森林育成学分野 准教授 長谷川 尚史
近年,地球温暖化をはじめとする地球環境問題への関心の高まりと,高度経済成長期に植栽された人工林の成長,急激に進む地域の過疎化等を背景に,循環型資源としての国内の森林資源の利用方法についての議論が活発になってきている。一方で,あまりにも急激な伐採の増加は生物の生育環境としての森林生態系を損なうばかりか,近年増加している気象災害によって,貴重な人命が損なわれる危険もある。本セミナーの目的は,人間社会を支える貴重な循環型資源としての森林資源の利用を,森里海の健全な連環を維持しながら無理なく持続的に行える人材を育成することである。
9回目となった本セミナーは,前回につづいて和歌山研究林を拠点として8月下旬に集中形式での開講を計画した。また前年度セミナー終了後には,本セミナー希望者が多いため,定員(現状5人)を増やすことを検討するよう国際高等教育院から依頼があり,公用車の台数増加や宿泊場所の変更を検討した。しかし逆にCOVID-19の影響によって本セミナーの実施自体が危ぶまれる状況となり,最終的には宿泊を伴う形態での実施を断念し,車の乗車定員(8人)の半分となるよう,1回の参加学生を3人以下に絞った上で,日帰りで2回の実習を実施した。参加学生は,法学部1人,総合人間学部1人,工学部1人,農学部2人の1回生,計5人であった。
第一陣の実習は8月26日に実施し,まず例年は最終日に見学している橿原市のショッピングモール内にある十津川村産直住宅(木灯館:ことぼしかん)を訪問し,十津川村役場から2 時間掛けて来ていただいた林務課の皆さんから,十津川村における木材を中心とした六次産業化に関する取り組みと,自然エネルギーを最大限生かした住宅の特性および将来性について解説していただいた。次に,例年どおり奈良県川上村の清光林業株式会社所有の270 年生スギ人工林を見学し,直径1mを超えるスギ人工林内で昼食を取るとともに,近年作設された高密路網と,その工法について解説した。午後は高野山に向かい,金剛峯寺境内において,再建されたばかりの中門のヒノキの柱および檜皮葺き,柱に使用されたヒノキの切り株や,奥の院の600年生スギ林分を見学し,伝統建築について解説を行った後,大学に帰学した。
第二陣の実習は8月31日に実施したが,最初の訪問先は奈良県吉野町の吉野材センターとした。これは,時間の関係のほか,案内をしていただく訪問先での感染リスクを下げるためである。ここでも例年どおり職員の方に吉野林業の歴史と現状を解説していただくとともに,製材品市場を見学した。その後は第一陣と同様に,270年生スギ人工林と高野山金剛峯寺を見学して帰学した。
残念ながら本年は日帰り実習とせざるを得ず,林業作業体験を予定していた和歌山研究林およびマルカ林業株式会社は訪問できなかった。しかし学生レポートは,例年以上に充実したものが提出され,森林資源の利用方法を検討することが,社会の将来のために重要な課題であることを理解してもらうという本セミナーの目的は一定程度,達成できたと感じている。厳しい状況の中,訪問や見学を受け入れて下さった皆様に,深くお礼申し上げる。
年報18号 2020年度実習報告