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森でシカが増えると、川の魚は増える?減る?―長期観察から見えてきた森と川の意外なつながり―

概要

 京都大学フィールド科学教育研究センターの中川光特定助教 ( 研究当時、現:同東南アジア地域研究研究所特定助教)は、ニホンジカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、京都大学芦生研究林において11年間継続してきた魚類と生息環境の観察によって示しました。
 シカの個体数が増えすぎて農作物への被害が増えたり、林床にはえる植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、日本ではこの 20 年程度で大きな問題となっています。シカによる過剰な摂食は、森林や草原の環境を大きく変化させるため、そこにすむ昆虫や小動物などにも影響が拡がることが知られています。一方で、シカの個体数の増加が、森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。本研究では、シカによる大規模な林床植物の食べ尽くしがおこっている芦生研究林において、食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川の生態系にどのような影響をあたえるのかを検討しました。

芦生研究林内を流れる由良川において、2007年5月から2018年6月にかけて、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地の川では森から流れ込んだ土砂が堆積して砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少しました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫( れき)を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを実際の観察データをもとに示した貴重な研究と言えます。
本研究は、2019 年 6 月 7 日に米国の科学誌「Conservation Science and Practice」にオンライン掲載されました。

1.背景
地球上には、森や川、海など様々な環境があり、そこには多様な生物が生息しています。こうした多様な生態系は、大気の循環や水の流れ、さらには生物の移動などによってお互いに結びつき、影響し合いながら存在しています。そのため、ある生態系で生じた大きな変化は、ときに他の生態系に思わぬ影響をあたえることがあります。こうした生態系のつながりによる環境変化の影響の拡がりを明らかにし、それがおこる仕組みを理解することは、環境開発が行われる際のリスクを予想したり環境保全の方針を決定したりするうえでとても重要です。
日本では、シカの個体数の増加による農作物への被害の増加や、森林の植物が食べ尽くされて地面がむき出しになってしまったりするなどの影響が、この 20 年程度で大きな問題になっています。シカによる影響は、森林や草原の環境を大きく変えることで、植物だけでなく昆虫や小動物などにも拡がっていくことが知られています。一方で、シカの増加が森林と接している河川の環境やそこにすむ生き物にあたえる影響は、ほとんど検討できていませんでした。河川への影響の解明が進まない理由としては、シカの影響と他の要因の影響を区別することが難しいということがあります。例えば、森林のシカに植物が食べられて地面がむき出しになると、雨が降った際に川に流れ込む土砂が増えると予想できます。しかし、土砂の増加は人間による森林伐採や農地の拡大などによっても生じるため、上流に人が住んでいる場所では、川に流れ込む土砂が増えて環境が変わったとしても、シカが増えたことが原因だと特定することは困難です。さらにこうした環境の変化は一般に何年もの長い時間をかけておこるため、実際にその影響を確認するには長期にわたる観察が必要です。
京都大学芦生研究林は京都府北部を流れる由良川の上流部にあり、そこでは多様な林床の植物をはじめとした豊かな自然が人による開発の影響を受けることなく大学の管理下で数十年にわたり維持されてきました。しかし、2000 年代に入ってからシカによる林床の植物の食べ尽くしが深刻化し、2006 年ごろから林内の大部分の地面がむき出しの状態となってしまいました。
本研究では、広大な森林と河川が開発などの影響がない状態で維持されてきた芦生研究林において、シカによる林床植物の食べ尽くしが発生してから 10 年以上、河川環境と魚類の個体数の変化を観察し続けたデータをもとに、シカによる森林環境の変化が河川生物にどのように影響するのかを検討しました。

2.研究手法・成果
由良川本流の芦生研究林内での最下流部(集水面積 36.5km2)において、2007年5月から2018年6月にかけて、毎回同じ方法で、シュノーケリングによる魚類の個体数のカウントと環境の測定を行いました。その結果、調査地では当初の予想通り森から流れ込んだ土砂が川に堆積し、砂に覆われた川底が増える一方で、大きな石に覆われた川底は減少していました。そして、この環境の変化に対応して、魚類では大きな礫を好むウグイという種が個体数を減らした一方で、砂地を好むカマツカという種が増加する傾向が観察されました。
この結果は、現在日本だけでなく世界中で問題になっているシカの個体数の増加の影響が、森林だけでなく、河川の環境や生き物たちにまで拡がる可能性があることを、実際の観察データをもとに直接的に示した貴重な研究と言えます。

