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森里海連環学入門 -森里海のつながりをひもとく (5)

人間と自然の相互作用<2>

森林情報学分野 吉岡崇仁

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6.森里海連環学の主題:人間自然相互作用環

 前回、人間と自然の相互作用を図1のように「環」で示しました(吉岡2020)。くり返しになりますが、この図を使って、森里海連環学について考えてみたいと思います。

 この相互作用環に基づく人間と自然との間での反復的な交流が、森、川、里、海のつながりであり、そのような交流・相互作用を研究するのが森里海連環学ということになります。この図は、森里海連環学の概念的な枠組みを示していると考えています。
 自然科学者の場合、プロセス②と③は、自然科学の方法論によって研究が可能です。 人文科学者や社会科学者にとっては、プロセス①と④が、研究主題となるものでしょう。

 したがって、自然科学、人文科学、社会科学の研究者が集まれば、森里海連環学の研究を行うことができます。

あなたはそう思いますか?

 もしそうだとしたら、数多の研究がこれまでに行われてきたことだと思います。しかし、現実にはほとんど行われていないと思います。その主な理由は、④と①の間のプロセスが、特に自然科学によってまだ詳細に研究されていないためではないかと思います。

 であるなら、森里海連環学の取組みにおいて、人びとの環境意識を主題の一つに設定できるのではないかと思います。

7.環境意識と環境の価値

  環境に対する意識(環境を認識する能力)は、人々が環境に対する態度を決めるときの環境の価値判断の基礎となるものと考えています。人々の環境に対する価値評価は互いに異なり、それによって環境に対する彼らの態度や行動も異なるはずです。

 森の木々でお金を稼ぎたいなら、森の利用価値を高く評価して、伐採して材木を生産します。バードウォッチングが好きな人は、森林に生息する野鳥の非利用価値を評価して、森林環境を保護しようとするかもしれません。
 このように、人びとは環境意識の表現型の一つとして、環境の価値判断をしていると考えることができます(図2)。

 では、人びとは環境の何を評価しているのでしょうか。

 人びとの環境への態度行動は、人びとがその環境の価値をどう評価しているかに関係しています。では、「環境の価値」とはどのようなものでしょうか。環境哲学や環境倫理学、環境経済学の分野でさまざまな研究がありますが、その定義はとても難しいものです。生物地球化学者である私には荷の重いことですが、いくつかの文献を参考にして、簡単に見てみたいと思います(鬼頭1996、Lockwood 1999、鷲田1999、高田2003)。

 用語は研究者によって若干異なりますが、一般的に認識されているのは、利用価値(道具的価値)と非利用価値の2種類です(図3)。

 利用価値は、直接利用価値と間接利用価値に分けられます。直接利用価値は、資源として消費することで利用し、利益を得ているものです。森林伐採をして、材木を切り出し売却するのは、森林樹木の直接利用と言えます。一方の間接利用とは、利用によって消費されてしまう資源のようなものではなく、利用によって減ることはないけれど、人間に利益をもたらしてくれるようなものが相当します。たとえば、森林には二酸化炭素を吸収して酸素を作ったり水を浄化する機能がありますが、それによって私たちは呼吸したり、飲み水を確保したりできます。このような価値のおかげで、人間は自然から資源や利益(恩恵)を得ることができます。一方、非利用価値というのは、いかなる種類の資源としても、また無形の恩恵としても人間に利益をもたらすことがないものです。道ばたに転がっている石ころにも価値がある(かもしれない)と考えるということです。内在的価値、存在価値、本質的価値などと呼ばれたりしています。実際には、非利用価値の中にも、人びとの意識に働きかけるものがあり、その場合は、間接利用として恩恵をもたらすと考えられるものもあるとされています。たとえば、深い森には神が住んでいるので人が立ち入らないように大切にしたり、ご神体としてあがめたりするのは、信仰という人間の活動(感情)に対して効用(利益)をもたらしてくれていると考えることができます。

 ここで、森林を例にして、環境の価値について考えてみましょう。

 森林には、多面的機能、公益的機能と呼ばれる8つの「機能」があると言われています。
 1)生物多様性保全機能
 2)地球環境保全機能
 3)土砂災害防止・土壌保全機能
 4)水源涵養機能
 5)快適環境形成機能
 6)健康・リクレーション機能
 7)文化的機能
 8)物質生産機能

