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研究ハイライト

日本国内における唯一のLIFEPLANプロジェクト実施地点 -芦生研究林-

概要

 

  

 芦生研究林は、LIFEPLANという生物多様性調査の国際プロジェクトに参加しています。
 右の画像はLIFEPLANのロゴマークです。芦生研究林HP下部のバナーにもあります。

 LIFEPLANプロジェクトは、世界の生物多様性の把握を目的として、ヘルシンキ大学が中心となり2021年にスタートしました。
 野外では生物の姿を見つけることが困難で、かつ種の名前を判別(同定)するのに専門的な知識が必要です。そのため、どこにどのような生物がいるのかという生物多様性に関する基礎的な情報すら、実はとても少ないのが現状です。例えば、動物や菌類では未知の種が世界中に数百万種いると推定されています(図1)。

 LIFEPLANプロジェクトは、世界中の特に動物と菌類を主な対象として、2021年から2025年までの5年間で一斉にサンプリング(試料を採取すること)を行う計画です。現在、世界の140地点ほどで共通の手法による調査が行われています(図2)。

図1. 生物多様性の現状

LIFEPLANのホームページhttps://www.helsinki.fi/en/projects/lifeplan/aboutを参考に作成

図2. 世界各地の調査サイト

※図2中の色は以下の通りです
緑=契約と機材があり、すでにデータを収集している
黄=機材や契約がすべて揃っており、契約や現地の許可が下り次第、サンプリングが開始できる状態
赤=機材や契約が一部不足している

LIFEPLANのニュースレター2023年3月号(https://www.helsinki.fi/assets/drupal/2023-03/LIFEPLAN%20Newsletter%20March%202023_corrected.pdf)より引用

調査方法・場所

 LIFEPLANでは森林にカメラやサウンドレコーダーを設置して生物の映像や鳴き声を捉えたり、昆虫をトラップで集めたり、さらに空気中や土壌中の微生物(きのこやかびなどの菌類の細胞)を収集するなど、我々が肉眼で見つけるのが難しい生物を多角的に捉えようとしています。
 さらに、動物や鳥の同定には世界中から集めた画像や音声データとAI技術を活用し、また昆虫や菌類の同定はDNA分析によって行うことで、生物の専門知識を補っています。多様な生物群における分類学専門家の数が減少し、後継者もなかなか育ちにくいという問題が世界的にみられている中で、AIやDNAによる同定の補助は、一つの解決策として注目されています。さらに、サンプルの情報は専用のiPadアプリで管理され、画像や音声データはクラウドサーバーにアップロードすることにより世界中で即時共有されるなど、まさに新しい時代の生物多様性調査プロジェクトといえます。
 芦生研究林では、芦生研究林事務所の裏山(Natural Site)と、芦生研究林から約30分離れた美山町の中心部付近の共有林(Urban Site)の2か所でこのサンプリングを行っています。この2か所を設定することで、人間活動の頻度など、異なる環境下での生物多様性の比較検討を行うことができます。

サンプリング

サンプリング対象とその機材は以下の5種類です。

 

サイクロンサンプラー

 
 自動車用バッテリーでモーターを駆動させ、空気を吸い込むことで大気中の菌類の胞子を集めています。また風見鶏のように風向きに合わせ上部の羽が回転します。胞子はDNA分析され、種や属といった分類群が同定されます。
 サンプリングは毎週行っており、1週間のうち2日ほど機械を動かして空気を集めています。

 

マレーゼトラップ

 

 飛翔性昆虫を集めるテント型のトラップです。昆虫が障害物に当たると上部へ移動する習性を利用し、テント内に侵入した昆虫はトラップの先に仕掛けられているエタノール入りのボトルに集まります。採取した昆虫はカナダでDNA分析による同定が行われます。

 

自動撮影カメラ

 

 赤外線センサー付きのカメラで、熱を持ち動くものに反応して撮影を開始します。哺乳類の撮影のために設置していますが、たまに日光に当たった葉にも反応してしまいます。夜間も比較的きれいに撮影できます。撮れた動物の画像からAIによって種を判定することを目指しています。
 防水・飛来物対策として、園芸用プランターを半分に切断したものを取り付けています。中で蛾が蛹になっていたことがあります。

 

サウンドレコーダー

 

 録音時間や時刻、周波数を定め、音声を録音できる装置です。鳥類の鳴き声を録音する目的で設置しています。10分毎に周波数の異なる2タイプの音を録音していて、AIによって音声から鳥類の種を判定する計画です。
 毎週専用のアプリを用いて時刻の補正を行っています。

  

コアサンプラー

 

 調査地の土壌を採取することで、土壌中に含まれる菌類を採集します。100mlの土を採取できるコアサンプラーを用いています。
 菌類はDNA分析によって同定されます。

自動撮影カメラに写った動物の紹介

LIFEPLANプロジェクトについてより詳しくご興味をお持ちの方は、ヘルシンキ大学のLIFEPLANサイトをご覧ください。

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森からメタンガスが出ている?

