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123種の鳥類が生息する芦生研究林―鳥類の多様性保全に果たす役割―

京都大学 大学院 理学研究科
生物科学専攻 動物行動学研究室
惣田 彩可

鳥類は食物連鎖の上位に位置しており、自然環境の変動を反映する指標となる生物です。広大な面積の原生的な森林を残す芦生研究林には、多様な鳥類が生息していることが期待されます。一方で、2000年以降はニホンジカが増加したことにより、下層植生が減少してしまっています。これにより、下層植生を利用する種が減少することが懸念されています。

芦生研究林の鳥類相を体系的に調べた研究は、1971年のものと1989年のものが最後であり、合計108種が記録されています。しかし、これらの記録はシカの食害によって芦生研究林の景観が大きく変化する前のものであり、研究林の鳥類相の現状は明らかになっていません。そこで、私たちは、芦生研究林内を歩きながら観察した鳥類を記録するルートセンサス、かすみ網を用いて鳥類を捕獲する標識調査、さらに文献調査を行い、2000年以降に記録された鳥類を整理しました。

その結果、芦生研究林には16目44科123種の鳥類が生息することが明らかになりました。1971年と1989年の記録と比較すると、23種が新たに追加された一方で、8種は今回の調査では確認できませんでした。新たに確認された種の一つであるソウシチョウは外来種であり、芦生研究林には2006年以降に定着したと考えられます。また、今回の研究で記録された種のうち、ノジコ、ウグイス、コルリ、ヤブサメなどの下層植生を営巣や採餌に利用する種は、今後の個体数の減少が懸念されます。

今回の研究で記録された123種のうち、環境省レッドリストに掲載されていたのは17種、京都府改訂版レッドリスト2021に掲載されていたのは45種でした。このことから、全国的にも、京都府内においても、芦生研究林は鳥類の多様性保全において重要な役割を果たしていると考えられます。

本研究は、芦生研究林の公募研究事業のご支援を受けて行いました。研究の遂行にあたり、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。

上段左からヨタカ1・ヤマドリ1・ジュウイチ1、中段左からキバシリ1・アカゲラ2・クマタカ2、下段左からアカショウビン3・カヤクグリ3・ゴジュウカラ4

撮影者:1梶田あまね、2堀尾岳行、3國近誠、4谷口正一

<掲載論文>

惣田彩可, 梶田あまね, 梶田学, 今井健二, 堀尾岳行, 坂根勝美, 谷口正一, 國近誠, 藤井睦美. (2025) 芦生研究林における鳥類相の現状:改訂目録と保全への示唆. 森林研究. 84:11-20.  http://hdl.handle.net/2433/298306

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ニホンマムシは本当に夜行性なのか?―電波発信機で芦生のマムシを追跡する―

京都大学 理学研究科
博士課程 福山 亮部

ニホンマムシは北海道から九州にかけて分布する約50cmの毒ヘビで、森林から田んぼ、人家近くまで幅広い環境に生息しています。一般的に本種は夜行性とされており、日中に活動するのは寒い時期や、体温を上げる必要がある妊娠中のメスなど、例外的な条件の時に限られると考えられてきました。しかし実際にはそれに限らない日中の観察例も多く、咬傷被害も昼夜を問わず起きています。本当にニホンマムシは夜行性なのでしょうか?その疑問を解き明かすため、野外のニホンマムシに電波発信機を取り付け、追跡し、いつどこで何をしているのかを昼夜を問わず確認することにしました。

図1. とぐろを巻いたニホンマムシ(Gloydius blomhoffii

調査地にしたのは芦生研究林の軌道沿いの河川敷と森林です。河川敷は空がひらけており、開放的な一方、森林は木々に覆われ、地表も落ち葉や下層植生で覆われています。調査では9個体のニホンマムシを野外で捕獲し、電波発信機を取り付けたのち、元の場所に逃しました。その後電波を頼りに各個体を追跡し、数ヶ月に渡って記録をとりました。この発信機には温度を測る機能もあり、野外でのマムシの活動体温についても記録をとることができました。