 これらの機能は、森林の価値と密接に関連しており、⑧物質生産機能は、材木やキノコ・山菜などの林産物という資源を人間に供給してくれます。これは、直接利用価値に相当します。②〜⑦は、人間が資源として森を消費するという形ではなく、森が機能を果たした結果として、きれいな空気や水を利用したり、ハイキングや森林浴などに利用して恩恵を被っています。これらは、間接利用価値に相当します。①に関しては、人間の生活には全く関係のないところで、多様な生物が森林には生息しています。この機能は、間接利用価値に関わりますが、価値評価には関係のない内在的価値といった価値も有しています。

 このように自然界に存在するすべての物体や現象には、多かれ少なかれ利用価値と非利用価値の両方の側面があります。 人々は、これら2種類の価値から、物体や現象に対する価値観(信念)を構築し、この価値観に従って、その価値を割り当てます。 割り当てられた価値は、貨幣額によって表わされることがあります。

 評価価値を生みだす価値観とはどのようなものでしょうか。それは、物体や現象などあらゆる事物に対して人間が抱く感覚・感情の一つと呼べるものかもしれません。価値観を元にその事物の価値を決定する(図3の「価値観」から「評価価値」への矢印に相当)ので、環境の価値判断にとってとても重要な要素と言えます。

 この価値観は、人間が世界の中でどのような位置にあると考えるかによって大きく2つに分けることができます(高田2003)。

1)人間中心主義(anthropocentrism)
 人間とそれ以外とを区別する二元論的(dualistic)な考えが元になっており、人間中心主義の立場では、環境や自然物の価値は、人間に対する利益を基準に評価されます。利益を考慮する期間によって、狭い(厳密な)人間中心主義と緩和された人間中心主義に分けられます。短時間のうちに利益になるかならないかで価値を計るのが狭い人間中心主義的な考え方、次世代や遠い未来の人類にとっての利益も考慮するのが緩和された人間中心主義的な考え方になります。

2)非人間中心主義(人間非中心主義とも、non-anthropocentrism)
 人間を相対化して全体論的(holistic)に考える非人間中心主義では、人間は世界の中心には立っておらず、人間以外の、あるいは、人間を含む何かを中心に置いて考えます。その中心に置くものでいくつかの主義に分かれます。

 感情を持つと考えられる高等動物が中心である:感情能力中心主義、動物解放論
 全ての生物が中心である:生命(生物)中心主義
 無生物を含む生態系が中心である:生態系中心主義

 さらに細かく分類されることもあります。たとえば、地球を中心とする地球全体主義、平等性に重きをおくディープエコロジーやエコフェミニズム、生物多様性を重視する生命地域主義、文化的多様性を重視するソーシャルエコロジーなどです。詳しくは、高田(2003)、丸山(2004)などの参考文献をご覧ください。

8.環境意識を考える

 ここまで、環境の価値の構造やその考え方の概略を見てきました#1。それらは、環境哲学、環境倫理学、環境心理学などの分野の主題だと思いますが、人びとは、身の回りの自然や環境について、価値や機能などを理解しているのでしょうか。普段の生活の中で、研究者・学者先生方が頭を抱えながら考え出してきた概念を思いながら、山で柴を刈ったり、川で洗濯したりしているのでしょうか。アンケート調査で調べてみました(松川ほか2009)。森や川、農地などについて、直接利用価値や間接利用価値、非利用価値に関係する項目、たとえば、「木材の生産」、「動植物の住み処」、「水資源の提供」などについて、関心があるかどうかを尋ねてみました。その回答結果を解析したところ、人びとは、環境の価値や機能をある程度区別して、関心を持ったり持たなかったりしているということが示唆されました。環境の価値や機能などは、難しい概念ですが、人びとの意識の中に、すでに、常に、あるものだと考えてよさそうです。

 この結果に力を得て、さらに環境意識を考察することにしました。以下では、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として」(環境意識プロジェクト)の研究内容をもとに、地球環境問題解決に向けて、人びとの「環境意識」を考えることの重要性について延べ、さらに、環境意識を調査する方法論についても触れたいと思います。先に、人びとの意識の中に環境の価値や機能が含まれているという示唆を得たアンケート調査も、このプロジェクトの一環として実施したものでした。