3.波及効果、今後の予定
本研究では、シカの過剰な摂食による森林環境の変化が、川の魚の個体数の増加・減少にも影響を及ぼしている可能性があることを、長期にわたる魚類と生息環境の観察によって示しました。このことは、河川環境の管理や保全について検討する際、例えば、漁業の対象となる魚が減ってしまった場合などに、川の環境の変化のみに注目するのではなく、ときには川と接する周辺の環境(集水域)も含めた対策が必要となりうることを示しています。一方で、シカによる森林環境の変化の影響は、今回観察した場所よりも下流の、より大きな川や他の川でも生じていると考えられます。先に述べた通り、人間活動の影響もある場所でのシカの影響の検証は、検証方法などに難しい問題もありますが、今後の重要課題の1つです。

4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会 科研費若手研究(19K15857)およびグローバル COE プログラム A06「生物の多様性と進化研究のための拠点形成」の支援を受けて行われました。

<研究者のコメント>
この研究は、長期にわたり広大な自然環境が研究のために維持されてきた芦生研究林があったことでできた研究です。現在、研究林では様々な分野の研究者や行政、地元住民らも協力して、森林環境をシカによる捕食 の影響が生じる以前の状態に戻す努力が進められています。今後、いつになるかはまだわかりませんが、芦生の林床に豊かな植物がもどった際には、川の環境もまた、以前の状態に戻っていくのかを検討したいと考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Habitat changes and population dynamics of fishes in a stream with forest floor degradation due to deer overconsumption in its catchment area
(シカの過剰な摂食によって集水域の森林下層植生が劣化した河川における、魚類の生息環境の変化と個体群動態)
著 者 :中川 光
京都大学フィールド科学教育研究センター*
*投稿時点での所属 (現在は京都大学東南アジア地域研究研究所)
掲 載 誌: Conservation Science and Practice
DOI:https://doi.org/10.1111/csp2.71

<お問い合わせ先>
中川光(なかがわ・ひかる)
京都大学東南アジア地域研究研究所・特定助教
E-mail:hikarunakagawa@icloud.com

芦生研究林で見られた森林と河川環境の変化(上段, シカ増加前(1998年)と後(2008年)の研究林内の様子(左,柴田昌三・京都大学教授:右,吉岡崇仁・同教授より提供); 中段, 調査開始時(2007年)と終了時(2018年)の魚類の観察地点での川底の様子; 下段, 調査期間中に減った魚種(ウグイ)と増えた魚種(カマツカ))

2019年6月7日

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芦生研究林で鳥へのシカの影響を探る

モニタリングサイト1000 陸生鳥類調査事務局
バードリサーチ 植田睦之

私たちはモニタリングサイト1000事業の一環として,芦生研究林の繁殖期の鳥類の生息状況をモニタリングしています。モニタリングサイト1000は環境省が行なっているプロジェクトで,日本を代表とする生態系を長期継続してモニタリングすることにより、生態系の異変などをいち早く捉え適切な保全施策につなげていくことを目的とした事業です。

様々な生態系のモニタリングを行なっていますが,芦生研究林は,森林生態系のモニタリングサイトの1つになっています。現在,森林生態系のモニタリングで最も注目されていることの1つがシカの増加がもたらす森林生態系の変化です。シカが多い調査地では,その摂食により,スズタケなどの藪が減ってしまい,その結果,ウグイス,コルリといった藪を利用する鳥たちもまた減少しています(植田ほか2014)。

芦生研究林はこうしたシカの影響が最も早く生じ,また影響の大きい場所です。減少しているとはいえ,日本の森林の最優占種の1つであるウグイスは,ほとんどの森林の調査地で記録されています。そのウグイスが芦生研究林では調査を開始した2009年以降,本調査では1回も記録されていないのです。また,環境的にも地理的にも普通なら生息しているはずのコルリもまた記録されていません。

