芦生研究林における希少植物種域外保全プロジェクトについて

芦生研究林における希少植物種域外保全プロジェクトについて

芦生研究林における希少植物種域外保全プロジェクトについて

芦生研究林長・森林育成学分野 准教授 石原 正恵

 芦生研究林(以下,研究林という)では,1990年代の後半からニホンジカ(以下,シカという)による過採食が報告されるようになり,2000年ころからほぼ全域で植生が衰退しました。シカが好まない種を除くと草本種,シダ,樹木の芽生えや若木もほとんど食べられてしまいました。
 こうした状況に対し,研究林と研究者はシカ排除柵の設置およびシカの有害捕獲を行ってきました。2006年には芦生生物相保全プロジェクト(ABCプロジェクト)の研究者が中心となり,13haの集水域全域を保護する大面積シカ排除柵が森林に設置されました。その他にも湿原,ススキ草原など多様な生態系を保護する小型の柵も複数箇所設置されました。これらの柵内では様々な植物種が回復してきました。さらに,2017年には京都府生態系維持回復事業として,2基目の大面積柵が設置されました。しかし,シカ排除柵の面積は全部合わせても30haほどであり,4200haという広大な芦生研究林には,まだ守りきれていない植物種が多数います。その中には,シカの食害により個体数が非常に減少し,地域絶滅の可能性が高い種がいることが,市民科学者の研究からわかってきました。
 また2008年より京都府,南丹市,南丹市猟友会,京都大学,ガイドツアー団体等からなる芦生地域有害鳥獣対策協議会が設立され,シカの有害捕獲を行ってきました。シカの個体数は一時に比べると減少したと推定されています。しかし,柵外では植生が回復せず,僅かに残った食べられる植物も食べられ,オオバアサガラ,カラスシキミなど不嗜好性植物も食べられ始めています。
 そこで,2018年6月に締結された「京都府と京都大学との植物多様性保全に関する教育及び研究の連携に関する協定書」に基づき,研究林,本学人間・環境学研究科,農学研究科,ABCプロジェクト,京都府立植物園とが協力し,芦生希少植物域外保全プロジェクトを2008年より開始しました。これは,研究林内で絶滅に瀕している貴重で希少な植物種の種子や挿し枝を遺伝的多様性に配慮し採取し,京都大学や植物園で育て保護するものです。植物と昆虫や菌根菌などとの生物間相互作用などを考えると,野外で守ることが一番よいです。しかし,研究林内に点在し,場合によっては岩場や渓流沿いに生育するこれらの希少植物種を野外で守ることは困難な状況になっています。そこで域外保全は,緊急避難的処置として実施しています。
 2018年度はシカによる食害があり,緊急度が高く,比較的栽培が容易なゼンテイカ,タヌキラン,ヒメシャガ,コバノトンボソウ,タイミンガサから取り組んでいます(写真)。本学人間・環境学研究科の阪口翔太博士の遺伝解析の結果から,生物地理学的に大変興味深く,遺伝的多様性の保全の面からも研究林の植物種の重要性を示す素晴らしい成果も出てきています。
 こうした保全プロジェクトは継続して実施することが不可欠で,継続的な予算処置が必要です。現在は研究費(日本生命財団助成金「森里連環学に基づく豊かな森と里の再生:「芦生の森」における研究者と地域との協働に基づく学際実践研究」やタカラ・ハーモニストファンド等)を獲得して実施していますが,継続的なものではありません。加えて希少植物種は,盗掘の対象となることも多く,一般市民への教育に加え,守りつつ持続的に活用する仕組みづくりが必要です。そこで,域外保全を理解いただき,希少植物種の地域での活用を検討すべく,2019年3月にはワークショップ「希少植物種の今とこれから」(京都丹波高原国定公園ビジターセンター運営協議会との共催)を行い,地元のガイドや各地で希少種保全に携わっている方が約40名参加してくださいました。今後は,対象種の拡大,継続的な予算確保,社会での活用を進めていく予定にしています。

年報16号 2018年度