 さて、環境意識プロジェクトで想定した人間の意識−行動モデルは、「人間は環境に対する態度・行動を決定する際に、環境意識のもとでその環境の価値判断を行っている」というものであり、「環境の価値判断には、その環境の質が影響を及ぼしている」というものです。このモデルは、人間と自然の相互作用は人びとの環境意識と環境の質との間の「環」で表わされます(図4)。

 図4の人間と環境の関係性は、図1で示した「人間−自然相互作用環」を簡略化したものです。人為あるいは自然条件によって環境の質がさまざまに変化したとき、人びとの価値判断がどのように変化するのかを解析すれば、環境の質と価値判断の関係が明らかになると考えました。「環境意識プロジェクト」では、環境変化に関する仮想的なシナリオを作成し、それに対する人々の価値判断の変動を解析することで、環境の質と環境意識の関係を明らかにしようとしました。

 この研究の意義として、環境アセスメント(環境影響事前評価)において重視されているパブリックインボルブメント(公衆参加)の一つの手法として、シナリオを用いた意識調査(シナリオアンケート)の有効性を評価したことがあげられます。シナリオに基づいた意識調査は、環境経済学における仮想評価法(CVM)やコンジョイント分析などですでに扱われていますが、環境意識プロジェクトでは、環境意識と環境の質に関する概念的な考察も含めて検討を行いました(吉岡編「環境意識調査法」2009)。

9.環境意識プロジェクト:シナリオアンケート

 シナリオアンケートの構造を考え、調査票を作成するにあたっては、人文・社会科学と自然科学の研究者が共同しなければなりませんでした。自然科学分野では、森林伐採などの人為的環境改変に対して流域環境がどのように変化するかを予測する応答予測モデルを開発しました。一方、人文・社会科学分野では、人びとが森・川・湖・里で構成される森林流域環境に対して何に関心があるかを調査(関心事調査)を実施しました。しかし、環境意識プロジェクトでは、これらの研究を別々に実施したのではなく、自然科学研究者と人文社会科学研究者が意見交換を重ねながら、つねに共同して研究を行いました(図5)。

 応答予測モデルの開発と人々の関心事調査は、シナリオアンケートを行う土台となるものであり、プロジェクトでは真っ先に取り組まねばならない課題でした。しかし、この最初の段階で、文理融合型の研究にとって一番困難であり、最重要の課題があることを思い知らされました。

 たとえば、自然科学者と人文社会科学者が、アンケート調査票の作成について、議論しているとき、数時間議論してもなかなか作業が進まないことが続きました。私のような自然科学者は、社会調査について全くの素人なので、最初のうちは調査方法について理解するためにも長い時間が必要なのだろうと思っていました。
 しかし、どうもおかしい。

 なぜこんなに時間がかかってもお互いの理解が進まないのか疑問に感じ始めたあるとき、お互いの言葉の定義が全く異なっていることに気がつきました。

言葉が通じていなかった!

 また、定義を共通にする努力は、時間と労力の無駄にしかならないことも分かってきました。それぞれの言葉の定義やそれに込められた思いはそれぞれ異なることを理解した上で、議論を進めるというお互いの忍耐力、根気が文理融合型の研究には不可欠であることを思い知りました#2

9−1.関心事調査

 プロジェクトのスタートラインに立ったところですが、何とか関心事調査のアンケート票を作成し、調査を行いました。集計結果の解析方法についても、プロジェクトメンバー間で長い時間を掛けて検討する必要がありましたが、解析の結果、人びとが森林流域に対して関心をもっていることとして、「森林景観」、「植物の量と種類」、「リクレーション利用」、「濁水(の発生)」、「水質(の悪化)」の5つの項目が選択されました(図6)。

 シナリオアンケートでは、森林流域における仮想的な環境改変のインパクトによってこれら5つの項目がどのように変化するかを応答予測モデルで予測して、環境変化のシナリオを作成します。環境経済学で用いられているコンジョイント分析#3という手法を応用して、人びとに複数の環境変化シナリオについての選好(好きか嫌いか)の判断に影響を及ぼしていると考えられる環境属性(関心事)の特定を行うという手法の開発を環境意識プロジェクトの中心課題として設定しました。

9−2.応答予測モデル

 応答予測モデルでは、森林生態系物質循環モデル、渓流水の流出モデル、湖沼物質循環モデルを連結しました。森林生態系の物質循環モデルとしては、PnET-CN(光合成蒸散−炭素・窒素、Photosynthesis and EvapoTranspiration-CN)モデルを応用しました(図7)。