京都大学 大学院 農学研究科
森林科学専攻 森林利用学研究室

持留 匠

私たちは,森林とメタンについて調べています。

森林には様々な機能があります。例えば,木材を生産する機能,おいしい水や空気を作る機能,いろいろな動植物に住みかをあたえる機能などが挙げられます。なかでも,光合成によって二酸化炭素を吸収して木材として蓄積する機能は,地球温暖化を抑制するため重要だと考えられています。

しかし最近の研究で,木の幹からメタンガスが放出されている,という現象が報告されました。メタンも温室効果ガスですが,1分子あたりの温室効果は二酸化炭素の20倍ほど大きいと言われています。もし光合成による二酸化炭素の吸収量に匹敵するようなメタンの放出があったとしたら,これを見過ごすわけにはいきません。芦生の森でも,たくさんの樹種を対象に幹からのメタンの放出を測定することにしました。

昨年は,林内の13の樹種からの幹メタン放出を測定しました。メタンは酸素のない環境を好む古細菌によって,幹の中で作られている可能性があります。その場合,幹の直径が大きいほど活動が盛んだと考えられるため,特に大きな木を選んで対象にしました。13もの樹種の,それも大木と呼べるような木々を対象に研究ができるのは,古い森が多く残る芦生研究林ならではと言えるでしょう。

今年の測定では,手の届く高さだけでなく,高さ10mを超えるような幹の上部や,枝葉からのメタン放出も調べることにしました。そのために高所作業車をレンタルしたのですが,私たちは高所作業車を操縦する免許を持っていません。そこで,免許を持つ芦生研究林の技術職員さんに全面的にサポートしていただきました。高い技能や経験を持った職員さんがサポートしていただけるというのは,研究をするうえでとても心強いことです。お世話になった方々に,この場を借りてお礼を申し上げます。

これまでの測定によって,芦生での樹木からのメタン放出は光合成による二酸化炭素の吸収に比べれば,とても小さい量であることがわかってきました。また,放出に至るまでのプロセスや,場所や時間によって放出速度がどのようにばらつくか,ということも,少しずつ明らかにしている最中です。 これから収集したデータをまとめて,論文にして発表していきたいと考えています。これからも芦生研究林が森林研究の聖地として,充実した研究支援体制とともに脈々と受け継がれていくことを願っています。

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森でシカが増えると、川の魚は増える?減る?―長期観察から見えてきた森と川の意外なつながり―

概要

 京都大学フィールド科学教育研究センターの中川光特定助教 ( 研究当時、現:同東南アジア地域研究研究所特定助教)は、ニホンジカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、京都大学芦生研究林において11年間継続してきた魚類と生息環境の観察によって示しました。
 シカの個体数が増えすぎて農作物への被害が増えたり、林床にはえる植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、日本ではこの 20 年程度で大きな問題となっています。シカによる過剰な摂食は、森林や草原の環境を大きく変化させるため、そこにすむ昆虫や小動物などにも影響が拡がることが知られています。一方で、シカの個体数の増加が、森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。本研究では、シカによる大規模な林床植物の食べ尽くしがおこっている芦生研究林において、食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川の生態系にどのような影響をあたえるのかを検討しました。

芦生研究林内を流れる由良川において、2007年5月から2018年6月にかけて、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地の川では森から流れ込んだ土砂が堆積して砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少しました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫( れき)を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを実際の観察データをもとに示した貴重な研究と言えます。
本研究は、2019 年 6 月 7 日に米国の科学誌「Conservation Science and Practice」にオンライン掲載されました。

1.背景
地球上には、森や川、海など様々な環境があり、そこには多様な生物が生息しています。こうした多様な生態系は、大気の循環や水の流れ、さらには生物の移動などによってお互いに結びつき、影響し合いながら存在しています。そのため、ある生態系で生じた大きな変化は、ときに他の生態系に思わぬ影響をあたえることがあります。こうした生態系のつながりによる環境変化の影響の拡がりを明らかにし、それがおこる仕組みを理解することは、環境開発が行われる際のリスクを予想したり環境保全の方針を決定したりするうえでとても重要です。
日本では、シカの個体数の増加による農作物への被害の増加や、森林の植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、この 20 年程度で大きな問題になっています。シカによる影響は、森林や草原の環境を大きく変えることで、植物だけでなく昆虫や小動物などにも拡がっていくことが知られています。一方で、シカの増加が森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。河川への影響の解明が進まない理由としては、シカの影響と他の要因の影響を区別することが難しいということがあります。例えば、森林のシカに植物が食べられて地面がむき出しになると、雨が降った際に川に流れ込む土砂が増えると予想できます。しかし、土砂の増加は人間による森林伐採や農地の拡大などによっても生じるため、上流に人が住んでいる場所では、川に流れ込む土砂が増えて環境が変わったとしても、シカが増えたことが原因だと特定することは困難です。さらにこうした環境の変化は一般に何年もの長い時間をかけておこるため、実際にその影響を確認するには長期にわたる観察が必要です。
京都大学芦生研究林は京都府北部を流れる由良川の上流部にあり、そこでは多様な林床の植物をはじめとした豊かな自然が人による開発の影響を受けることなく大学の管理下で数十年にわたり維持されてきました。しかし、2000 年代に入ってからシカによる林床の植物の食べ尽くしが深刻化し、2006 年ごろから林内の大部分の地面がむき出しの状態となってしまいました。
本研究では、広大な森林と河川が開発などの影響がない状態で維持されてきた芦生研究林において、シカによる林床植物の食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川生物にどのように影響するのかを検討しました。