合わせて9個体のニホンマムシについて計295回の記録をとったところ、昼夜共に多くの個体が出現していることがわかりました。出現には昼夜そのものの影響はなく、気温が有意に影響していることがわかりました。ニホンマムシは低温時には石の下や穴の中に隠れており、春や秋は寒い夜間の活動を避け、より暖かい日中の方が高い出現率を示すことが分かりました。一方、夏は気温が上がるため、昼夜どちらでも出現していました。実際に体温を見てみると、隠れている個体は出現している個体に比べ、体温変化が少なく、低温時でも比較的高い体温を維持できることもわかりました。また、調査地に設置した温度ロガーでも、地表部より地中の方が安定した温度変化を示しており、ニホンマムシが地中の穴に隠れることで体温調節をしている可能性が示唆されました。

図2:河川敷の石の下に隠れていたニホンマムシ

図3:月毎の出現率の推移

また、環境によっても出現率が異なり、森林では、河原よりも高い出現率を示しました。森林では落ち葉の色でニホンマムシが目立ちにくいため、捕食者などを避けるために隠れる必要性がなく、より高い出現率を示したと考えられます。

図4:森林の落ち葉の上でとぐろを巻くニホンマムシ

さらに各個体の移動距離や行動範囲についても調べたところ、1年のうち、8、9月に移動距離が長くなることもわかりました。しかしながら行動範囲は比較的狭く、行動圏は平均で1ヘクタール程度の範囲に収まりました。

本研究成果は、これまで主に夜行性だと考えられてきたニホンマムシが、実際には昼夜どちらでも活動する「周日行性」であることを示唆しています。この「周日行性」という概念は近年様々な分類群で報告されており、動物の活動性が古典的に考えられてきた「夜行性」、「昼行性」といった区分にとらわれず、環境や季節に応じて柔軟に変化するものであるという考え方が広まりつつあります。今回の結果は、ニホンマムシの生態を適切に理解するための重要な知見になるだけでなく、動物の活動性に流動性があるという近年のトレンドを補強するものでもあります。

また、ニホンマムシは強い毒を持ち、年間約3,000人の咬傷被害が発生していると推定されています。本種がいつ・どこで・何をしているかという本研究での知見は、マムシ咬傷被害を防止するための重要な基礎情報にもなります。

掲載論文

Fukuyama, R., Mori, A. (2025) Seasonal changes in movement patterns and body exposure frequencies of Mamushis (Gloydius blomhoffii) and their diurnal activity in a mountainous habitat of northeastern Kyoto, Japan. Journal of Herpetology 59(3): 172-178

DOI:https://doi.org/10.1670/23-065

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日本国内における唯一のLIFEPLANプロジェクト実施地点 -芦生研究林-

概要

 

  

 芦生研究林は、LIFEPLANという生物多様性調査の国際プロジェクトに参加しています。
 右の画像はLIFEPLANのロゴマークです。芦生研究林HP下部のバナーにもあります。

 LIFEPLANプロジェクトは、世界の生物多様性の把握を目的として、ヘルシンキ大学が中心となり2021年にスタートしました。
 野外では生物の姿を見つけることが困難で、かつ種の名前を判別(同定)するのに専門的な知識が必要です。そのため、どこにどのような生物がいるのかという生物多様性に関する基礎的な情報すら、実はとても少ないのが現状です。例えば、動物や菌類では未知の種が世界中に数百万種いると推定されています(図1)。

 LIFEPLANプロジェクトは、世界中の特に動物と菌類を主な対象として、2021年から2025年までの5年間で一斉にサンプリング(試料を採取すること)を行う計画です。現在、世界の140地点ほどで共通の手法による調査が行われています(図2)。

図1. 生物多様性の現状

LIFEPLANのホームページhttps://www.helsinki.fi/en/projects/lifeplan/aboutを参考に作成

図2. 世界各地の調査サイト

※図2中の色は以下の通りです
緑=契約と機材があり、すでにデータを収集している
黄=機材や契約がすべて揃っており、契約や現地の許可が下り次第、サンプリングが開始できる状態
赤=機材や契約が一部不足している

LIFEPLANのニュースレター2023年3月号(https://www.helsinki.fi/assets/drupal/2023-03/LIFEPLAN%20Newsletter%20March%202023_corrected.pdf)より引用