 PnET-CNモデルにより、森林伐採後の植生(樹木現存量)の回復過程を推定(シミュレーション)しました。環境意識プロジェクトで対象とした北海道の森林(朱鞠内湖集水域)の広葉樹林、針葉樹林、針広混交林を伐採したあとで同じ林分が再生するときの植生現存量の回復割合をPnET-CNモデルで推定しました(図8)。モデルには、対象地域の気温、降水量などの気象データを入力してシミュレーションを実行しました。仮想的に2000年に伐採を実施して、植生現存量がなく(ゼロに)なった後の回復割合を計算しています。針葉樹と広葉樹とで生育速度が異なるため、回復は広葉樹の方が早く、伐採後50年ほどで現存量は約80%にまで回復することが分かります。針葉樹の場合は、50年では60%に達していません。針広混交林(混交率=34:66)の場合は、両者の間となっています。

 森林からは、図7の15と18のプロセスにより渓流・河川に水が排出されます。この水の流れに乗って、炭素や窒素といった元素がさまざまな形の物質として、渓流・河川に供給されます。PnET-CNモデルを使うことで、たとえば、植物にとっての窒素栄養塩の1形態である硝酸塩(NO3)の渓流水中における濃度を推定することができます。図9は、大気から雨やホコリに含まれて地上に降ってくる窒素(NO3やNH3)の量(大気窒素負荷量)を現状の2倍にしたり、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度を現状(400ppm前後)よりも高い500ppmに上昇させたときに、渓流水中のNO3濃度がどのように変化するのかをPnET-CNモデルを用いて推定した結果です。

 図9.PnET-CNモデルで計算された渓流水中NO3 濃度(未発表データ)

:現状、:大気窒素負荷量2倍、:CO2 = 500 ppm、 :大気負荷2倍+CO2 500 ppm

 大気窒素負荷量を2倍にすると、渓流水中のNO3濃度が2倍ほどに高くなること、大気CO2濃度を高くすると、渓流水中のNO3濃度は低下することが予測されました。大気環境の変化が、森林における炭素と窒素の循環の変化を通して、渓流水質に影響を及ぼしていることを示しています。

 図に示した結果から、現状のシミュレーション結果を含めてどのケースでも、春先に渓流水中のNO3濃度が上昇し、夏場に低下するという季節変動が共通していることが分かります。ところが、シミュレーションの対象とした北海道の森林流域だけではなく、日本の多くの森林流域では、夏に渓流水中のNO3濃度が図9で示されるように低濃度のまま推移することはあまりなく、むしろ濃度が上昇することが知られています。シナリオアンケートにPnET-CNモデルを応用するには、この原因について明らかにする必要がありました。

 PnET-CNモデルには、森林における水の動きを表現する水文プロセスのモデルが組み込まれているのですが、もともと北米大陸で開発されたモデルであるため、降水の季節変化は冬に雨や雪の多くなるパタンが想定されていました。これは、夏に雨の多い日本の降水量の季節変化とは大きく異なるものです。そのため、もとのままのPnET-CNモデルを日本の森林に適用すると、気温が上昇するとともに雪解け水が渓流に流れ出てくる春先に渓流水中のNO3濃度のピークが見られることは、実測値とシミュレーション結果とでよく一致するけれど、夏季には大きな差がみられるということが明らかとなりました(図10)。そこで、渓流水の流出モデルとして、日本の森林で開発された森林水文学モデルであるHYCYモデル(福嶌・鈴木1986)を使って森林流域から排出される渓流水の量を推定することにしました(*大手2009)。その結果、PnET-CNモデルにHYCYモデルを組み合わせることで、夏季に渓流水中のNO3濃度が低下しない状況を的確に再現できることが分かりました(図10)。

 図10.降水量(棒グラフ)、河川流量(灰色折れ線グラフ)と渓流水中NO3濃度の観測値(○)とシミュレーション結果(●、PnET-CNモデル;×、PnET+HYCYモデル)

