人間と自然の相互作用<1>
森林情報学分野 吉岡崇仁
【Series of CoHHO study】in English
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人間と自然の相互作用を解明するための「文」と「理」の融合は難しく、森里海連環学の道は遠い。
フィールド研は2003年に設置されましたが、私は森里海連環学の構想や議論の経緯についてよく知らないまま、2007年に京都大学のフィールド研に異動し、森里海連環学の枠の中に飛び込んできました。以来12年になりますが、森里海連環学のゴールは疎か道さえも「逃げ水」のように捉えきれていません。今回の「森里海連環学入門」の企画の中で、改めて森里海連環学について考えてみたいと思います。
私は京都大学に来る前は、2001年に文部科学省が設立した総合地球環境学研究所(地球研)に所属していました。この研究所は「地球環境問題の根源は、言葉の最も広い意味での『人間文化』の問題である」という理念(問題意識)に基づいて、自然科学と人文社会学の両面から「人間と自然の相互作用」を明らかにし、地球環境問題の解決に資する学問領域を構築する研究所として設立され、私は地球研設立当初に名古屋大学大気水圏科学研究所から異動して、京都にやってきました。そして2004年から、「流域環境の質と環境意識の関係解明」というプロジェクト(環境意識プロジェクト)を実施していました。ちょうどこの年に山下先生からお声をかけていただき、フィールド研が京都大学の全学共通科目として提供している「森里海連環学:森・里・海と人のつながり」の講義の非常勤講師として1時限を担当することになりました。地球研で取り組んでいた環境意識プロジェクトでも森林から湖沼までの流域を扱っており、また、自然科学だけではなく人文社会学的な調査も取り入れたプロジェクトでしたので、違和感なく講義を担当することができました。フィールド研が発行した教科書である「森里海連環学」の第7章「森と水、人と自然」の執筆も担当させていただきました(2007、山下洋監修、京都大学学術出版会)。そのご縁もあってか、2007年5月にフィールド研の森林系の教員として着任することになりました。
1.森里海連環学:新たな取組みと役割
新しい組織には、新たに担うべき役割があります。それがなければ新たな組織を作る必要はないでしょう。フィールド研の場合は、大学の教育・研究の枠組みの中で「森から海に至る様々な生態系の相互作用を生物や物質の視点から解明する一方、そこに育まれている人々の営みや文化を合わせて解析することにより、自然とのつきあい方を考える統合的な学問領域」である『森里海連環学』を構築することを目的として設置されました。私にとって、この文脈はとても素直にお腹の底(腑)に落ちるものでした。なぜなら、先にあげた地球研の理念に通底していると思ったからです。また、二つの組織の生い立ちもよく似ていると思いました。地球研の研究組織は当初、東北大学、名古屋大学、京都大学、鳥取大学の研究者で構成されましたが、そのほとんどが自然科学系の学術分野に籍を置く人たちでした。一方のフィールド研も、京都大学農学研究科の演習林、亜熱帯植物実験所、水産実験所と理学研究科の臨海実験所という理系・自然科学分野を主体とする部局の教員で構成されました。さらに、どちらも新組織設立にあたって設定され、それぞれ「人間自然相互作用環」と「森里海連環」を解明することで環境問題の解決に貢献するという目的を達成するためには、自然科学だけでは不十分であり、人文社会学の要素を取り入れねばならないという強い意識を期せずして共有していました。
2.総合地球環境学と森里海連環学
この2つの新学問領域では、環境問題に関する現状認識が共通しています。簡単に言えば「人間が環境に悪い影響を及ぼしている」です。総合地球環境学では、「人間文化の問題」として、地球温暖化や砂漠化、大気・土壌・海洋汚染が起こりますが、人間がいる限り必然のこととして起こりうるものだと言っているように思います。一方、森里海連環学では「人間による連環の分断」が環境問題の元凶となります。
では、環境問題の解決に必要となる処方箋とはどのようなものが想定されるでしょうか。「文化の見直し」や「分断のつなぎ直し」をするための処方と言えばよいでしょうか。
直せばよいのなら、簡単そうです。しかし「文化の問題」も「分断の問題」も、人間の存在に根源があるとすれば、考えることでさえ難しい問題のように私には思えます。
3.文と理と
処方箋を書くにあたって必要な学問的背景は何かを考えたとき、自然科学による環境変化の把握と人文社会学による人間行動の把握が重要であると思います。地球研もフィールド研も自然科学系教員を主体として発足しましたが、人文社会系の研究者の参画を追い求めてきました。人口に膾炙(かいしゃ)した言葉で言えば、「文理融合」が必要となるでしょう。学問には文も理もなく、もとから融合しているという人もいますが、学術分野の細分化は、文と理どころか、文と文、理と理をも分断しているように思います。森・里・海に存在する課題を解決する処方箋には、文と理の融合が必須の要素となるはずであると私は今も考えています。
