森里海連環学入門 -森里海のつながりをひもとく(1)

(1) はじめに 

里海生態保全学分野 山下 洋


 2003年4月に京都大学の演習林・試験地、亜熱帯植物実験所、水産実験所、臨海実験所の9施設を統合して、フィールド科学教育研究センター(フィールド研)が発足しました。森里海連環学はフィールド研という新しい組織における教育、研究、社会連携の柱であり、言わば組織における国是です。それから15年、森里海連環学という新しい学問分野の創出のためにフィールド研をあげて努力してきました。森・川・里・海の連環を重視した社会活動も広く展開されるようになっており、森里海連環学の発想を世の中によりわかりやすく伝えることの重要性がますます高まっています。フィールド研では、この間に3冊の書籍を出版しその概念を詳細に説明してきましたが、未だに森里海連環学とは何かをわかりやすく伝えることはできていません。研究者はそれぞれ自分の理解をもっていますが、それをきちんと共通の言語で共有できていないためです。そこで、長く森里海連環学の教育研究に関わってきたフィールド研の山下洋、吉岡崇仁、徳地直子がまずそれぞれの理解を提示し、それをたたき台とした意見交換を通して全体をまとめる「連載:森里海連環学入門」を企画しました。

1.森里海連環学の理念
 現代の人類社会が抱える諸問題の根源には、20世紀までの科学技術が個別に設定された範囲(系や社会)の中だけで最適化(個別最適化)を図ってきたことがあります。各人が問題解決のために最大限の努力をしてきたわけですが、短期間の効率や生産性だけを重視したために、新たに発生した問題や矛盾を無視、あるいは自分たちの系の外に捨てて、最適化を計りました。そのために、考慮されていなかった周辺の系や社会へのひずみが生じました。公害や地球温暖化などの地球環境問題は、個別最適化のために排出された矛盾と問題点が地球上に蓄積し、ついに閾値を超えて顕在化したものとみることができます。
 21世紀には、調和ある持続的な地球社会を構築せねばなりません。そのためには、全体最適化の哲学が不可欠です。全体最適化とは、個別最適化の反省にたち「持続的な全体の幸福や利益」を最大化する方向性です。その実現のためには、生産性、効率、経済的利潤だけでなく、長期的な視点で持続性、共生、多様性を重視し、自然環境の保全という生態学的コストを支払うことが必要です。森里海連環学は、調和ある持続的な社会の構築をめざし、森から海までの自然と人間社会の新しい関係を考えようとする学問分野です。

2.森里海連環学の始まり
 森里海連環学を提唱した初代センター長の田中克先生が、著書の中で示されている理念のいくつかを紹介します。「たんに森と川と海のつながりの再生にとどまらず、自然と自然、自然と人、そして人と人のつながりの重要性をとりもどす学問」、「21世紀にますます深刻化しようとしている地球生命体の“循環・免疫系”の再生をめざす。地球生命体の血管(循環)系としての森里海の連携の修復が必要であり、“みんなで生きていこうよ”というつながりの共有意識は地球生命体の免疫系に相当する」、「“森は海の恋人”の世界を科学する新たな統合学問領域であり、社会運動と連携して初めてゴールに到達する」。
 このような当初の理念からもわかるように、森里海連環学は、森川里海のつながりの仕組みを解明し分断を修復することにより豊かな自然を再生する自然科学と、再生された自然を人類の幸福につなぐために必要な人々の価値観、環境意識、社会制度などを研究する社会科学の両面で構成されます。例えば流域という範囲で考えると、その流域に存在する全ての自然と人間活動が対象となります。すなわち、森里海連環学はきわめて広い分野にわたる複雑な系を対象とした、分野横断型の統合的な学問領域です。自然科学の分野では、個々の研究者が専門とする海の研究あるいは森の研究
だけでも連環学のパーツと言えそうですが、森里海連環学では専門とする生態系だけでなく隣接する系との相互関係を含めて研究する姿勢が不可欠です。

3.海からみた森里海連環学
 私自身の役割は、海からみた森里海の連環を自然科学的に明らかにすることへの貢献と考えています。すなわち、畠山重篤氏が宮城県気仙沼市ではじめた“森は海の恋人”の世界を自然科学で分析することを目指しました。
 私の問いは、「我が国では1980年代から沿岸漁業漁獲量が減少し続け、クラゲ、痩せウニなどが大発生し生物多様性が低下している。森里海連環の分断が生態系劣化の重要な原因の一つではないか。」ということです。そこで、いくつかの学会においてシンポジウムを開催し知見のレビューを行い、並行して京都府由良川流域や大分県国東半島などをフィールドとして研究を行ってきました。主な観点は、1.流域から海に運ばれる水、2.栄養物資、3.有機物、4.無機粒子、および5.河川・沿岸環境の人工改変です。これらの物質の起源と海までの動態を調べ、河川・沿岸域の環境や生物生産機構との関係を研究しています。

 次回以降はウェブページ配信となります。次回は、「海の生き物を育む栄養」について考えていきます。

【連載】森里海連環学入門-森里海のつながりをひもとく

ニュースレター47号 2019年3月