2.研究手法・成果
由良川本流の芦生研究林内での最下流部(集水面積 36.5km2)において、2007年5月から2018年6月にかけて、毎回同じ方法で、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地では当初の予想通り森から流れ込んだ土砂が川に堆積し、砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少していました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。
この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを、実際の観察データをもとに直接的に示した貴重な研究と言えます。

3.波及効果、今後の予定
本研究では、シカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、長期にわたる魚類と生息環境の観察によって示しました。このことは、河川環境の管理や保全について検討する際、例えば、漁業の対象となる魚が減ってしまった場合などに、川の環境の変化のみに注目するのではなく、ときには川と接する周辺の環境(集水域)も含めた対策が必要となりうることを示しています。一方で、シカによる森林環境の変化の影響は、今回観察した場所よりも下流の、より大きな川や他の川でも生じていると考えられます。先に述べた通り、人間活動の影響もある場所でのシカの影響の検証は、検証方法などに難しい問題もありますが、今後の重要課題の1つです。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会 科研費若手研究(19K15857)およびグローバル COE プログラム A06「生物の多様性と進化研究のための拠点形成」の支援を受けて行われました。

<研究者のコメント>
この研究は、長期にわたり広大な自然環境が研究のために維持されてきた芦生研究林があったことでできた研究です。現在、研究林では様々な分野の研究者や行政、地元住民らも協力して、森林環境をシカによる捕食 の影響が生じる以前の状態に戻す努力が進められています。今後、いつになるかはまだわかりませんが、芦生の林床に豊かな植物がもどった際には、川の環境もまた、以前の状態に戻っていくのかを検討したいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Habitat changes and population dynamics of fishes in a stream with forest floor degradation due to deer overconsumption in its catchment area
(シカの過剰な摂食によって集水域の森林下層植生が劣化した河川における、魚類の生息環境の変化と個体群動態)
著 者 :中川 光
京都大学フィールド科学教育研究センター*
*投稿時点での所属 (現在は国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター)
掲 載 誌: Conservation Science and Practice
DOI:https://doi.org/10.1111/csp2.71

<お問い合わせ先>
中川光(なかがわ・ひかる)
国立研究開発法人 土木研究所 自然共生研究センター 専門研究員
E-mail:hikarunakagawa@icloud.com

芦生研究林で見られた森林と河川環境の変化(上段, シカ増加前(1998年)と後(2008年)の研究林内の様子(左,柴田昌三・京都大学教授:右,吉岡崇仁・同教授より提供); 中段, 調査開始時(2007年)と終了時(2018年)の魚類の観察地点での川底の様子; 下段, 調査期間中に減った魚種(ウグイ)と増えた魚種(カマツカ))

2019年6月7日

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芦生研究林で鳥へのシカの影響を探る

モニタリングサイト1000 陸生鳥類調査事務局
バードリサーチ 植田睦之

私たちはモニタリングサイト1000事業の一環として,芦生研究林の繁殖期の鳥類の生息状況をモニタリングしています。モニタリングサイト1000は環境省が行なっているプロジェクトで,日本を代表とする生態系を長期継続してモニタリングすることにより、生態系の異変などをいち早く捉え適切な保全施策につなげていくことを目的とした事業です。

様々な生態系のモニタリングを行なっていますが,芦生研究林は,森林生態系のモニタリングサイトの1つになっています。現在,森林生態系のモニタリングで最も注目されていることの1つがシカの増加がもたらす森林生態系の変化です。シカが多い調査地では,その摂食により,スズタケなどの藪が減ってしまい,その結果,ウグイス,コルリといった藪を利用する鳥たちもまた減少しています(植田ほか2014)。

芦生研究林はこうしたシカの影響が最も早く生じ,また影響の大きい場所です。減少しているとはいえ,日本の森林の最優占種の1つであるウグイスは,ほとんどの森林の調査地で記録されています。そのウグイスが芦生研究林では調査を開始した2009年以降,本調査では1回も記録されていないのです。また,環境的にも地理的にも普通なら生息しているはずのコルリもまた記録されていません。

