クニマスの「発見」について

河口域生態学分野 中山 耕至


 70年以上前に絶滅したと考えられていたクニマスが、本来の生息地から遠く離れたところで生き延びていたことが、昨年に「発見」されました(Nakabo et al., 2011)(図1)。「絶滅」(環境省版レッドリスト)とされていた魚種が再発見された例はこれまでになく、新聞やテレビ等で大きく報道されるニュースとなりました。しかし、クニマスは、人里離れたところで誰にも知られず隠れていたというわけではありません。近縁の魚と見た目が似ているために、今まで気づかれること、確認されることがなかったのです。私は遺伝分析を中心に此度のクニマス再発見に関わる機会を得ましたので、本稿では、この魚がクニマスであると示した過程について簡単に紹介したいと思います。
 クニマスOncorhynchus kawamuraeは、陸封性(海に出ることがない)のサケ属魚類であり、秋田県田沢湖のみに生息していました。水温4度前後の深い湖底近くに生息し、産卵もそこで行うなど、他のサケ属には見られない特異な生態を持っていた(中坊,2011)と言われています。しかし、1940年に近隣の河川から強酸性水が田沢湖に導入されたため、十分な科学的研究が行われることなく絶滅してしまいました。

 2010年に、山梨県西湖で「くろます」と呼ばれている魚がクニマスの可能性が強いことがわかり、京都大学総合博物館の中坊徹次教授の研究チームにより精査が行われました。西湖には、絶滅前に田沢湖からクニマス卵が移植されたことが記録されています。「くろます」は、体色が黒いこと、早春に深い湖底で産卵期の個体が採集されることなど、クニマスと共通の特徴を持っていることに加え、形態学的分析により、鰓耙(鰓前方の櫛状器官)や幽門垂(消化管の盲嚢)の数の範囲がかつて記録されたクニマスの値とほぼ一致することが明らかとなりました。これにより、「くろます」がクニマスであることが確認されました。しかし、西湖にはクニマスに近縁でよく似ているヒメマスが移植されて生息しているので、遺伝分析を行ってクニマスとヒメマスが生殖的に隔離していることの確認を行いました。
 西湖のクニマスとヒメマスのほか、比較対象として、ヒメマスの原産地である阿寒湖のサンプルも加えました。ゲノム中に散在する短い繰り返し配列の、個体ごとの長さの違いを検出する手法であるマイクロサテライト分析を行ったところ、西湖内でクニマスとヒメマスは集団として明瞭に分離され、中間的個体は出現しませんでした(図2)。すなわち、両者は同じ所に住んでいても交雑して混じり合ってしまうことはなく、独立して存在していることになります。クニマスはヒメマスの亜種として扱われたこともありますが、この結果から両者が別種であることが確認されました。

 西湖のクニマスは、絶滅前に原産地田沢湖で解明しきれなかった特異な生態を研究する上でも貴重な存在です。今後、保護にも十分留意しつつ、もう少し生物学的研究を進めていきたいと考えています。

Nakabo T, Nakayama K, Muto N, Miyazawa M (2011) Oncorhynchus kawamurae “Kunimasu”, a deepwater trout, discovered in Lake Saiko, 70years after extinction in the original habitat, Lake Tazawa, Japan. Ichthyological Research, 58:180-183.
中坊徹次(2011)クニマスについて-秋田県田沢湖での絶滅から70年.タクサ,30:31-54.

ニュースレター24号 2011年9月 研究ノート