調査方法・場所

 LIFEPLANでは森林にカメラやサウンドレコーダーを設置して生物の映像や鳴き声を捉えたり、昆虫をトラップで集めたり、さらに空気中や土壌中の微生物(きのこやかびなどの菌類の細胞)を収集するなど、我々が肉眼で見つけるのが難しい生物を多角的に捉えようとしています。
 さらに、動物や鳥の同定には世界中から集めた画像や音声データとAI技術を活用し、また昆虫や菌類の同定はDNA分析によって行うことで、生物の専門知識を補っています。多様な生物群における分類学専門家の数が減少し、後継者もなかなか育ちにくいという問題が世界的にみられている中で、AIやDNAによる同定の補助は、一つの解決策として注目されています。さらに、サンプルの情報は専用のiPadアプリで管理され、画像や音声データはクラウドサーバーにアップロードすることにより世界中で即時共有されるなど、まさに新しい時代の生物多様性調査プロジェクトといえます。
 芦生研究林では、芦生研究林事務所の裏山(Natural Site)と、芦生研究林から約30分離れた美山町の中心部付近の共有林(Urban Site)の2か所でこのサンプリングを行っています。この2か所を設定することで、人間活動の頻度など、異なる環境下での生物多様性の比較検討を行うことができます。

サンプリング

サンプリング対象とその機材は以下の5種類です。

 

サイクロンサンプラー

 
 自動車用バッテリーでモーターを駆動させ、空気を吸い込むことで大気中の菌類の胞子を集めています。また風見鶏のように風向きに合わせ上部の羽が回転します。胞子はDNA分析され、種や属といった分類群が同定されます。
 サンプリングは毎週行っており、1週間のうち2日ほど機械を動かして空気を集めています。

 

マレーゼトラップ

 

 飛翔性昆虫を集めるテント型のトラップです。昆虫が障害物に当たると上部へ移動する習性を利用し、テント内に侵入した昆虫はトラップの先に仕掛けられているエタノール入りのボトルに集まります。採取した昆虫はカナダでDNA分析による同定が行われます。

 

自動撮影カメラ

 

 赤外線センサー付きのカメラで、熱を持ち動くものに反応して撮影を開始します。哺乳類の撮影のために設置していますが、たまに日光に当たった葉にも反応してしまいます。夜間も比較的きれいに撮影できます。撮れた動物の画像からAIによって種を判定することを目指しています。
 防水・飛来物対策として、園芸用プランターを半分に切断したものを取り付けています。中で蛾が蛹になっていたことがあります。

 

サウンドレコーダー

 

 録音時間や時刻、周波数を定め、音声を録音できる装置です。鳥類の鳴き声を録音する目的で設置しています。10分毎に周波数の異なる2タイプの音を録音していて、AIによって音声から鳥類の種を判定する計画です。
 毎週専用のアプリを用いて時刻の補正を行っています。

  

コアサンプラー

 

 調査地の土壌を採取することで、土壌中に含まれる菌類を採集します。100mlの土を採取できるコアサンプラーを用いています。
 菌類はDNA分析によって同定されます。

自動撮影カメラに写った動物の紹介

LIFEPLANプロジェクトについてより詳しくご興味をお持ちの方は、ヘルシンキ大学のLIFEPLANサイトをご覧ください。

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森からメタンガスが出ている?

京都大学 大学院 農学研究科
森林科学専攻 森林利用学研究室

持留 匠

私たちは,森林とメタンについて調べています。

森林には様々な機能があります。例えば,木材を生産する機能,おいしい水や空気を作る機能,いろいろな動植物に住みかをあたえる機能などが挙げられます。なかでも,光合成によって二酸化炭素を吸収して木材として蓄積する機能は,地球温暖化を抑制するため重要だと考えられています。

しかし最近の研究で,木の幹からメタンガスが放出されている,という現象が報告されました。メタンも温室効果ガスですが,1分子あたりの温室効果は二酸化炭素の20倍ほど大きいと言われています。もし光合成による二酸化炭素の吸収量に匹敵するようなメタンの放出があったとしたら,これを見過ごすわけにはいきません。芦生の森でも,たくさんの樹種を対象に幹からのメタンの放出を測定することにしました。