お題目なら、「文理融合」と唱えれば、処方箋が完成し環境問題は解決するでしょう。しかし、そんなはずもなく、環境問題において文理融合の必要性が認識されてから、さて、何年が経つでしょうか。日本で公害問題がクローズアップされた頃からとすれば、半世紀になんなんとします。それでも、文と理は未だ融合していないと私には思えます。理系の研究者と文系の研究者を狭い部屋に閉じ込めて、お金と時間を与えておけば、自然にドロドロと融合するというようなものでは決してなく、難しいことなのだと思います。
個人的には、分野の異なる研究者同士が融合することは至難の業だと思います。研究成果を得るためには、とても効率が悪いでしょう。だから、そのような研究計画は試みられることがありません。ただ、「一人融合」の発想を持つ人が何人か集まれば、文理が融合し、課題解決が可能になるかもしれません。しかし、それとても険しい道のりだと思います。地球研の「環境意識プロジェクト」、フィールド研の「木文化プロジェクト」を経験し、今また「森里海連環再生プログラム(LAP: Link Again Program)」に関わる身として、痛切にこのことの難しさを感じます。
4.森里海連環学の枠組み − 人間-自然相互作用環 −
私は、生物地球化学的物質循環を基盤としてフィールド科学の研究を行ってきましたが、自然科学の観点から、森・川・里・海それぞれの生態系が密接につながっていることは、比較的容易に理解することができるだろうと思います。また自分の専門分野ではありませんが、人文社会学の面からは、人間は、森・川・里・海の自然から恵みを受けて生を営んでおり、物質的・精神的・文化的な観点から、つながりを実感しているのだろうと思います。長期生態系研究(LTER)ネットワークの活動の中で、Collins(2007)は社会と環境のための統合科学である社会生態学的研究への機械論的アプローチを提唱しています。その概念的な枠組みを参考として、自然科学と人文社会学両面でのつながり「人間−自然相互作用環」を図に表わしました(図1)。
この模式図で人間と自然の相互作用をたどると次のようになります。
(1)人間は、環境に対する価値判断を元に、その環境に対する態度や行動を決定します。
(2)人間の態度行動、さらには地球温暖化などの外的要因は、自然環境(生態系)に影響を及ぼす撹乱要因になります。
(3)自然環境は、撹乱に対する応答の結果として、構造や機能が変化します。
(4)自然環境の変化は、環境の質的変化や*生態系サービスの変化となって現われます。
そして、(1)に戻って、
(1)環境変化を人間は認知して、新たに環境の価値判断を行い、態度や行動を決定します。
このように人間−自然相互作用環にしたがって繰返し行われる人間と自然のやり取りの実態が、森川里海の連環であり、このつながりを研究対象とするのが森里海連環学であるというのが、私が考える森里海連環学の概念的な枠組みです。
5.森里海連環学の中心的課題
私自身の森里海連環学における役割は、生物地球化学的物質循環の観点から森林流域生態系の環境変化を明らかにするとともに、その環境変化が人びとの環境意識にどのように影響を及ぼすのかを解析することにあります。物質循環に関わる研究の内容については、山下先生がまとめられた森里海連環学入門の第2回、第3回で概要が示されていますので、それを参考としていただければと思います。次回は、図1に示されている(1)と(4)のプロセス、つまり、環境変化が人びとの環境に対する価値判断に影響を及ぼし、態度行動につながるところについてお話ししたいと思います。ほんとうにこのように考えることが妥当なのでしょうか。これが、人間と自然の相互作用、そして、森里海連環学の中心的課題(の一つ)であり、もっともむずかしいところだと考えています。適切に解説できるかわかりませんが、地球研の「環境意識プロジェクト」とフィールド研の「木文化プロジェクト」に関連して、人びとの環境意識と環境の質との関係についてお話しします。
キーワード:森里海連環学の役割、文理融合、人間と自然の相互作用
引用文献
Collins, S. L. (2007) Integrated Science for Society and Environment: A Mechanistic Approach to Socio-ecological Research. https://lternet.edu/wp-content/uploads/2010/12/Collins.pdf
フィールド科学教育研究センター概要パンフレット https://fserc.kyoto-u.ac.jp/panf/gaiyou7.pdf
【用語解説】
*生態系サービス
生物や生態系が、他の生物(人間を含む)の利益となる恵みをもたらすこと。
・供給サービス:食品や水といったものの生産や提供
・調整サービス:気候などの制御や調節
・文化サービス:レクリエーションなど精神的・文化的利益
・基盤サービス:栄養循環や光合成による酸素の供給など、他のサービスを維持するために必要なもの。
– 2019-09-12 ページ公開
– 2021-07-28 一部原稿を更新
– 2023-02-10 イラスト追加
– 2023-06-02 キーワード追加