 このようにして改良したモデルを用いて、森林伐採による渓流水中NO3濃度の変化を推定することにしました(図11、図12)。広葉樹を伐採した場合、伐採後5年ほどで渓流水中NO3濃度が急増しますが、その後数年で元のレベルにまで低下する結果となりました(図11上)。これに対して、針葉樹を伐採した場合は、ピーク時の濃度は広葉樹を伐採した時ほど高くはなりませんが、影響が見られる期間が長くなり、30年程度継続する結果となりました(図11中)。針葉樹と広葉樹で、生育速度(森林の回復速度)が異なり、窒素栄養塩を土壌から吸収する時間経過が異なることを反映していると考えられます。針広混交林(針葉樹:広葉樹=34:66)を伐採すると、両者の結果の重ね合わせとなり、鋭いピークのあとに裾を引いた形の時間変化になりました(図11下)。図12は、伐採前と伐採後5年、10年、50年、100年後のNO3濃度を伐採した森林の違いで比較したものです。

 図11.異なる林分の伐採による渓流水中NO3濃度の経年変化(*勝山ほか 2009より)

 図12.伐採後の渓流水中NO3濃度の比較(*勝山ほか 2009より)

 森林から流出した渓流水が湖沼に流入したあとについては、湖水の流動モデルと湖内での生物地球化学的物質循環モデルを構築して、推定することにしました。図13は、対象とした森林集水域の下流に位置する朱鞠内湖(北海道)の表面水の流動と水温の推定結果の例を示しています。また、図14は、河川から供給されたNO3濃度が朱鞠内湖に拡がって行く様子を推定した結果の例(左:無伐採、右:伐採3年後、7月9日の状況)です。

 

図13 (左図)朱鞠内湖の表面水の流動 (右図)水温のシミュレーション結果 色調で水温を矢印の向きと長さで流向と流速を表わす。
(未発表:*中田・沓掛2009aより)

図14.朱鞠内湖表層のNO3濃度のシミュレーション結果
左図:伐採しなかったとき 右図:集水域の森林10 km2を伐採した3年後の7月9日(未発表:*中田・沓掛2009bより)

 生物地球化学的物質循環モデルでは、河川から供給される栄養塩類を使って植物プランクトンが増殖し、動物プランクトンが生育するまでを推定できるように設計しました。森林伐採によって森林から流出してくる主な栄養塩はNO3であり、植物プランクトンによる一次生産にとってもう一つ重要なPO43-は、森林を伐採してもほとんど増加しません。残念ながら、朱鞠内湖はもともとリン律速の(植物プランクトンの生産がリン酸態リンの濃度によって制限されている)湖沼であるため、森林伐採により湖に多量のNO3が供給されても植物プランクトンの量は顕著な増加は見られないものと推定されました。

 しかしながら、流域に酪農地帯を持つ赤石川が朱鞠内湖に流入する河口付近では、農地由来のリン酸が供給されていることから、森林伐採によって増加したNO3を利用して植物プランクトンが増殖することが示唆されました(図15)。

 以上で、森林から湖沼までの流域の環境変化に対する応答予測モデルの構築を完成することができました(吉岡編2009)。

9−3.アンケートによるシナリオ選択実験

 モデルを利用して、いくつかの森林伐採計画について、流域の環境変化を推定し、その結果を先に上げたアンケート調査から流域の環境要素の中で人びとにとって重要と思われる5つの項目について変化の程度(水準)を設定しました。

 応答予測モデルでは、たとえば水中のクロロフィルaの濃度は、○○ mg/lなどといった数値として出力されてきますが、その数値自体を社会調査のアンケート票に書き込んでも人びとにはよく分からないものとなってしまいます。そこで、単純化するために、森林伐採の影響で5つの項目が大きく変化(劣化)する場合と小さく変化する場合の2とおりに分けることにしました。5つの項目それぞれに2つの水準(大・小)がありますので、原理的には25 = 32通りの環境変化パタン(シナリオ)が存在します。ただし、応答予測モデルによる推定の結果からは、32通りすべてが実現するわけではなく、7通りしか起こりえないことがわかりました。そこで、アンケートによるシナリオの選択実験では、実現しうる7通りのシナリオだけを使った調査票と、実際には起こりえないシナリオも含めた調査票の2通りのアンケート調査票を作成して実施しました(詳しくは、吉岡編2009参照)。調査では、3つのシナリオを示して、そのうち最もいいと思うシナリオを選択してもらう質問形式を採用し、シナリオの組み合わせを変えて8問作成して、調査票としました(図16)。この調査方法は、コンジョイント分析を用いた選択型実験(Choice experiment)と呼ばれているものです。