(図1)全国的に減少傾向にあるコルリとウグイス

全国で,こうしたシカの影響が顕著になっている反面,一部の調査地では,バイケイソウやアセビなどシカが嫌う植物が代わりに藪をつくるなどの変化もおこりつつあります。こうした代替の藪ができることでウグイスやコルリといった鳥たちは復活するのでしょうか? それともそうした植物の藪は生息環境としては適さず,復活できないのでしょうか? また鳥種により反応に違いがあるのでしょうか? 今後継続してモニタリングをしていくことで明らかにしていきたいと考えています。

2017年1月6日

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文化的植物資源としてのワサビの保全学的研究‐京都府南丹市芦生わさび祭り開催地区を事例に

山根 京子、山口 博志(岐阜大学応用生物科学部)

芦生地区では毎年4月10日に「山葵祭り」が開催されます。ワサビといえば静岡県や長野県などの有名な産地を想像される方も多いかもしれません。

京都府南丹市に位置するこの地では山岳信仰の神事として山葵祭りが開催されてきました。文書による記録が乏しいため、祭りが始まった正確な年代はわかりませんが、日本民俗学の租・柳田國男の著書である『山村生活の研究』(1937)のなかで、「知井村の熊野様は舊(旧)三月十五日に山葵祭とて頭家が山葵と酒一升を供へる祭儀を行うが、それ迄は山葵を一切食べてはならず、食べると罰が当たると信じている」と紹介されています。山葵祭りは冬季の熊狩りの安全を祈願してワサビ断ちをした後のワサビ採集の解禁日とされ、祭りでは芦生の自生ワサビが食されてきました。

ところが最近、この山葵祭りで供えられるワサビが、芦生地区で深刻化するシカによる食害により劇的に数を減らし、かわりに栽培ワサビが祭りで用いられていることがわかったのです。

そこで我々は、文化的植物資源としてのワサビの復興と山葵祭りの持続的な開催を目指し、芦生地区におけるワサビの自生状況を調査することにしました。

X谷で発見された芦生自生ワサビ( 矢印 )

その結果、調査された芦生地区7地点のうち、2地点でのみ芦生の自生ワサビが存在することがわかりました。シカも近寄ることができないほどの険しい崖にしがみつくように生育するワサビも、DNA分析により栽培ワサビの逃げ出し個体である可能性が高いことが判明するなど、早急に自生ワサビを保全する必要があることがわかりました。

そこで、芦生地区の集落に近いX谷(保全のため仮名称とする)を優先ワサビ保全地区と定め、ワサビの自生状況やフロラ調査を行いました。

X谷にわずかに残された4個体の自生ワサビはDNA分析の結果、全て芦生自生タイプであることがわかりました。さらにこの谷はシカの食害が著しい芦生地区において、植物の多様性が維持されている貴重な場所であることも明らかとなったのです。

X谷のワサビ個体増殖と周辺植物の保全を目的として、2016年3月、京都大学農学研究科の高柳敦先生と芦生地区の方々のご協力のもと、シカ柵を設置しました。今後はその効果をモニタリングしながら自生ワサビの増殖をはかり、文化的植物資源である自生ワサビの持続的な利用に向けた取り組みを検討したいと考えています。

2016年6月15日

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ナラ枯れを引き起こすカシノナガキクイムシの移動分散様式

山崎 理正(京都大学農学研究科)

近年、日本各地でミズナラやコナラなどブナ科樹木が集団的に枯死するナラ枯れの被害が問題になっています。京都府では最初北部で発生した被害が徐々に南下し、芦生研究林では2002年に初めてミズナラで被害が確認されました。ナラ枯れの被害は、体長5mmの甲虫、カシノナガキクイムシが病原菌を木から木へと運搬することで発生します。被害を軽減するためにはこのキクイムシの生態を詳しく知る必要がありますが、飛翔距離や移動分散パターンなど、その飛翔生態は謎に包まれています。