(図1)全国的に減少傾向にあるコルリとウグイス

全国で,こうしたシカの影響が顕著になっている反面,一部の調査地では,バイケイソウやアセビなどシカが嫌う植物が代わりに藪をつくるなどの変化もおこりつつあります。こうした代替の藪ができることでウグイスやコルリといった鳥たちは復活するのでしょうか? それともそうした植物の藪は生息環境としては適さず,復活できないのでしょうか? また鳥種により反応に違いがあるのでしょうか? 今後継続してモニタリングをしていくことで明らかにしていきたいと考えています。

2017年1月6日

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琵琶湖周辺河川の魚が丸わかり!—環境DNA分析で40種の魚の生息場所が明らかに―

京都大学東南アジア地域研究研究所※1
中川光

概要

京都大学フィールド科学教育研究センターの中川 光特定助教とその共同研究者らは、魚の体表や糞などと共に水中に放出されたDNA (環境DNA) を分析する新技術を用いることで、これまでに何年もかけて採集や目視観察によって確認されてきた琵琶湖周辺地域の河川の魚類の86.4%を、たった一人の調査者による10日間のサンプリングで検出することに成功しました。
水中に漂う環境DNAを用いた生物の生息確認技術は、従来多大な労力と費用をかけて行われていたモニタリングの手間を劇的に軽減させうるものとして、近年注目が集まっています。中でも、次世代シーケンサーという機械を用いて行うDNAメタバーコーディングという方法では、多種の生物分類群を一度に調べることができます。本研究では、魚類の環境DNAを対象としたメタバーコーディング法について、これまで検証が行われていなかった河川での適用可能性を検討しました。
日本で最も河川魚類の種多様性が高く、分布がよく調べられている地域の一つである琵琶湖周辺地域において、2014年8月から10月に、10日間かけて、51河川102地点で水サンプルを採集し、河川水に含まれる環境DNAから生息魚種の推定を行いました。結果の妥当性は、採集や目視観察といった従来の調査方法から得られた複数の文献データに含まれる、1700地点以上の魚類の分布記録との比較によって精査しました。その結果、環境DNAから、文献から予想された44種のうちの38種とこれまで報告がなかった2種の合計40種の魚類のDNAを検出できました。この結果は、これまで多大な労力を要した、網羅的な継続モニタリングや、外来種の侵入状況といった速報性の要求される情報の収集における本手法の有効性を示しています。
本研究は、2018年2月28日に米国の科学誌「Freshwater Biology」にオンライン掲載されます。

1.背景

地球上には、様々な生物が森や川、海など多様な生態系を形成しています。こうした多様な生態系は、水や食料の供給や災害の防止、さらには地域の自然とともに発展してきた文化の基盤となるなど、人が生活する上でなくてはならないものです。こうした”生物多様性の恵み”を国全体として将来に残していくため、2008年に「生物多様性基本法」が制定され、その成立を受けて2010年には「生物多様性国家戦略2010」が閣議決定されました。この施策を推進する基盤となる技術の一つが生物多様性のモニタリングです。ところが、海や川や湖沼で魚の多様性をモニタリングするには、潜水観察や漁具による採捕など、大きな労力と費用をかけた長期間の調査が必要でした。さらに、魚の種類を同定するためには、専門的な知識と経験が必要でした。
魚を含む水生生物の体表の粘液や糞に含まれるDNAが、池や湖、川などの水中をただよっていることが最近になって明らかになり、「環境DNA」と呼ばれて注目を集めています。環境DNAを調べることで、水中にどのような生き物が棲んでいるのかを知ることができます。環境DNAは種に関係なく、全ての魚から放出されるため、環境中のDNAをまとめて分析して生物の種類を判定する「環境DNAメタバーコーディング」という技術をつかって、水中にいる多様な魚の種を一度に特定できるようになりました。この技術は、生物多様性のモニタリングにかかる費用と労力を劇的に小さくする可能性を秘めていますが、こうした新技術を現場での応用に繋げるためには従来の方法と比較した性能の検証が必須です。
研究グループではこれまで沖縄美ら海水族館の大型水槽や、舞鶴湾の魚類を対象に環境DNAメタバーコーディング技術の性能検証を行い、非常に高い精度で魚類の多様性を検出できることを示してきました。一方これまで河川での適用例はなく、検証が必要でした。そこで、日本で最も河川魚類の種多様性が高い地域の一つである琵琶湖周辺において、従来の観察に基づく文献による魚類分布データと環境DNAによる検出データの比較を行い、魚類環境DNAメタバーコーディング技術の有効性について検討しました。