昨年は,林内の13の樹種からの幹メタン放出を測定しました。メタンは酸素のない環境を好む古細菌によって,幹の中で作られている可能性があります。その場合,幹の直径が大きいほど活動が盛んだと考えられるため,特に大きな木を選んで対象にしました。13もの樹種の,それも大木と呼べるような木々を対象に研究ができるのは,古い森が多く残る芦生研究林ならではと言えるでしょう。

今年の測定では,手の届く高さだけでなく,高さ10mを超えるような幹の上部や,枝葉からのメタン放出も調べることにしました。そのために高所作業車をレンタルしたのですが,私たちは高所作業車を操縦する免許を持っていません。そこで,免許を持つ芦生研究林の技術職員さんに全面的にサポートしていただきました。高い技能や経験を持った職員さんがサポートしていただけるというのは,研究をするうえでとても心強いことです。お世話になった方々に,この場を借りてお礼を申し上げます。

これまでの測定によって,芦生での樹木からのメタン放出は光合成による二酸化炭素の吸収に比べれば,とても小さい量であることがわかってきました。また,放出に至るまでのプロセスや,場所や時間によって放出速度がどのようにばらつくか,ということも,少しずつ明らかにしている最中です。 これから収集したデータをまとめて,論文にして発表していきたいと考えています。これからも芦生研究林が森林研究の聖地として,充実した研究支援体制とともに脈々と受け継がれていくことを願っています。

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森でシカが増えると、川の魚は増える?減る?―長期観察から見えてきた森と川の意外なつながり―

概要

 京都大学フィールド科学教育研究センターの中川光特定助教 ( 研究当時、現:同東南アジア地域研究研究所特定助教)は、ニホンジカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、京都大学芦生研究林において11年間継続してきた魚類と生息環境の観察によって示しました。
 シカの個体数が増えすぎて農作物への被害が増えたり、林床にはえる植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、日本ではこの 20 年程度で大きな問題となっています。シカによる過剰な摂食は、森林や草原の環境を大きく変化させるため、そこにすむ昆虫や小動物などにも影響が拡がることが知られています。一方で、シカの個体数の増加が、森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。本研究では、シカによる大規模な林床植物の食べ尽くしがおこっている芦生研究林において、食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川の生態系にどのような影響をあたえるのかを検討しました。

芦生研究林内を流れる由良川において、2007年5月から2018年6月にかけて、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地の川では森から流れ込んだ土砂が堆積して砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少しました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫( れき)を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを実際の観察データをもとに示した貴重な研究と言えます。
本研究は、2019 年 6 月 7 日に米国の科学誌「Conservation Science and Practice」にオンライン掲載されました。

1.背景
地球上には、森や川、海など様々な環境があり、そこには多様な生物が生息しています。こうした多様な生態系は、大気の循環や水の流れ、さらには生物の移動などによってお互いに結びつき、影響し合いながら存在しています。そのため、ある生態系で生じた大きな変化は、ときに他の生態系に思わぬ影響をあたえることがあります。こうした生態系のつながりによる環境変化の影響の拡がりを明らかにし、それがおこる仕組みを理解することは、環境開発が行われる際のリスクを予想したり環境保全の方針を決定したりするうえでとても重要です。
日本では、シカの個体数の増加による農作物への被害の増加や、森林の植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、この 20 年程度で大きな問題になっています。シカによる影響は、森林や草原の環境を大きく変えることで、植物だけでなく昆虫や小動物などにも拡がっていくことが知られています。一方で、シカの増加が森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。河川への影響の解明が進まない理由としては、シカの影響と他の要因の影響を区別することが難しいということがあります。例えば、森林のシカに植物が食べられて地面がむき出しになると、雨が降った際に川に流れ込む土砂が増えると予想できます。しかし、土砂の増加は人間による森林伐採や農地の拡大などによっても生じるため、上流に人が住んでいる場所では、川に流れ込む土砂が増えて環境が変わったとしても、シカが増えたことが原因だと特定することは困難です。さらにこうした環境の変化は一般に何年もの長い時間をかけておこるため、実際にその影響を確認するには長期にわたる観察が必要です。
京都大学芦生研究林は京都府北部を流れる由良川の上流部にあり、そこでは多様な林床の植物をはじめとした豊かな自然が人による開発の影響を受けることなく大学の管理下で数十年にわたり維持されてきました。しかし、2000 年代に入ってからシカによる林床の植物の食べ尽くしが深刻化し、2006 年ごろから林内の大部分の地面がむき出しの状態となってしまいました。
本研究では、広大な森林と河川が開発などの影響がない状態で維持されてきた芦生研究林において、シカによる林床植物の食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川生物にどのように影響するのかを検討しました。