 調査は、全国を対象に、都市の大きさなどを考慮して調査対象者1,800名を選び、専門の調査員による面接型の調査で実施しました(回収率:約38%)。コンジョイント分析の解析の結果として、森林・河川・湖沼からなる流域において、森林を伐採するというインパクトに対して、人びとが最も気にする環境変化は、水質の悪化であるということが分かりました。森林伐採に関する意識調査として、森の環境変化に関することばかり尋ねていたとしたら、このような意識が人びとの心の中にあること(環境意識、あるいは、環境を価値判断するときの着眼点)を見つけることはできなかったかもしれません。この示唆は、私にとってとても大きく、また、重要な意味を持っていました。京都の北白川(フィールド研北白川試験地)と上賀茂(総合地球環境学研究所)の地において、時を同じくして森と里と海(湖)とが、密接に連環しているという新たな学問領域があることを実感させました。私の中に「森里海連環学」が立ち上がった瞬間だったのかもしれません。

 地球研の「環境意識プロジェクト」では、以上で紹介した他にもアンケート調査で分かった興味深い人びとの意識や、応答予測モデルに関する自然科学の成果があります。それらの詳細は、プロジェクトの成果本である「環境意識調査法 環境シナリオと人びとの選好」(吉岡編2009)にまとめています。また、総合地球環境学研究所のリポジトリでは、プロジェクトの最終報告書が公開されていますので、ぜひご覧ください(引用文献の最後に掲載)。

 次回、森里海連環学入門6「人間と自然の相互作用(3)」では、山下先生が森里海連環学入門2と3で自然科学の側面から紹介された「木文化プロジェクト」のなかで実施した社会調査の結果についてご紹介するとともに、環境意識などに関する概念的考察や、森里海連環学の教育と研究の意義について考えてみたいと思います。

引用文献
・Aber, J.D., S.V. Ollinger, and C.T. Driscoll (1997): Modeling nitrogen saturation in forest ecosystems in response to land use and atmospheric deposition. Ecological Modelling, 101: 61-78.
Collins, S. L. 2007. Integrated Science for Society and Environment: A Mechanistic Approach to Socio-ecological Research. URL: http://lternet.edu/wp-content/uploads/2010/12/Collins.pdf.
・福嶌義宏・鈴木雅一(1986)山地流域を対象とした水循環モデルの提示と桐生流域の10年連続日・時間記録への適用、京都大学農学部演習林演習林報告、57: 162-185.
鬼頭秀一(1996)『自然保護を問いなおす―環境倫理とネットワーク』、筑摩書房、pp.254.
・Lockwood, M. (1999) Humans Valuing Nature: Synthesising Insights from Philosophy, Psychology and Economics, Environmental Values, 8: 381-401.
・丸山徳次編(2004)『岩波 応用倫理学講義2環境』、岩波書店、pp.263、環境倫理年表pp.22.
・松川太一・吉岡崇仁・鄭 躍軍(2009)森林−農地−水系に関する関心事調査、社会と調査、No.3:59-64.
・高田 純(2003)『環境思想を問う』、青木書店、pp.206.
・吉岡崇仁編(2009)『環境意識調査法 −環境シナリオと人々の選好−』、勁草書房、pp.196.
・吉岡崇仁(2020)森里海連環学入門4 人間と自然の相互作用(1)
・鷲田豊明(1999)『環境評価入門』、勁草書房、pp.340.

 以下の*印のついた文献は、総合地球環境学研究所リポジトリに掲載されている研究プロジェクトの最終報告書から引用したものです。
「流域環境の質と環境意識の関係解明 -土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として- 報告書」(2009)pp.133、

*林直樹・吉岡崇仁・齋藤晋(2009)流域に関する関心事調査(3)−環境への関心と保全行動への意向−、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.90-91.
*勝山正則・柴田英昭・吉岡崇仁・吉田俊也・小川安紀子・大手信人(2009)朱鞠内湖集水域における渓流水質予測モデルの適用と水文学的改良、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.6-7.
*松川太一・吉岡崇仁・林直樹・永田素彦(2009)森林伐採計画案に対する評価とその規定要因、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.94-95.
*中田喜三郎・沓掛洋志(2009a)朱鞠内湖流動モデルの構築、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.8-9.
*中田喜三郎・沓掛洋志(2009b)朱鞠内湖生態系モデルの構築、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.10-11.
*大手信人(2009)森林流域を対象とする渓流水質予測モデルを構築する際に考慮すべき水文過程の影響について、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.3-5.
*柴田英昭・大手信人・佐藤冬樹・勝山正則・吉岡崇仁(2009)北海道北部の森林流域における生物地球化学プロセスモデルの適用、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.1-2.
*吉岡崇仁・松川太一・栗山浩一・勝山正則(2009)森林伐採によって引き起こされる流域の環境変化に関する選択型実験、総合地球環境学研究所の研究プロジェクト「流域環境の質と環境意識の関係解明−土地・水資源利用に伴う環境変化を契機として−」最終報告書、p.104-105.