2.研究手法・成果

2014年8月から10月に、10日間かけて、琵琶湖周辺(滋賀県全域と京都府、福井県、岐阜県、三重県の一部、約4,000 km2)の51河川102地点を車で回って水サンプルを採集し、河川水に含まれる環境DNAから生息魚種の推定を行いました。さらに、環境DNA手法との比較対象として、滋賀県立琵琶湖博物館が中心となって5年間かけて収集した1700地点以上におよぶ魚類の採集記録などの文献データを取りまとめ、地理情報システム(GIS)を用いた解析を行いました。
河川は、湖沼や海洋などと大きく異なり、上流から下流に常に水が流れているという特徴があります。そのため、環境DNAで検出された魚類の種組成のパターンは、各調査地点から6km上流までの範囲に存在する文献の記録と比較した時にもっともよく対応しました。そのデータの比較において、調査地点周辺で過去に報告されていた44種のうちの38種と、調査地周辺ではこれまで報告がなかった2種の合計40種の魚類のDNAが検出されました。これらのうちいくつかの魚種では文献情報による記録よりも多くの地点で環境DNAの検出があり、特に大きな川の深いところを好む種など、網などによる捕獲が難しい種では、環境DNAによる調査の有効性が高いことが示唆されました。さらに、近縁な魚種間(カジカとウツセミカジカ)での川の上流下流といった大きなスケールでの生息場所の違いなど、これまで知られていた個々の種の生態や種間の関係の理解に役立つような知見と一致する傾向を検出することもできました。これらの結果は、今回検討した魚類環境DNAメタバーコーディングの技術が、河川の生物多様性モニタリングにおいても費用対効果において非常に有用なツールとなりうることを示しています。

3.波及効果、今後の予定

本研究では、魚類の生息の有無について魚類環境DNAメタバーコーディングが河川でのモニタリングにおいても有用なツールであることを示しました。一方で、魚がそれぞれの地点にどのくらいたくさんいるのかといった量的な情報については、十分な検証はできていません。環境DNAによる魚類の生息量の推定は、現在いくつかの研究グループが取り組んでいる重要課題の1つです。
現在、環境DNAメタバーコーディングは魚類のみならず、様々な分類群(昆虫やエビ・カニなど)で試行・開発が進んでいます。この技術の確立は、労力や専門知識がネックとなって進んでいなかった、様々な生物から成り立つ生態系全体を俯瞰するような生物多様性のモニタリングや日本全国や世界中で同時に行う超広域モニタリング、生き物の移動や増減を1日または数時間単位で観測する高頻度モニタリングも可能になるかもしれません。さらに、今年の春には一般社団法人「環境DNA学会」の発足も予定されています。この学会での研究者間の情報交換や相互協力を介して、現場レベルでの簡便かつ確実性の高いモニタリング手法が構築されることで、企業や行政が行うアセスメントや環境保全活動を行う非営利団体などに利用が広がることが期待されます。一方で、この技術は希少種や絶滅危惧種の発見も容易にするため、それらの密猟や水産有用種の過剰捕獲にもつながる可能性があります。こうした技術の悪用に繋げないためにも、この技術を念頭に置いた法令的な対応も今後の課題と言えます。

4.研究プロジェクトについて

JST CREST (no. JPMJCR13A2)
科研費 (no. 14444453)
笹川科学研究助成 (no. 26-443)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Comparing local- and regional-scale estimations of the diversity of stream fish using eDNA metabarcoding and conventional observation methods
著者:中川 光1・山本 哲史2・佐藤 行人3・佐土 哲也4・源 利文5・宮 正樹6
1京都大学フィールド科学教育研究センター
2京都大学大学院理学研究科
3琉球大学大学院医学研究科
4千葉県立中央博物館
5神戸大学大学院人間発達環境学研究科
掲載誌:Freshwater Biology

<お問い合わせ先>

中川光・東南アジア地域研究研究所・特定助教
E-mail:hikarunakagawa@icloud.com

2018年3月1日

※1 執筆時、京都大学フィールド科学教育研究センターに所属

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芦生研究林のミミズ研究から

京都大学名誉教授
渡辺弘之

ミミズ研究のはじめ

大学院での研究テーマに「森林生態系における土壌動物の役割」を選んで、芦生で土壌動物研究を始めた。初めて芦生へ入ったのは1961年5月の連休だった。京都から周山経由安掛までJRバス、そこから京都交通のバスに乗り換え、終点田歌へ、そこからは歩いて須後に着いた。夕食時だけ電灯が点いたが、そのあとは石油ランプだった。次の日は内杉谷をつめケヤキ峠を越え、下谷の丸木橋を何度も渡り、ドイツトウヒ林の中を抜け、ススキ原の中に立つ長治谷小屋へたどり着いた。須後から長治谷まで旧歩道を歩いた人はもう少ないようだ。

大学院の5年間、その後、助手に採用され芦生演習林に勤務した6年間、学位論文作成のため、芦生研究林内のブナ林、スギ人工林、ススキ草地、竹林など、ちがった植生下で、ミミズ、ヤスデ、ムカデ、ダンゴムシなどの大型土壌動物の個体数・現存量を調べた。それをもとに土壌中での土壌動物の垂直分布、植生でのちがい、令級のちがうスギ林と天然林を比較しての森林伐採の影響、落葉量・落葉堆積量からの落葉の平均分解率と土壌動物の現存量の関係などについて報告してきた。