2.研究手法・成果
由良川本流の芦生研究林内での最下流部(集水面積 36.5km2)において、2007年5月から2018年6月にかけて、毎回同じ方法で、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地では当初の予想通り森から流れ込んだ土砂が川に堆積し、砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少していました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。
この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを、実際の観察データをもとに直接的に示した貴重な研究と言えます。

3.波及効果、今後の予定
本研究では、シカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、長期にわたる魚類と生息環境の観察によって示しました。このことは、河川環境の管理や保全について検討する際、例えば、漁業の対象となる魚が減ってしまった場合などに、川の環境の変化のみに注目するのではなく、ときには川と接する周辺の環境(集水域)も含めた対策が必要となりうることを示しています。一方で、シカによる森林環境の変化の影響は、今回観察した場所よりも下流の、より大きな川や他の川でも生じていると考えられます。先に述べた通り、人間活動の影響もある場所でのシカの影響の検証は、検証方法などに難しい問題もありますが、今後の重要課題の1つです。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会 科研費若手研究(19K15857)およびグローバル COE プログラム A06「生物の多様性と進化研究のための拠点形成」の支援を受けて行われました。

<研究者のコメント>
この研究は、長期にわたり広大な自然環境が研究のために維持されてきた芦生研究林があったことでできた研究です。現在、研究林では様々な分野の研究者や行政、地元住民らも協力して、森林環境をシカによる捕食 の影響が生じる以前の状態に戻す努力が進められています。今後、いつになるかはまだわかりませんが、芦生の林床に豊かな植物がもどった際には、川の環境もまた、以前の状態に戻っていくのかを検討したいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Habitat changes and population dynamics of fishes in a stream with forest floor degradation due to deer overconsumption in its catchment area
(シカの過剰な摂食によって集水域の森林下層植生が劣化した河川における、魚類の生息環境の変化と個体群動態)
著 者 :中川 光
京都大学フィールド科学教育研究センター*
*投稿時点での所属 (現在は国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター)
掲 載 誌: Conservation Science and Practice
DOI:https://doi.org/10.1111/csp2.71

<お問い合わせ先>
中川光(なかがわ・ひかる)
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター 専門研究員
E-mail:hikarunakagawa@icloud.com

芦生研究林で見られた森林と河川環境の変化(上段, シカ増加前(1998年)と後(2008年)の研究林内の様子(左,柴田昌三・京都大学教授:右,吉岡崇仁・同教授より提供); 中段, 調査開始時(2007年)と終了時(2018年)の魚類の観察地点での川底の様子; 下段, 調査期間中に減った魚種(ウグイ)と増えた魚種(カマツカ))

2019年6月7日

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芦生研究林で鳥へのシカの影響を探る

モニタリングサイト1000 陸生鳥類調査事務局
バードリサーチ 植田睦之

私たちはモニタリングサイト1000事業の一環として,芦生研究林の繁殖期の鳥類の生息状況をモニタリングしています。モニタリングサイト1000は環境省が行なっているプロジェクトで,日本を代表とする生態系を長期継続してモニタリングすることにより、生態系の異変などをいち早く捉え適切な保全施策につなげていくことを目的とした事業です。

様々な生態系のモニタリングを行なっていますが,芦生研究林は,森林生態系のモニタリングサイトの1つになっています。現在,森林生態系のモニタリングで最も注目されていることの1つがシカの増加がもたらす森林生態系の変化です。シカが多い調査地では,その摂食により,スズタケなどの藪が減ってしまい,その結果,ウグイス,コルリといった藪を利用する鳥たちもまた減少しています(植田ほか2014)。