【用語解説】(と言う名の独り言)

#1「価値の構造」
 環境、自然物の価値については、環境哲学や環境倫理学、環境経済学の分野で考究されてきていますが、用語の統一も図られていないようであり、私のような自然科学分野の研究者には、理解することがとても難しい課題です。本文の図3では、ごく簡単に利用価値と非利用価値について図示しましたが、そのあとで検討した価値観にまで範囲を拡げるとその図では十分説明できないと思われます。そこで、用語解説の一部として、鬼頭(1996)、鷲田(1999)、Lockwood(1999)、高田(2003)を参考にして、環境の価値に関するおよそ共通した観点を抽出して概略図を作成してみました。この図の学術的正確性には課題があると思いますが、皆さんが環境の価値を考える出発点として参考にしていただければと思います。

【参考文献】
鬼頭秀一(1996)『自然保護を問いなおす―環境倫理とネットワーク』、筑摩書房、pp.254.
 環境問題に対する取組み・活動の方向性が、環境保全から環境保護に変わるにあたって、環境には、人間にとって利益をもたらすもの(人びとの選好に関わる価値)とは全く異なる「固有価値」があるという認識が重要であったと指摘されています。

Lockwood, M. (1999) Humans Valuing Nature: Synthesizing Insights from Philosophy, Psychology and Economics, Environmental Values, 8: 381-401.
 自然物の本質的価値の中に、存在そのものに価値があるという意味の「固有価値」と、人間にはまだ知られていないが、自然物相互間で働いている「機能価値」があるとしています。そして、この機能価値について、人間が知ることによって、他の価値(人間にとって利益となる価値)が生まれると説いています。示唆に富む内容だと思います。

高田 純(2003)『環境思想を問う』、青木書店、pp.206.
 人間を世界のどこに置くかという環境哲学・倫理学的考察について、わかりやすく解説されています。この本を参考にして、上図の右側に「人間中心主義」と「非人間中心主義」の軸を設定しました。

鷲田豊明(1999)『環境評価入門』、勁草書房、pp.340.
 環境経済学における環境の価値評価について、わかりやすく解説されています。環境や自然物を金額で評価することの是非について、「問題は手続である。社会を構成する人びとの意志が、適切に反映していると、社会が受け入れるような手続きで与えられた評価価値は、たとえそれが貨幣額で与えられていても、私たちは尊重する必要があるのではないだろうか。」と述べています。環境経済学において種々開発されている環境の経済評価手法は、社会が受け入れられる手続きを目指して開発されているのだと思います。

#2「文理融合」
 総合地球環境学研究所では、「地球環境問題の根源は、人間文化の問題である」というのが設立当初の考え方でした。この発想に基づいて「環境意識プロジェクト」では、自然科学の手法と人文社会学の手法を融合させた新たな研究スタイルを提案することを目指しました。しかし、その途上で、人文社会学者と自然科学者が共同して仕事をするには、広くて深い溝のあることを思い知ることになりました。

 人文社会学は、特定の個人や特定の集落、集団のこと(以下では、個人も含めてコミュニティーと表記します)を精密に記述することを主目的とし、そのことによって人間と社会を理解するものだと思います。そのため、研究者には、如何にそのコミュニティーから情報を聞き出すか、その技量が求められます。対象となったコミュニティーには、その研究者が調査に入ったという事実ゆえに、それ以前のコミュニティーではない、つまり社会を客観的に詳細に記述することは不可能であると厳密に考える社会科学者もいますが、多くは、研究者の技量が高ければ高いほど、コミュニティーの中身がより詳細に明らかにされると考えられます。同じコミュニティーを別の社会科学者が調査すれば、また異なる側面が明かされることもあるのでしょう。そこに、研究者のオリジナリティーの大きな源泉があるのかもしれません。個別の結果が蓄積されていくのが人文社会学の進み方なのだろうと思います。