土壌動物調査のための土堀りはたいへんだった。深さ50cmあるいはもっと深くまでの土をビニールシートの上に掘りだし、一日中、ピンセットで眼に見える動物を採集していた。ということは、大型土壌動物の数を数え、重さを量っただけだということだ。現存量でもっとも大きな割合を占めるミミズも、その数と重さだけしか量っていない。どんなミミズだったのか、何種いたのかの記載がないということだ。

当時のこと、ミミズを同定してくれる研究者はいなかった。もちろん、ミミズの標本をつくり、自分でも少しは分類を試みたのだが、すぐにわからないものがでてきたし、論文に掲載するほどの自信はなかった。唯一種名のわかったのが学生宿舎とタケ林の間、当時テニスコートとして使っていた草地のクソミミズ(Pheretima hupeiensis)で、このミミズが1年間に地表に出す糞塊を回収し、ミミズの土壌耕耘量を量的に示した。ミミズが土を耕してくれている、それがどのくらいかを数量的に示したのだが、その当時、この論文は高く評価された。

どんな種類のミミズがいたのか、新種や分布上貴重な種がいたのかも知れないと、研究許可を受け、退職後、土壌動物調査を開始した。

芦生のミミズ

これまでの調査の結果、既知種のツリミミズ科のもの2種、フトミミズ科のもの10種と、種名の決定できないフトミミズ科のもの4種がいることがわかった。同定できたもの12種は、いずれも広い分布域をもつ普通種と思われるものであった。ミミズ類の同定は栃木県立博物館の南谷幸雄さんにお願いしているのだが、この未同定の4種は明らかにこれまで記載されたものとはちがい新種かも知れないという。分類の進んでいる昆虫や植物では採集された1個体でも新種記載ができるのだが、分類の進んでいないミミズ類では同定には内部形態の記載が必須なので、解剖しないといけない。破壊されない個体の模式(タイプ)標本を残さないといけないし、種内変異・個体変異が大きいので、少なくとも数個体以上採集し、その変異を調べないといけない。それがなかなか捕まらない。芦生から新種アシウフトミミズの記載を信じて調査を続けている。

シーボルトミミズの発見

びっくりしたのがシーボルトミミズ(P. sieboldii)の発見である。本種は長崎出島のオランダ商館つきの医師として滞在したシーボルト(Philipp Franz von Siebold)がオランダに持ち帰った標本で新種記載されたもので、日本のミミズで初めて学名をつけられたものである。四国でカンタロウ、紀伊半島カブラタ、カブラッチョ、九州でヤマミミズなどと呼ばれているように、ウナギ釣り、モズクガニ捕りの餌に使うなど、その存在は知られているものだ。暖地性とはいえ、伊豆半島・房総半島にも屋久島以南の南西諸島にも確認されていない。体長30cm、重さ45gにもなる大きなもので、それも金属光沢をした瑠璃色のよく目立つミミズである。

明らかに暖地性と思っていたこのシーボルトミミズが雪深い芦生研究林内にもいた。これまでに赤崎のトロッコ道、野田畑谷、上谷(岩谷)、杉尾峠と、田歌から若狭への五波谷峠などで7個体も捕獲している。一度など、逃がしてはいけないと一瞬に手がでて掴んだのだが、ミミズから粘液を飛ばされ、びっくりした。ミミズの背中にある背孔からでてきたのだろうが、こんな防衛術をもっていることを知った。こんな事例はまったく報告されていない。

このシーボルトミミズの捕獲が、いずれも10月、11月なのである。大きなミミズで成体で越冬することはまちがいないのだから、春でも夏でもいいのに秋しか捕獲されないことも不思議だ。

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協力者求ム:シカ目撃モニタリング調査

芦生では、シカの過採食による植生衰退や渓流水質の変化が生じています。シカが増えているのか減っているのかを把握していくことは芦生の生態系を保全していくために非常に重要です。芦生ではシカ生息密度指標の1つとして自動車で林道を走行中のシカ目撃数の調査をしています。この調査は自分の調査の「ついでに」調査をすることが可能です。年に数回しかできなくてもかまいません。調査協力者を募集しています。みなさんの調査の積み重ねが「力」になります。下記の文章をお読みいただき、ご協力いただける方はこちらから調査要領と調査票をダウンロードいただけます。

調査概要

研究林内のルートA~F(地図参考)のいずれかを移動する際に、目撃したシカの数を記録してください。鳴き声は含めません。調査者がルート上にいる場合は、シカがルート終点より前方にいても記録してください。もっとも大事なのは、目撃したときだけではなく目撃しなかったという場合もゼロ(0)として記入していただくことです。「目撃しなかった」も重要な情報です。ルートの開始地点はルートの両端のどちらからでも構いません。ルートの途中までしか移動しない場合はシカを目撃しても記入しないでください。1日のうち、同じルートを何度か移動する場合も残らず記入してください。ただし、2台以上の車で連なって走行する場合は、先頭の車だけ調査を行ってください。

