舞鶴水産実験所長/里海生態保全学分野 准教授 益田 玲爾
■環境DNAとは
環境DNA分析とは,生物が水中や土壌中に残したDNA情報から,生物の在不在や生物量を明らかにする技法である。通常,数十mLから数Lの環境水を採取してフィルターで濾過し,このフィルターからDNAを抽出する。定量性を重視する場合,対象種に特異的なプライマーを用いてその生物のDNAをPCRで増幅し定量を行う。また多様性について調べたい場合,ユニバーサルプライマーを用いてDNAを増幅し,既存の遺伝子配列のデータベースを参照して生息種を特定する。
舞鶴水産実験所では,2013年度から科学技術振興機構による戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受け,「環境DNA分析に基づく魚類群集の定量モニタリングと生態系評価手法の開発」(代表:龍谷大学・近藤倫生教授)の一翼を担っている。このプロジェクトでは,環境DNA分析を海域に展開し魚類の生物量を定量する技術の確立を目指している。水槽実験およびフィールド調査を通して,舞鶴水産実験所が本プロジェクトにおいて果たしてきた役割を概説する。
■飼育実験
水槽内にマアジを1,3,10または30尾収容し,飼育水中のDNAを定量したところ,魚の数が増えるにしたがってDNAの検出量も直線的に増えることが明らかとなった。また一日のうち異なる時間帯で採水した場合,検出されるDNA量に違いはなかった。
続いて,異なる長さの2種類のプライマーを用いてマアジのDNAの検出を試みたところ,長いプライマーで検出される長鎖のDNAは劣化が速いことが明らかとなった。このことを利用して,DNAの放出後の相対的な時間情報についても環境DNA分析から得られる可能性が拓かれた(Jo et al. 2017)。本研究の実験を担当した神戸大学の徐寿明さんは,第63回日本生態学会大会において,「環境DNAの断片長による見た目の分解速度の違い」と題して当実験所の教員および大学院生との共著で成果発表し,同大会生物多様性分野の最優秀ポスター賞を受賞した。
■舞鶴湾におけるマアジの定量
舞鶴湾内の広域100地点において,表層と底層で採水を行い,これらからDNAを抽出し,マアジのプライマーを用いて本種のDNAを定量した。同時に計量魚群探知機によって各地点におけるマアジの密度を推定した。両者を比較したところ,魚探でマアジが多く検知された地点ではマアジのDNAが多く検出される傾向が明らかとなった (Yamamoto et al.2016)。
■舞鶴湾における魚類群集
上述の広域調査において抽出したDNAについて,ユニバーサルプライマーを用いた魚類群集の推定を試みた。これにより,淡水魚を含む128魚種を検出した。この魚種リストでは,舞鶴湾内で過去14年間行ってきた潜水目視調査の出現魚種のうち,出現頻度が上位となるものの8割近くを検出できている (Yamamoto et al. 2017)。本成果については,京都大学・神戸大学・龍谷大学・北海道大学の研究者らとの合同記者発表を2017年1月11日に行った。
■クラゲの環境DNA
クラゲもまた海水中に多量のDNAを放出することが,アカクラゲを用いた飼育実験により明らかとなった。また舞鶴水産実験所の桟橋で採水された海水中のアカクラゲDNA量は,この桟橋から毎朝記録しているアカクラゲの個体数の変動と大変よく一致した(Minamoto et al. 2017)。この研究は,実験を担当した神戸大学の福田向芳さんが第62回に本生態学会でポスター発表した際,保全分野の最優秀ポスター賞を受賞している。
■環境DNA分析の持つポテンシャル
環境DNA分析は,生息する生物を損なうことなく,高い感度で在不在やおおまかな生物量に関する情報を取得することのできる手法である。今後は環境DNA分析をより広域あるいは長期の試料に適用することにより,生態学の研究者がかつて手にしたことのない革命的な質と量のデータが得られるであろう。
現在,様々な無脊椎動物や植物に適用可能なプライマーが開発されつつある。適切なサンプリングを行えば,抽出したDNAは様々な用途へと利用が可能である。多様な分類群を対象とする森里海連環の研究においても,画期的なツールになるものと期待できる。
Jo T, Murakami H, Masuda R, Sakata M, Yamamoto S, Minamoto T (2017). Rapid degradation of longer DNA fragments enables the improved estimation of distribution and biomass using environmental DNA. Molecular Ecology Resources 17(6): e25-e33.
https://doi.org/10.1111/1755- 0998.12685
Minamoto T, Fukuda M, Katsuhara KR, Fujiwara A, Hidaka S, Yamamoto S, Takahashi K, Masuda R (2017). Environmental DNA reflects spatial and temporal jellyfish distribution. PLoS ONE 12(2): e0173073.
Yamamoto S, Minami K, Fukaya K, Takahashi K, Sawada H, Murakami H, Tsuji S, Hashizume H, Kubonaga S, Horiuchi T,Hongo M, Nishida J, Okugawa Y, Fujiwara A, Fukuda M, Hidaka S, Suzuki KW, Miya M, Araki H, Yamanaka H, Maruyama A, Miyashita K, Masuda R, Minamoto T, Kondoh M (2016).Environmental DNA as a ‘snapshot’ of fish distribution: A case study of Japanese jack mackerel in Maizuru Bay, Sea of Japan. PLoS ONE 11: e0149786.
Yamamoto S, Masuda R, Sato Y, Sado T, Araki H, Kondoh M, Minamoto T, Miya M (2017). Environmental DNA metabarcoding reveals local fish communities in a species-rich coastal sea. Scientific Reports 7: 40368.