芦生研究林はこうしたシカの影響が最も早く生じ,また影響の大きい場所です。減少しているとはいえ,日本の森林の最優占種の1つであるウグイスは,ほとんどの森林の調査地で記録されています。そのウグイスが芦生研究林では調査を開始した2009年以降,本調査では1回も記録されていないのです。また,環境的にも地理的にも普通なら生息しているはずのコルリもまた記録されていません。

(図1)全国的に減少傾向にあるコルリとウグイス

全国で,こうしたシカの影響が顕著になっている反面,一部の調査地では,バイケイソウやアセビなどシカが嫌う植物が代わりに藪をつくるなどの変化もおこりつつあります。こうした代替の藪ができることでウグイスやコルリといった鳥たちは復活するのでしょうか? それともそうした植物の藪は生息環境としては適さず,復活できないのでしょうか? また鳥種により反応に違いがあるのでしょうか? 今後継続してモニタリングをしていくことで明らかにしていきたいと考えています。

2017年1月6日

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モリアオガエル産卵フェノロジーの地域内変異

髙橋 華江(神戸大学理学研究科生物学専攻博士前期課程) 

2017.12.27

生物は他の生物と恒常的に関わっているわけではなく、その関係は季節的に変化します。産卵や開花といった生物の生活史イベントが起こる季節的なタイミング(フェノロジー)は、その生物が他の生物と関わりあう期間の長さや関わり合いの強さを決める要因としても重要です。

図1 それぞれの池における総卵塊数に対する、ある日に観察された卵塊数の累計した割合。凡例の括弧の中の数字は観察された卵塊数を表す。

同一の種であっても、生息地の標高や緯度などの地理的スケールに沿ってフェノロジーに変異があることは一般的ですが、一つの地域の中にもフェノロジーの変異があることはあまり知られていません。このような小さなフェノロジーの変異は、将来の局所的な気候変動に対する生物の応答を予測する上でも役に立つかもしれません。

図2 水辺に産卵するモリアオガエルと早速やってきたアカハライモリ

そこで私は、芦生研究林に生息するモリアオガエル (Rhacophorus arboreus) の産卵フェノロジーの地域内変異を定量化するため、野外観察を行いました。その結果、4つの集水域(櫃倉谷・幽仙谷・下谷・上谷)のうち、櫃倉谷と上谷では集水域内の池間で産卵タイミングが揃っていること、他の2つの集水域内では、隣り合う池でも産卵タイミングにずれが生じていることがわかりました。

産卵タイミングのピークは異なる集水域間で約17日、一つの集水域内の池間でさえ約8日も異なりました。さらに、産卵が時期的に集中した池ではオタマジャクシの体サイズのばらつきが小さくなることがわかりました。体サイズは、オタマジャクシ同士の競争関係や捕食者であるアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)からの食べられやすさにも影響を及ぼすため、親の産卵タイミングは子の生存率に影響することが示唆されました(Takahashi and Sato 2015)。

このような産卵フェノロジーのずれが、アカハライモリの移動パターンやオタマジャクシの生存率に与える影響についても実験を行っています。
梅雨の芦生を探索する時には、ぜひモリアオガエルの卵塊がないか探してみてください。

2016年2月16日

掲載論文

Takahashi K, Sato T (2015) Temporal and spatial variations in spawning of the forest green tree frog (Rhacophorus arboreus) in a mountainous area. Herpetol Notes 8:395–400.
http://www.biotaxa.org/hn/article/view/11163/0

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由良川中上流部における魚類と水生昆虫を中心とした生態学的研究

中川 光(京都大学東南アジア地域研究所※)

私は,上流・下流,季節や年によって様々に変化する川の環境の中で,魚や虫などの生き物たちが食う-食われる,餌や住みかをめぐって競争するなどした結果どのように生き物の集合の全体像,すなわち「生物群集」または「生態系」が形作られるのかに興味があります.研究活動は芦生研究林内を流れる由良川での野外観察がメインです.例えば,これまで単純につながりの有る・無しによって示されることの多かった魚類と水生昆虫の食う-食われるの関係を,魚が1日あたりに食べる量,すなわちお互いの相互作用の強さをより厳密に記述することで,一見多くの種が絡み合って複雑に見える関係の中にも(図1),捕食者と被食者の体の大きさの違いによって相互作用の強さが決まるという単純なルールが存在すること,一方で,多くの生態学の理論の中で言われてきた,餌となる生き物の数の影響(たくさん住んでいる種が食われやすい)は他の要因と比べると実は小さいかもしれないことが示されました.