調査目的

芦生では、シカの個体群動態を明らかにするために区画法やセンサーカメラ等を利用した生息密度指標調査が行われています。シカ目撃モニタリング調査は「ついでに」調査をしてもらうことで先の2つの調査に比べて、大量のデータを簡易的に取得可能です。複数の調査・大量のデータを分析・統合することで、より精度の高い個体数推定が可能になり、シカの順応的管理のための基礎データになります。

これまでの成果

2006年9月1日~2018年12月31日までで180, 002件のデータが収集されました。季節的には秋に目撃しやすく、1日のうちでは朝と夕方に目撃しやすい傾向にあります。また、天気の影響は今のところ検出されていません。一般化加法モデルで解析したところ、2008年~2010年の間では2010年に目撃数が多かったことが示されています。近年、目撃数は減少傾向です。雪の影響や有害駆除数との関係について現在解析中です。

ご協力いただける方はこちらより調査要領と調査票をダウンロードいただけます。

参考文献

Mizuki Inoue, Sakaguchi Shota, Fukushima Keitaro, Sakai Masaru, Takayanagi Atsushi, Fujiki Daisuke, Yamasaki Michimasa. Among-year variation in deer population density index estimated from road count surveys. Journal of Forest Research 18:491-497, 2013年

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研究ハイライト

モリアオガエル産卵フェノロジーの地域内変異

髙橋 華江(神戸大学理学研究科生物学専攻博士前期課程) 

2017.12.27

生物は他の生物と恒常的に関わっているわけではなく、その関係は季節的に変化します。産卵や開花といった生物の生活史イベントが起こる季節的なタイミング(フェノロジー)は、その生物が他の生物と関わりあう期間の長さや関わり合いの強さを決める要因としても重要です。

図1 それぞれの池における総卵塊数に対する、ある日に観察された卵塊数の累計した割合。凡例の括弧の中の数字は観察された卵塊数を表す。

同一の種であっても、生息地の標高や緯度などの地理的スケールに沿ってフェノロジーに変異があることは一般的ですが、一つの地域の中にもフェノロジーの変異があることはあまり知られていません。このような小さなフェノロジーの変異は、将来の局所的な気候変動に対する生物の応答を予測する上でも役に立つかもしれません。

図2 水辺に産卵するモリアオガエルと早速やってきたアカハライモリ

そこで私は、芦生研究林に生息するモリアオガエル (Rhacophorus arboreus) の産卵フェノロジーの地域内変異を定量化するため、野外観察を行いました。その結果、4つの集水域(櫃倉谷・幽仙谷・下谷・上谷)のうち、櫃倉谷と上谷では集水域内の池間で産卵タイミングが揃っていること、他の2つの集水域内では、隣り合う池でも産卵タイミングにずれが生じていることがわかりました。

産卵タイミングのピークは異なる集水域間で約17日、一つの集水域内の池間でさえ約8日も異なりました。さらに、産卵が時期的に集中した池ではオタマジャクシの体サイズのばらつきが小さくなることがわかりました。体サイズは、オタマジャクシ同士の競争関係や捕食者であるアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)からの食べられやすさにも影響を及ぼすため、親の産卵タイミングは子の生存率に影響することが示唆されました(Takahashi and Sato 2015)。

このような産卵フェノロジーのずれが、アカハライモリの移動パターンやオタマジャクシの生存率に与える影響についても実験を行っています。
梅雨の芦生を探索する時には、ぜひモリアオガエルの卵塊がないか探してみてください。

2016年2月16日

掲載論文

Takahashi K, Sato T (2015) Temporal and spatial variations in spawning of the forest green tree frog (Rhacophorus arboreus) in a mountainous area. Herpetol Notes 8:395–400.
http://www.biotaxa.org/hn/article/view/11163/0

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由良川中上流部における魚類と水生昆虫を中心とした生態学的研究

中川 光(京都大学東南アジア地域研究所※)

私は,上流・下流,季節や年によって様々に変化する川の環境の中で,魚や虫などの生き物たちが食う-食われる,餌や住みかをめぐって競争するなどした結果どのように生き物の集合の全体像,すなわち「生物群集」または「生態系」が形作られるのかに興味があります.研究活動は芦生研究林内を流れる由良川での野外観察がメインです.例えば,これまで単純につながりの有る・無しによって示されることの多かった魚類と水生昆虫の食う-食われるの関係を,魚が1日あたりに食べる量,すなわちお互いの相互作用の強さをより厳密に記述することで,一見多くの種が絡み合って複雑に見える関係の中にも(図1),捕食者と被食者の体の大きさの違いによって相互作用の強さが決まるという単純なルールが存在すること,一方で,多くの生態学の理論の中で言われてきた,餌となる生き物の数の影響(たくさん住んでいる種が食われやすい)は他の要因と比べると実は小さいかもしれないことが示されました.

