回遊性エビ類から、森里海の連環を読み解く

海洋生物系統分類学分野 大和 茂之


 昨年から、古座川でエビを調べています。川に住むエビ類は、一生の間に、川と海を行き来します。雌の腹部に抱かれた卵は、孵化すると海へ下り、プランクトン(ゾエア幼生)としてしばらく過ごして後、稚エビとなって再び川を遡り、川で成長します。

 このような川と海を移動することは「通し回遊」と呼ばれ、魚類では古くから注目されて来ました。産卵のために、生まれた川へ遡るサケ(遡河回遊)や、マリアナ付近の太平洋で産卵するウナギ(降河回遊)などは、誰もがその行動の精巧さに感嘆するものでしょう。一方、アユやハゼ類のようにほんの少しの期間だけ海に下るもの、またスズキやボラのようにほんの少しだけ川へ昇るもの、これらは、必ずしも繁殖のための移動とは一致しない回遊として、「両側回遊」と呼ばれています。

 川エビ類の回遊も両側回遊です。生活様式も繁殖様式も異なる魚類と甲殻類で、なぜ同様の回遊が行われるのかと考えたことが、エビの研究を始めたきっかけでした。もちろん、フィールド研が提唱する「森里海連環学」の材料としても、適したものであると考えました。昨年一年間は、古座川全域で、エビ類を採集して回りました。その結果、10種のエビ類が発見され、それぞれの種類が上流・中流・下流のどのような生息環境を好むのか、おぼろげながら見えて来ました。また、七川ダムより上流ではエビ類は見つかっておらず、ダムは、水質への影響だけでなく、海から昇って来る生物の障壁となっているようです。

 海の生物を研究して来た者として、これまで、川はまったく異質の世界でした。山に降った雨が流れくだり、その途中でいろいろな物質を溶かし込み、それらが海へ流入するのだとしても、せいぜい出口から垣間見るようなものでした。しかし今は、エビを通して、川における生物活動の一端を覗いてみたいと思っています。そして、なぜ稚エビは川へ昇るのか、なぜゾエア幼生は海へ下るのか、そんなことを考えることが、エビ類にとっての海と川(そしてその背後にある森や里)の意味を読み解くことであり、ひいては「森里海連環学」への新たな視点を提供するものと考えています。

ニュースレター8号 2006年8月 研究ノート