森里海連環学の誕生と展開 -大震災を乗り越えて-

京都大学名誉教授・初代センター長 田中 克

 フィールド科学教育研究センターが京都大学に発足するに至った布石は1990年代半ばに遡る。21世紀を目前に顕在化した地球的諸課題に効果的に対応し得る教育研究組織の再編が進められていた。中でも多くの諸課題の基盤に位置する地球環境問題を体系的に取り組む教育研究構想が検討され、その一環として京都大学の伝統的学問の一つと位置付けられるフィールド科学を、地球の二大生物圏である森と海の間の多様なつながりを解き明かす新たな教育研究を展開する現場組織として、2003年に本センターが誕生することとなった。
 この教育研究組織の看板として新たな統合学問「森里海連環学」が誕生し、その深化と普及に関する多様な試みが重ねられる中で10年を迎え、さらに新たな展開に向かって歩み出しつつあることは意義深いことである。
 この統合学問は二つの大きな役割を担う。一つは、科学の発展の必然として進む専門細分化の中で、地球環境問題のような総合的課題の解決に向けて、それらの統合化を進めることである。我が国の国土環境の基本となる森と海、そしてその連環を良くも悪くもする私達自身の価値観の転換をも視野に入れた、科学の内なる文理融合化である。他の一つは、森里海連環学が森と海のつながりの解明にとどまらず、壊されたつながりを修復再生する最終ゴールに深く関わる、科学の内と外の連携に新たな道を拓くことにある。それは、先行的に発展する社会運動「森は海の恋人」との連携としてモデル的に試行されてきた。
 このような取り組みが進む中で、2011年3月11日に東北太平洋沿岸域を巨大な地震と津波が直撃し、未曾有の大災害が発生した。これまでの豊かな森が豊かな海に深く関わるとのプラスのつながりのみならず、森と海の間に存在する“里”(広義に捉えた人間の生活空間)の人々のありよう次第では、容易に負のつながりに転換することを明示することとなった。それは、関東北部から東北太平洋側の森林域に広域的に降り注いだ放射性物質が、森から川を通じて河口域に、そして海洋に広く広がることに典型的にみられる。この長期的で広域的に進行する過程を、いったい誰が追跡解明するのであろうか。世界はそのことを注視している。果たして、森と海のつながりの解明を旗印に掲げる森里海連環学はこの問題に応えられるであろうか。まさに飛躍か衰退かの正念場を迎えている。

ニュースレター31号 2013年11月