図1 由良川中流域(研究林事務所周辺)の魚類と各餌の食う-食われる関係。捕食者と被食者をつなぐ線の太さが食う-食われる関係の強さ(相互作用強度)を表す。

現在は,そうした観察から得られた生物群集のパターンを生み出すメカニズムについてより深く理解するため,何本も繰り返しのある人口の川を作って川ごとに魚がいる・いないなどの条件を変えて,その結果群集がどう変わるのかを検討する実験を計画しています.

2016年1月29日

※執筆時は京都大学フィールド科学教育研究センターに在籍

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芦生研究林の大型土壌動物相

渡辺 弘之(京都大学名誉教授)

私がはじめて芦生へ行ったのは1961年5月の連休だった。もう55年もの昔のことになる。

京都駅から安掛まで国鉄バス、安掛から田歌まで京都交通バス、そこから芦生まで歩いた。宿舎の廊下にはたくさんの石油ランプがぶら下がっていた。夕食時には自家発電で電灯がついたが9時には消灯になった。次の日は内杉谷・下谷を歩いて長治谷小屋に着いた。下谷は丸木橋をあっちに渡りこっちに渡りだった。もちろん、食糧をもってである。

大学院で森林の土壌動物の落葉分解に果たす役割を調べることにした。ブナ林、スギ林、竹林、ススキ原など植生のちがい、ブナ天然林を伐採しスギを植栽したあとの土壌動物相の変化、尾根から谷までの斜面の植生・土壌の変化との対応、現在テニスコートになっているところが草地だったが、ここでクソミミズの土壌耕耘量などを調べた。

一日中、土を掘り、土壌動物を採集していた。暗い青春時代を送っていたということだが、土壌動物調査のため掘り返した土の量は私が日本一だろう。

1966年4月、演習林助手に採用され、芦生に赴任した。しょっちゅう来ていたのだから、採用には大喜びであった。ツキノワグマ、植物相、鳥類、カミキリムシ調査などとともに土壌動物調査を続けた。

しかし、採集した土壌動物は大まかなグループに分け、その数と重さ(現存量)を計っただけだ。その当時、土壌動物の分類研究者がいなかった。落ち葉を食べるササラダニでもわずか7種しか記載がなかったが、現在では550種以上が記載されているし、ダンゴムシ・ワラジムシでも10種程度だったものが、現在では約150種が記載されている。まだまだ未記載種・新種がいるのだが、それでもかなり種名がわかるようになった。土壌動物の分類が大きく進んだのである。

助手としての赴任時、土壌動物研究を指導していた塚本次郎さん(現高知大学農学部教授)が採集したヒメフナムシに形態のちがうものがいるというので大阪市立自然史博物館の布村昇さんに送り、新種ニホンチビヒメフナムシ(Ligidium paulum)として記載された。基産地が芦生だが、これは現在では少し標高の高いところの森林に広く分布することがわかっている。

定年退職後、数と重さしか調べなかった土壌動物にも貴重な種がいるにちがいない、どんな種がいたのか心残りだったので、調べたいと研究調査許可をもらった。しかし、小さなトビムシやササラダニなどは同定依頼しても時間がかかるので、対象をミミズ、マイマイ、ザトウグモ、カニムシ、ワラジムシ、ヤスデ、ムカデなど大きなもの、大形土壌動物に限定した。2010年7月にトチノキ平で採集したものは新種アシュウハヤシワラジムシ(Lucasioides ashiuensis)として記載された。

これまでに専門家の同定を受け確認できたものは、ミミズ(ナガミミズ)目が3科12種、これに未決定種8種、マイマイ目12種、カニムシ目4種と未決定2種、ワラジムシ(等脚)目6種、ヨコエビ目1種、ザトウムシ目12種で、ヤスデ・ムカデ類はまだ同定がほとんど進んでいない。このほか、ガロアムシ、イシノミや同時に採集されたナガクチキムシ、アリズカムシ、ハネカクシ、ゴミムシ、ゾウムシなどの甲虫も同定依頼をしている。珍しいガロアムシは確実にいるのだが、成体が採集できず種名が決定できないでいる。新種かも知れないと期待しているものだ。クモは調査の対象にしていないのだが、偶然に得たフタカギカレハグモはこれまで愛知と鳥取からしか報告されていないものだった。

同定依頼した結果がやっと戻ってくる。今のところ、新種はアシウハヤシワラジムシ1種だが、ミミズ、カニムシ、ムカデ・ヤスデ類にたくさんの未決定種が残されている。これらが新種である可能性は大きい。期待しているところだ。

私がこれまでに確認できた芦生を基産地とする動植物は少なくとも58種にも及ぶ。この一地点からである。芦生研究林の自然のすばらしさ、生物多様性ホットスポットであることを、さらに強調できるデータを示せると思っている。

2016年2月28日