実習報告2020「生物学実習I[基礎コース]」

森林育成学分野 特定助教 門脇 浩明

 この実習科目(前期科目・木3・4 限)は,全学部の学部1・2回生を対象とし,以下の二つの観点において生物学実験の基礎を習得することを目的としている。(1)生物の形態,分類,生態などの観察や調査,生体内の分子や細胞内小器官に関する実験を通して,様々な生命現象や自然環境についての視点を養うこと。(2)微生物や菌類から被子植物や昆虫まで,幅広い分類群の生物を実際に手にとって扱う体験を得ることも重要な目的である。具体的には,生物学の研究において不可欠である基本的な実験操作のいくつか(形態の観察・スケッチ,手作業による組織解剖・細胞の取り扱い,顕微鏡の操作,形態標本の作製,DNA の取り扱いと分析など)について学ぶコースとなっている。実習では,屋内での分子生物学的な実験を生命科学研究科の千坂修教授が分担し,屋外での生物観察・実験やフィールドワークの基礎について門脇が分担する形で実施されている。2020 年度の受講者12 人の内訳は,半数以上が農学部の1・2 回生であり,残りは理学部・総合人間学部・文学部の1 回生であった。
 2020 年度は緊急事態宣言によって実習もオンライン形式となったため,例年のシラバスとは大きく異なる内容に変更して実施することとなった。7 回にわけて実施される野外実習内容として,受講生に自身の手で身近な場所にマイサイトを設定してもらい,そこで植物や昆虫の生物多様性調査を継続的に行って,データ収集からデータ解析まで生態学調査の基礎的なトレーニングを行うこととした。受講生には自宅の庭や近所の公園,二次林,河川敷など,(安全性が確保されるという条件のもと)それぞれ好きな場所にマイサイトを設定し,第1 回から第5 回目にかけて植物(草本・木本)の種同定とリスト作成,植物の高さや葉の形質の測定,それらの植物を食べる昆虫の種同定とリスト作成,植物を収穫して地上と地下のバイオマスの測定など一連の調査を行ってもらった。第6 回目には受講者全員のデータを集約し,それを統計ソフトR で読み込んでデータ解析を実演する講義をZoom で行った。ほとんどの学生は統計ソフトを利用するのが初めてであったため習得には時間がかかったが,第7 回目に受講者に一人ずつZoom のスライド共有機能を用いて各自の統計解析結果を発表してもらったところ,教員の出る幕はないほど,学生どうしの質問や議論が活発化し,あっというまに90 分の授業時間が終わってしまった。学生からの感想によれば,マイサイトを自分で設定すると愛着がわいてそこを通りかかるたび気になって調査をしてしまう,といった意見や,他の学生がどんなサイトでどんな植物や昆虫を観察したのか気になり,サイトによって種組成がこれほど違うことに興味を持ったという意見もあれば,学部1・2 回生の段階で研究の基礎となる作業を一通りマスターできるのはとてもありがたかったという意見もあった。受講生がそれらの調査結果をまとめた期末レポートも力作揃いであった。具体的には,近縁種であるヤブキリとキリギリスがそれぞれ異なる生息場所を利用していることに気付き,それをさらに掘り下げるため植物の様々な構造や形質の測定からすみわけの実態や仕組みを多角的に評価した研究もあれば,受講者全員のデータの精密な比較分析を行い,節足動物の種数がそこに生える植物の種よりも環境がどの程度人工的であるのかにより強く依存する傾向を見出した研究もあった。それぞれの関心に応じて自由にテーマを設定できたからこそ,明確な着眼点をもった深い考察が可能となったのではないかと考えられる。急遽オンラインとなって従来の形式での実習はできなかったが,学生にとって非常に有意義で自発的な学びの機会となったと思われる。

年報18号 2020年度実習報告