そこで、一集水域内の10年間のナラ枯れ被害拡大様式を解析し、カシノナガキクイムシの移動分散パターンを推定してみました。

調査にはモンドリ谷のミズナラを利用しました。固定調査プロットとして設定されているモンドリ谷では、1992年より5年毎の毎木調査が実施されています。16haの調査プロット内に生育していた304本のミズナラを2004年以降毎年見て回り、前年のカシノナガキクイムシの穿孔被害状況を確認しました。そして、前年の被害木からどれくらいの距離にどれだけのカシノナガキクイムシが飛んでいるか、キクイムシの仮想分散カーネルを100種類準備し、被害発生を予測するのにどのパターンが最も適しているかを調べました。

モンドリ谷では2004年に初めてナラ枯れの被害が確認され(図1)、304本生育していたミズナラは2013年末には185本にまで減少しました。100種類準備した分散カーネルのうち、被害発生を予測する際に最も説明力が高かったのは、直近には飛ばず300mくらい離れたところにピークがあるようなパターン(図2)でした。この分散カーネルに基づいてモンドリ谷全域でどの場所にどれくらいの確率でカシノナガキクイムシが飛んでくるか(移動分散確率)を計算させたところ、高い移動分散確率が推定されたエリアで多くの被害木が発生していました(図3; Yamasaki et al. in press)。

近くにもミズナラがあるのに何故それらを避けて少し遠くのミズナラを寄主木として選ぶのか、このような移動分散パターンはどのような飛翔行動に起因するのかなど、まだまだ謎は尽きません。また、今回の調査プロット内ではミズナラ同士の最大距離は573mで、これ以上の長距離分散については推定することができなかったのですが、実際にはもっと遠くまで飛翔しているカシノナガキクイムシもいると思われます。

現在は室内実験で飛翔距離を推定したり、飛翔前後の行動の変化を調べたりすることで、カシノナガキクイムシの飛翔生態と寄主木選択様式をより明らかにしようとしています。

2016年5月27日

発表論文

Yamasaki M, Kaneko T, Takayanagi A, Ando M (in press) Analysis of oak tree mortality to predict ambrosia beetle Platypus quercivorus movement. Forest Science doi: 10.5849/forsci.15-121

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ヘビ類の長期生態調査

森 哲(京都大学理学研究科)

芦生研究林とその周辺に生息するヘビ類の基本的な生活史を明らかにするために、1982年から調査を継続しています。

推定20歳以上のシマヘビ

2017年の今年は、始めてから35年になりますが、標識再捕獲法や直接観察法によって生態や行動を調べることにより、ヘビ類の様々なことがわかってきました。

芦生研究林には8種のヘビが生息し、これまでに合計で1200個体を超えるヘビを捕獲、標識しました。標識個体数の多い順に述べると、ヤマカガシ、シマヘビ、アオダイショウ、ジムグリ、マムシ、ヒバカリ、シロマダラ、タカチホヘビになります。しかし、シマヘビはヤマカガシよりもずっと長生きするため、同じ個体が何年間にもわたって何度も捕獲されるので、実際に出会った延べ個体数はシマヘビの方がヤマカガシよりずっと多くなります。

シロマダラの幼体

ちなみに芦生研究林に棲むシマヘビでは20年以上生きている個体がいることがわかりました。また、調査は主に日中に行っているため、夜行性のシロマダラやタカチホヘビは、実際にはもっと個体数が多いと予想されます。

モリアオガエルを呑むシマヘビ

捕獲したヘビは、強制嘔吐法という手法により殺さずに胃内容物を確認することができます。その結果、ヤマカガシはカエル類を専食していること、
シマヘビはカエル類が主食であるものの、小型哺乳類やトカゲ、ときには他種のヘビを食べていることなどがわかりました。また、アオダイショウは恒温動物である哺乳類と鳥類を主食としており、ときにはイタチやモモンガも食べていることがわかりました。