図1 由良川中流域(研究林事務所周辺)の魚類と各餌の食う-食われる関係。捕食者と被食者をつなぐ線の太さが食う-食われる関係の強さ(相互作用強度)を表す。

現在は,そうした観察から得られた生物群集のパターンを生み出すメカニズムについてより深く理解するため,何本も繰り返しのある人口の川を作って川ごとに魚がいる・いないなどの条件を変えて,その結果群集がどう変わるのかを検討する実験を計画しています.

2016年1月29日

※執筆時は京都大学フィールド科学教育研究センターに在籍

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芦生研究林の大型土壌動物相

渡辺 弘之(京都大学名誉教授)

私がはじめて芦生へ行ったのは1961年5月の連休だった。もう55年もの昔のことになる。

京都駅から安掛まで国鉄バス、安掛から田歌まで京都交通バス、そこから芦生まで歩いた。宿舎の廊下にはたくさんの石油ランプがぶら下がっていた。夕食時には自家発電で電灯がついたが9時には消灯になった。次の日は内杉谷・下谷を歩いて長治谷小屋に着いた。下谷は丸木橋をあっちに渡りこっちに渡りだった。もちろん、食糧をもってである。

大学院で森林の土壌動物の落葉分解に果たす役割を調べることにした。ブナ林、スギ林、竹林、ススキ原など植生のちがい、ブナ天然林を伐採しスギを植栽したあとの土壌動物相の変化、尾根から谷までの斜面の植生・土壌の変化との対応、現在テニスコートになっているところが草地だったが、ここでクソミミズの土壌耕耘量などを調べた。

一日中、土を掘り、土壌動物を採集していた。暗い青春時代を送っていたということだが、土壌動物調査のため掘り返した土の量は私が日本一だろう。

1966年4月、演習林助手に採用され、芦生に赴任した。しょっちゅう来ていたのだから、採用には大喜びであった。ツキノワグマ、植物相、鳥類、カミキリムシ調査などとともに土壌動物調査を続けた。

しかし、採集した土壌動物は大まかなグループに分け、その数と重さ(現存量)を計っただけだ。その当時、土壌動物の分類研究者がいなかった。落ち葉を食べるササラダニでもわずか7種しか記載がなかったが、現在では550種以上が記載されているし、ダンゴムシ・ワラジムシでも10種程度だったものが、現在では約150種が記載されている。まだまだ未記載種・新種がいるのだが、それでもかなり種名がわかるようになった。土壌動物の分類が大きく進んだのである。

助手としての赴任時、土壌動物研究を指導していた塚本次郎さん(現高知大学農学部教授)が採集したヒメフナムシに形態のちがうものがいるというので大阪市立自然史博物館の布村昇さんに送り、新種ニホンチビヒメフナムシ(Ligidium paulum)として記載された。基産地が芦生だが、これは現在では少し標高の高いところの森林に広く分布することがわかっている。

定年退職後、数と重さしか調べなかった土壌動物にも貴重な種がいるにちがいない、どんな種がいたのか心残りだったので、調べたいと研究調査許可をもらった。しかし、小さなトビムシやササラダニなどは同定依頼しても時間がかかるので、対象をミミズ、マイマイ、ザトウグモ、カニムシ、ワラジムシ、ヤスデ、ムカデなど大きなもの、大形土壌動物に限定した。2010年7月にトチノキ平で採集したものは新種アシュウハヤシワラジムシ(Lucasioides ashiuensis)として記載された。

