ILASセミナー報告2017「京都のエコツーリズム-森での感動とは何か-」

森林育成学分野 准教授 伊勢 武史

1.本授業の趣旨
 京都の歴史的・文化的繁栄の基盤として,自然環境との共生と持続可能な利用の果たしてきた役割は大きい。京都をとり巻く森林は,木材・燃料・食料の供給源であるとともに,京都に生きる人々の文化的・精神的幸福にも貢献してきた。現在においても,新緑や紅葉など京都の自然の人気は非常に高い。今後の京都のビジョンを描くうえで,市街地や史跡の観光だけではなく,エコツーリズムなど京都をとり巻く自然と人々のかかわりについて具体的に構想することは欠かせない。この授業では,森林が現代人の精神的幸福に貢献するメカニズムを探る。従来の「自然保護ありき」で語られる環境保全ではなく,進化生物学や心理学などの客観的な視点から,人々が森を心地よく思い,愛し,敬う感情とは何か・その感情はいつどこで生じるかを考える。
2.授業の概要
 この授業の到達目標は,京都を取り巻く自然の価値について,特に文化的生態系サービスについての知識を得,また実際に観光客に人気の森林環境を体験することで,エコツーリズムが果たす役割とは何か,今後の社会にどのような貢献を果たすかを考えることである。実習では,仮説を立て,調査によって検証し,考察するというプロセスを体得する。その結果として,森で生じる感動とは何かを考え,人にとってそれがどのような意味を持つかを分析する経験を積む。特に今年度は,ポータブル脳波計を用いた実験を企画し,学生自身が森での感動を客観的・定量的にとらえることを目的とした。
3.授業内容
 吉田キャンパス北部構内の農学部総合館N283号室において,講義および実習の説明会を7月19日に実施した。その後,9月5日から9月7日の3日間,京都府北部に位置する京都大学芦生研究林でフィールド学習を実施した。フィールド学習は,前半は講義,後半は実習で構成された。講義では,まず京都の人々と自然のかかわりを歴史的コンテクストと現代の環境問題を通して学んだ。次に,来訪者が森に抱く感覚を知るため,芦生研究林の来訪者へのアンケート調査・聞き取り調査の結果について,また森林の美的価値について芸術家による芦生研究林の体験談と制作物から学んだ。人間の心理を形づくる要因を知るために進化生物学・進化心理学の基礎も学んだ。
 実習では,人間にとって自然の果たす目的は何かを,仮説を立て,調査によって検証し,考察するというプロセスを踏んだ。学生はグループごとに,来訪者にとって自然のもたらす精神的・文化的効果を明示的・定量的に調べ,森に対する気持ちについての普遍性や法則性を探った。指導教員はそれぞれの仮説の設定や研究手法,結果の解析を密接に指導した。特に今年度は,森林内で植物を観察する,渓流水に触れるなど,特定の行動がもたらす心理的効果の定量化を行った。