ヒキガエルを呑むヤマカガシ

ヤマカガシでは興味深い採餌習性もわかってきました。本種はカエル専食であるため、皮膚に強い毒を持っているヒキガエルでさえも好んで食べます。しかも、ヒキガエルの皮膚毒を取り込んで、頸部背面の皮膚の下にある頸腺という特殊な器官に蓄え、自分自身の防御に再利用しています。生まれたての仔ヘビはまだ餌を何も食べていないので、普通であれば頸腺に毒はありません。ところが、妊娠しているメスのヤマカガシは、ヒキガエルを食べることによりお腹の中にある卵へ毒をまわし、生まれたときから毒を頸腺に蓄えている仔ヘビを生めるのです。そこで、芦生研究林に生息するヤマカガシの成体に電波発信器を装着して、その採餌行動を調べたところ、妊娠しているメスはより積極的にヒキガエルを採餌しようとしていることがわかりました。すなわち、妊娠している母親ヤマカガシは、生まれてくる自分の仔ヘビがすぐに毒を持って身を守れるように、ヒキガエルを食べることに専念しているのです。

現在では、もろもろの事情により調査頻度はかつてほど高くありませんが、細々と長期調査を継続しています。ここ数年、ヤマカガシなどのヘビ類や、餌となる一部のカエル類の数はめっきり減ってきたような印象を受けます。これからも、豊富なヘビ類が生存していける自然環境が残されていくことを願いつつ、調査を続けています。

2017年4月6日

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森で想う環境のこと・人のこと(web連載)

伊勢 武史(京都大学フィールド科学教育研究センター)

WEBナショジオ連載【森で想う環境のこと・人のこと(外部リンク)
連載期間 2014年12月18日~2015年11月9日 全12回(現在は連載を終了しております。)

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絶滅の危機にある希少種がなぜか大量発生!生態系に改変をもたらす動物とは

中浜 直之(京都大学農学研究科)

academist journal掲載コラム  
絶滅の危機にある希少種がなぜか大量発生!生態系に改変をもたらす動物とは(外部リンク)

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心材成分および薬用成分であるリグナンの生合成に関する研究

京都大学生存圏研究所
梅澤俊明

私たちは植物が産生する生理活性成分の1つであるリグナンという化合物群の生合成について研究しています。リグナンの1種であるポドフィロトキシンは抗腫瘍性活性を示す化合物であり、臨床的に抗がん剤として利用されています。しかし、ポドフィロトキシン産生植物は希少であるため、将来的には同化合物の生合成を解明し、微生物などによって安定的に大量生産させることが期待されています。それゆえ、近年では、ポドフィロトキシンの生合成経路についての研究が盛んに行われており、同生合成経路に関与する生合成酵素遺伝子も多く見出されましたが、未だ完全な解明には至っていません。

芦生研究林内における由良川の川原に自生しているセリ科植物のシャクは、ポドフィロトキシン生合成経路を有していることから、私たちはこれまでシャクを用いて同生合成経路解明に向け研究に取り組んできました(Sakakibara et al., 2003; Ragamustari et al., 2013, 2014)。近年、一度に膨大な遺伝子情報を得ることが可能な次世代シーケンサーという分析機器を使用し、様々なシャクのサンプルから遺伝子情報を取得しました。そして、これら遺伝子情報とポドフィロトキシン生合成に関連するその他のデータとの相関解析を行うことによって、数十万という遺伝子群からポドフィロトキシン生合成遺伝子を絞り込み、標的とする遺伝子を同定することに成功しました(Kumatani et al., 2016, 2017)。しかし、未だに同生合成経路には見出せていない遺伝子も存在することから、現在それら遺伝子の取得を試みています。

掲載論文及び学会発表
Sakakibara et al. (2003) Org. Biomol. Chem. 1: 2474-2485
Ragamustari et al. (2013) Plant Biotechnol. 30: 375-384
Ragamustari et al. (2014) Plant Biotechnol. 31: 257-267
熊谷ら(2016)第34回日本植物細胞分子生物学会(上田大会)
熊谷ら(2017)第67回日本木材学会(福岡大会)

2018年1月17日

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琵琶湖周辺河川の魚が丸わかり!—環境DNA分析で40種の魚の生息場所が明らかに―