これまでに専門家の同定を受け確認できたものは、ミミズ(ナガミミズ)目が3科12種、これに未決定種8種、マイマイ目12種、カニムシ目4種と未決定2種、ワラジムシ(等脚)目6種、ヨコエビ目1種、ザトウムシ目12種で、ヤスデ・ムカデ類はまだ同定がほとんど進んでいない。このほか、ガロアムシ、イシノミや同時に採集されたナガクチキムシ、アリズカムシ、ハネカクシ、ゴミムシ、ゾウムシなどの甲虫も同定依頼をしている。珍しいガロアムシは確実にいるのだが、成体が採集できず種名が決定できないでいる。新種かも知れないと期待しているものだ。クモは調査の対象にしていないのだが、偶然に得たフタカギカレハグモはこれまで愛知と鳥取からしか報告されていないものだった。

同定依頼した結果がやっと戻ってくる。今のところ、新種はアシウハヤシワラジムシ1種だが、ミミズ、カニムシ、ムカデ・ヤスデ類にたくさんの未決定種が残されている。これらが新種である可能性は大きい。期待しているところだ。

私がこれまでに確認できた芦生を基産地とする動植物は少なくとも58種にも及ぶ。この一地点からである。芦生研究林の自然のすばらしさ、生物多様性ホットスポットであることを、さらに強調できるデータを示せると思っている。

2016年2月28日

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研究ハイライト

シカによる森林の過採食圧が植物の繁殖成功に及ぼす影響

坂田 ゆず(京都大学生態学研究センター)

近年のシカの過採食圧による森林の下層植生の衰退は、生物間相互作用網を介して様々な生物群集に波及すると考えられていますが、植物の繁殖への間接効果はあまり検証されていません。芦生研究林では、20年ほど前からシカによる過採食による下層植生の著しい衰退がすすんでいます。

私は、シカの過採食が開花草本群集と送粉者群集を介して、植物の繁殖成功に与える影響を解明することを目的として、シカの過採食地域(芦生・丹沢)とシカの非分布地域(佐渡・茨城・福島・山形)の6地域(図1)において、草本群集、送粉者群集、低木5種の結実率を3年間に渡って調べました。

図2. シカが、秋咲きの草本を食害することで、マルハナバチの訪花頻度が減少し、春~夏咲きの低木の結実率の低下が見られた。

その結果、シカの過採食が見られた地域では、秋咲きの草本群集の被度の著しい低下が見られ、秋に繁殖を行うマルハナバチの訪花頻度が低下していることが明らかとなりました。また、マルハナバチに強く依存した低木種では、結実率の低下が見られた一方で、その他の昆虫に依存した低木種では、結実率の低下は見られませんでした。このことから、シカによる下層植生の衰退が送粉者を介して植物の繁殖成功に与える負の波及効果があることが示唆されました。(図2; Sakata et al. 2015)

図3. ナツエビネの花に訪れていた多様な昆虫

この他にも、無報酬のラン科の植物のナツエビネに注目し、佐渡と芦生において、繁殖生態を2年間にわたって調べました。その結果、ナツエビネには多様な昆虫が訪れている一方で、もっぱらマルハナバチによって送粉されていることが分かりました(図3)。シカの過採食が著しい芦生では、送粉成功が低下していることが明らかになり、シカの直接的な食害によって個体数を減少させている絶滅危惧種のナツエビネは、さらに間接的に負の影響を受けていることを示しました(Sakata et al. 2014)。また、結実し種子ができて芽生えたとしても、実生がすぐシカによる食害を受けてしまうと考えると、予想されている以上にシカの食害は、植物の繁殖生態に間接的な負の影響がもたらされている可能性が考えられます。

今後も、芦生やその他の森林において、どの生物がどのように関わり合っているかについて、中心となる植物と昆虫の相互作用に注目しながら研究をすすめていきたいと考えています。

2016年2月27日

参考文献

Yuzu Sakata, Michimasa Yamasaki. Deer overbrowsing on autumn-flowering plants causes bumblebee decline and impairs pollination service. Ecosphere 6(12):274, 2015年.
Yuzu Sakata, Shota Sakaguchi, Michimasa Yamasaki. Does community-level floral abundance affect the pollination success of a rewardless orchid, Calanthe reflexa Maxim.? Plant Species Biology, 29, pp159-168, 2014年.