歌山研究林を拠点として8月23~26日に開催した。本年度のセミナーの参加学生は,文学部1名,法学部1名,工学部2名,農学部1名の1回生,計5人であった。またTAとして森林育成学分野院生1人が指導を補助した。
 初日はまず,奈良県吉野町の吉野材センターを訪問して,職員の方に吉野林業の歴史を解説していただき,製材品市場を見学した。その後,清光林業株式会社が所有する川上村の直径1mを超える260年生スギ人工林内において昼食をとり,ごまさんスカイタワーに移動して標高1,300mの冷温帯林を観察し,夕方に宿舎となる和歌山研究林清水分室に到着,本セミナーのガイダンスおよび講義を実施した。早朝から深夜に及ぶ例年通りの非常に内容の濃い初日となったが,参加学生の関心は高く,講義の際にも目を輝かせていた。2日目は和歌山研究林と協定を結んでいるマルカ林業株式会社所有地において下刈り実習を実施し,さらに和歌山研究林のスギ人工林で間伐プロットを設置,毎木調査を行った。夕方は龍神村に足を延ばし,山林地域における観光産業について解説した。夜は宿舎で毎木調査のデータ整理と間伐木の選定,間伐前後の蓄積量算出および樹冠投影図の作成等の内業を深夜まで行った。3日目はチェーンソーを用いて選木した間伐木を実際に伐倒し,さらに造材,集材の実習を行った。近隣の木材市場の市況表を用いた採材実習も行った。夕方にはマルカ林業株式会社を訪問し,林業会社の事業内容について解説していただいた後,高齢人工林と新植地,間伐現場を見学した。見学後は地域の方との交流会として,恒例となったBBQを行った。最終日は朝に清水分室を出発して高野山に向かい,高野山寺領森林組合職員の方の案内により,高野山境内の伝統建築と奥の院の600年生と言われるスギ林分と,間伐現場を見学した。高野山で昼食後,橿原市のイオンモール内にある十津川村産直住宅を訪問し,十津川村役場の方に最新の木造住宅について解説していただき,夕方には無事に大学本部に到着,解散した。
 今年ははじめて,マルカ林業株式会社の山林見学と十津川村産直住宅の見学を行い,これまでよりもさらに充実した実習となった。特に住宅の見学を盛り込んだことによって,植栽,保育から家という最終製品に至るまでの一連の木材利用の流れを理解してもらうカリキュラムとなった。参加学生の中には工学部建築学科の学生もおり,他の学生と合わせて非常に大きな刺激になったようである。次年度以降もプログラムのさらなる充実に努めたい。
 当セミナーの開催にあたって多くの訪問先の皆様や和歌山研究林職員に多大なご協力をいただいた。この場をお借りして深くお礼申し上げる。