京都大学東南アジア地域研究研究所※1
中川光

概要

京都大学フィールド科学教育研究センターの中川 光特定助教とその共同研究者らは、魚の体表や糞などと共に水中に放出されたDNA (環境DNA) を分析する新技術を用いることで、これまでに何年もかけて採集や目視観察によって確認されてきた琵琶湖周辺地域の河川の魚類の86.4%を、たった一人の調査者による10日間のサンプリングで検出することに成功しました。
水中に漂う環境DNAを用いた生物の生息確認技術は、従来多大な労力と費用をかけて行われていたモニタリングの手間を劇的に軽減させうるものとして、近年注目が集まっています。中でも、次世代シーケンサーという機械を用いて行うDNAメタバーコーディングという方法では、多種の生物分類群を一度に調べることができます。本研究では、魚類の環境DNAを対象としたメタバーコーディング法について、これまで検証が行われていなかった河川での適用可能性を検討しました。
日本で最も河川魚類の種多様性が高く、分布がよく調べられている地域の一つである琵琶湖周辺地域において、2014年8月から10月に、10日間かけて、51河川102地点で水サンプルを採集し、河川水に含まれる環境DNAから生息魚種の推定を行いました。結果の妥当性は、採集や目視観察といった従来の調査方法から得られた複数の文献データに含まれる、1700地点以上の魚類の分布記録との比較によって精査しました。その結果、環境DNAから、文献から予想された44種のうちの38種とこれまで報告がなかった2種の合計40種の魚類のDNAを検出できました。この結果は、これまで多大な労力を要した、網羅的な継続モニタリングや、外来種の侵入状況といった速報性の要求される情報の収集における本手法の有効性を示しています。
本研究は、2018年2月28日に米国の科学誌「Freshwater Biology」にオンライン掲載されます。

1.背景

地球上には、様々な生物が森や川、海など多様な生態系を形成しています。こうした多様な生態系は、水や食料の供給や災害の防止、さらには地域の自然とともに発展してきた文化の基盤となるなど、人が生活する上でなくてはならないものです。こうした”生物多様性の恵み”を国全体として将来に残していくため、2008年に「生物多様性基本法」が制定され、その成立を受けて2010年には「生物多様性国家戦略2010」が閣議決定されました。この施策を推進する基盤となる技術の一つが生物多様性のモニタリングです。ところが、海や川や湖沼で魚の多様性をモニタリングするには、潜水観察や漁具による採捕など、大きな労力と費用をかけた長期間の調査が必要でした。さらに、魚の種類を同定するためには、専門的な知識と経験が必要でした。
魚を含む水生生物の体表の粘液や糞に含まれるDNAが、池や湖、川などの水中をただよっていることが最近になって明らかになり、「環境DNA」と呼ばれて注目を集めています。環境DNAを調べることで、水中にどのような生き物が棲んでいるのかを知ることができます。環境DNAは種に関係なく、全ての魚から放出されるため、環境中のDNAをまとめて分析して生物の種類を判定する「環境DNAメタバーコーディング」という技術をつかって、水中にいる多様な魚の種を一度に特定できるようになりました。この技術は、生物多様性のモニタリングにかかる費用と労力を劇的に小さくする可能性を秘めていますが、こうした新技術を現場での応用に繋げるためには従来の方法と比較した性能の検証が必須です。
研究グループではこれまで沖縄美ら海水族館の大型水槽や、舞鶴湾の魚類を対象に環境DNAメタバーコーディング技術の性能検証を行い、非常に高い精度で魚類の多様性を検出できることを示してきました。一方これまで河川での適用例はなく、検証が必要でした。そこで、日本で最も河川魚類の種多様性が高い地域の一つである琵琶湖周辺において、従来の観察に基づく文献による魚類分布データと環境DNAによる検出データの比較を行い、魚類環境DNAメタバーコーディング技術の有効性について検討しました。