 一方、自然科学者による研究では、誰が行っても同じ結果が得られなければなりません。追試可能性を保証するため、分析手法や使用機器を論文中に明記するのは当然です。解析ソフトもそのバージョンまで記述しなければ、論文を発表することができなくなってきました。このように、自然科学研究においては、個別性ではなく一般性を尊重します。自らの研究の結果から一般則を導き出すことを目指すこともあれば、一般則から個別の結果にいたる条件を解明するというやり方もあります。オリジナリティーは、新規の現象を見つけたとか、分析手法の新規開発や独自の組み合わせなどに求められます。個別事例の蓄積は、一般則を求めるための素材と位置付けることができます。

 野家(2005)は、人文社会学を「人称的科学」と呼んでいます。「あなたは、そのとき何をしたのですか。あなたは、そのとき、どう感じたのですか?」などが問いとなります。つねに、「誰か」(多くの場合、「あなた」)が主体となって、情報が積み上げられるから、「人称的科学」と呼ばれるそうです。これに対して、自然科学は、「非人称的科学」と呼ばれています。自然科学の論文では、自然物を主語として語ることが多いです。また、多くは受動態として表現されます。たとえば、「河川水中の硝酸態窒素の濃度がオートアナライザーIIによって測定されました。」のように。日本語では違和感があるかもしれませんが、英語では「Nitrate concentration in river waters was analyzed using AutoAnalyzer II.」ですから、違和感はなさそうに思えます。

 では、人称的科学を対象としている人文社会学研究者と非人称的科学を対象としている自然科学研究者が、一つの目的に向かって共同することは可能でしょうか。これが、「環境意識プロジェクト」を進めている中で遭遇した困難な壁でした。端的に言うと、個別性を尊重する前者と一般性を尊重する後者とでは、事物に対する態度が全く異なるということに気がつくには、長大な時間が必要だったということだと思います。言葉の定義が異なるということも、共同の場面では面倒なことですが、時間を掛けて説明をお互いにしあうことで乗り越えることができます。しかし、個別性と一般性への態度の違いはなかなか越えがたいものがあります。正面突破は諦めて、違いを認めた上で、それぞれの分野のよいところを残してプロジェクトを進めることになりました。

 詳細はご説明しませんが、「関心事調査」では、形態素解析を応用して人びと(アンケートへの回答者)の自由回答を解析したり、森林や河川・湖沼、農地などの利用価値・非利用価値についての関心を網羅的に尋ねるための質問項目作成手順を定めたりしました。これらも、人文社会学者と自然科学者の何度となく繰り返された検討会の結果として生まれたものでした。

【参考文献】
 野家啓一(2005)『物語の哲学』、岩波現代文庫、岩波書店、pp.374.

#3「コンジョイント分析」
 マーケティング分野で利用される調査方法の一つです。商品やサービスに対して、顧客が望む要素は様々ですが、どの要素に重きを置いて新しい商品・サービスを開発すればよいかを判断するための統計的な手法です。

 自動車メーカーが新車を開発しようとする場合、顧客が、新しい車に期待・要望するであろういくつかの項目(属性という)とその種類(水準という)を取りあげます。例とし下表では、車体のタイプ、エンジン排気量、内装、車体の色、価格という5つの属性に対して、それぞれ3つの水準を設けてみました。

 この例では、合計で、35 = 243通りの新車を考えることができます。しかし、これら全ての組み合わせについて、人びとの選り好み(買ってもよいかどうかの判断、選好)を尋ねることは非現実的です。そこで、コンジョイント分析では、統計的な手法で適切に選ばれた少数の組み合わせを用います。回答を統計的に解析することにより、どの属性のどの水準が、新車購入に関わる人びとの選好にもっとも効果があるかを推定することができます。また、それぞれの属性の水準が車の価格にどれだけ貢献するのかを推定することも可能です。このようにコンジョイント分析によって、新車開発の方針(重要な属性とその水準)を定めることが可能となります。詳しくは、以下の参考文献をご覧ください。

【参考文献】
 大野栄治(2000)『環境経済評価の実務』、勁草書房、pp.182.
 栗山浩一・庄子康(2005)『環境と観光の経済評価 国立公園の維持と管理』、勁草書房、pp.280.

【連載】森里海連環学入門-森里海のつながりをひもとく