2.研究手法・成果

2014年8月から10月に、10日間かけて、琵琶湖周辺(滋賀県全域と京都府、福井県、岐阜県、三重県の一部、約4,000 km2)の51河川102地点を車で回って水サンプルを採集し、河川水に含まれる環境DNAから生息魚種の推定を行いました。さらに、環境DNA手法との比較対象として、滋賀県立琵琶湖博物館が中心となって5年間かけて収集した1700地点以上におよぶ魚類の採集記録などの文献データを取りまとめ、地理情報システム(GIS)を用いた解析を行いました。
河川は、湖沼や海洋などと大きく異なり、上流から下流に常に水が流れているという特徴があります。そのため、環境DNAで検出された魚類の種組成のパターンは、各調査地点から6km上流までの範囲に存在する文献の記録と比較した時にもっともよく対応しました。そのデータの比較において、調査地点周辺で過去に報告されていた44種のうちの38種と、調査地周辺ではこれまで報告がなかった2種の合計40種の魚類のDNAが検出されました。これらのうちいくつかの魚種では文献情報による記録よりも多くの地点で環境DNAの検出があり、特に大きな川の深いところを好む種など、網などによる捕獲が難しい種では、環境DNAによる調査の有効性が高いことが示唆されました。さらに、近縁な魚種間(カジカとウツセミカジカ)での川の上流下流といった大きなスケールでの生息場所の違いなど、これまで知られていた個々の種の生態や種間の関係の理解に役立つような知見と一致する傾向を検出することもできました。これらの結果は、今回検討した魚類環境DNAメタバーコーディングの技術が、河川の生物多様性モニタリングにおいても費用対効果において非常に有用なツールとなりうることを示しています。

3.波及効果、今後の予定

本研究では、魚類の生息の有無について魚類環境DNAメタバーコーディングが河川でのモニタリングにおいても有用なツールであることを示しました。一方で、魚がそれぞれの地点にどのくらいたくさんいるのかといった量的な情報については、十分な検証はできていません。環境DNAによる魚類の生息量の推定は、現在いくつかの研究グループが取り組んでいる重要課題の1つです。
現在、環境DNAメタバーコーディングは魚類のみならず、様々な分類群(昆虫やエビ・カニなど)で試行・開発が進んでいます。この技術の確立は、労力や専門知識がネックとなって進んでいなかった、様々な生物から成り立つ生態系全体を俯瞰するような生物多様性のモニタリングや日本全国や世界中で同時に行う超広域モニタリング、生き物の移動や増減を1日または数時間単位で観測する高頻度モニタリングも可能になるかもしれません。さらに、今年の春には一般社団法人「環境DNA学会」の発足も予定されています。この学会での研究者間の情報交換や相互協力を介して、現場レベルでの簡便かつ確実性の高いモニタリング手法が構築されることで、企業や行政が行うアセスメントや環境保全活動を行う非営利団体などに利用が広がることが期待されます。一方で、この技術は希少種や絶滅危惧種の発見も容易にするため、それらの密猟や水産有用種の過剰捕獲にもつながる可能性があります。こうした技術の悪用に繋げないためにも、この技術を念頭に置いた法令的な対応も今後の課題と言えます。

4.研究プロジェクトについて

JST CREST (no. JPMJCR13A2)
科研費 (no. 14444453)
笹川科学研究助成 (no. 26-443)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Comparing local- and regional-scale estimations of the diversity of stream fish using eDNA metabarcoding and conventional observation methods
著者:中川 光1・山本 哲史2・佐藤 行人3・佐土 哲也4・源 利文5・宮 正樹6
1京都大学フィールド科学教育研究センター
2京都大学大学院理学研究科
3琉球大学大学院医学研究科
4千葉県立中央博物館
5神戸大学大学院人間発達環境学研究科
掲載誌:Freshwater Biology

<お問い合わせ先>

中川光・東南アジア地域研究研究所・特定助教
E-mail:hikarunakagawa@icloud.com

2018年3月1日

※1 執筆時、京都大学フィールド科学教育研究センターに所属

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芦生研究林のミミズ研究から

京都大学名誉教授
渡辺弘之

ミミズ研究のはじめ

大学院での研究テーマに「森林生態系における土壌動物の役割」を選んで、芦生で土壌動物研究を始めた。初めて芦生へ入ったのは1961年5月の連休だった。京都から周山経由安掛までJRバス、そこから京都交通のバスに乗り換え、終点田歌へ、そこからは歩いて須後に着いた。夕食時だけ電灯が点いたが、そのあとは石油ランプだった。次の日は内杉谷をつめケヤキ峠を越え、下谷の丸木橋を何度も渡り、ドイツトウヒ林の中を抜け、ススキ原の中に立つ長治谷小屋へたどり着いた。須後から長治谷まで旧歩道を歩いた人はもう少ないようだ。

大学院の5年間、その後、助手に採用され芦生演習林に勤務した6年間、学位論文作成のため、芦生研究林内のブナ林、スギ人工林、ススキ草地、竹林など、ちがった植生下で、ミミズ、ヤスデ、ムカデ、ダンゴムシなどの大型土壌動物の個体数・現存量を調べた。それをもとに土壌中での土壌動物の垂直分布、植生でのちがい、令級のちがうスギ林と天然林を比較しての森林伐採の影響、落葉量・落葉堆積量からの落葉の平均分解率と土壌動物の現存量の関係などについて報告してきた。

土壌動物調査のための土堀りはたいへんだった。深さ50cmあるいはもっと深くまでの土をビニールシートの上に掘りだし、一日中、ピンセットで眼に見える動物を採集していた。ということは、大型土壌動物の数を数え、重さを量っただけだということだ。現存量でもっとも大きな割合を占めるミミズも、その数と重さだけしか量っていない。どんなミミズだったのか、何種いたのかの記載がないということだ。

当時のこと、ミミズを同定してくれる研究者はいなかった。もちろん、ミミズの標本をつくり、自分でも少しは分類を試みたのだが、すぐにわからないものがでてきたし、論文に掲載するほどの自信はなかった。唯一種名のわかったのが学生宿舎とタケ林の間、当時テニスコートとして使っていた草地のクソミミズ(Pheretima hupeiensis)で、このミミズが1年間に地表に出す糞塊を回収し、ミミズの土壌耕耘量を量的に示した。ミミズが土を耕してくれている、それがどのくらいかを数量的に示したのだが、その当時、この論文は高く評価された。

どんな種類のミミズがいたのか、新種や分布上貴重な種がいたのかも知れないと、研究許可を受け、退職後、土壌動物調査を開始した。

芦生のミミズ

これまでの調査の結果、既知種のツリミミズ科のもの2種、フトミミズ科のもの10種と、種名の決定できないフトミミズ科のもの4種がいることがわかった。同定できたもの12種は、いずれも広い分布域をもつ普通種と思われるものであった。ミミズ類の同定は栃木県立博物館の南谷幸雄さんにお願いしているのだが、この未同定の4種は明らかにこれまで記載されたものとはちがい新種かも知れないという。分類の進んでいる昆虫や植物では採集された1個体でも新種記載ができるのだが、分類の進んでいないミミズ類では同定には内部形態の記載が必須なので、解剖しないといけない。破壊されない個体の模式(タイプ)標本を残さないといけないし、種内変異・個体変異が大きいので、少なくとも数個体以上採集し、その変異を調べないといけない。それがなかなか捕まらない。芦生から新種アシウフトミミズの記載を信じて調査を続けている。

シーボルトミミズの発見

びっくりしたのがシーボルトミミズ(P. sieboldii)の発見である。本種は長崎出島のオランダ商館つきの医師として滞在したシーボルト(Philipp Franz von Siebold)がオランダに持ち帰った標本で新種記載されたもので、日本のミミズで初めて学名をつけられたものである。四国でカンタロウ、紀伊半島カブラタ、カブラッチョ、九州でヤマミミズなどと呼ばれているように、ウナギ釣り、モズクガニ捕りの餌に使うなど、その存在は知られているものだ。暖地性とはいえ、伊豆半島・房総半島にも屋久島以南の南西諸島にも確認されていない。体長30cm、重さ45gにもなる大きなもので、それも金属光沢をした瑠璃色のよく目立つミミズである。

明らかに暖地性と思っていたこのシーボルトミミズが雪深い芦生研究林内にもいた。これまでに赤崎のトロッコ道、野田畑谷、上谷(岩谷)、杉尾峠と、田歌から若狭への五波谷峠などで7個体も捕獲している。一度など、逃がしてはいけないと一瞬に手がでて掴んだのだが、ミミズから粘液を飛ばされ、びっくりした。ミミズの背中にある背孔からでてきたのだろうが、こんな防衛術をもっていることを知った。こんな事例はまったく報告されていない。

このシーボルトミミズの捕獲が、いずれも10月、11月なのである。大きなミミズで成体で越冬することはまちがいないのだから、春でも夏でもいいのに秋しか捕獲されないことも不思議だ。