ポケゼミ報告2012「森里海のつながりを清流古座川に見る」

里地生態保全学分野 准教授 梅本 信也

 2012年8月20日(月)から24日(金)まで、紀伊半島南部の古座川流域と串本湾岸域に拡がる合計約400km2に展開する里域生態系構成要素連環の実体感を素材にしたポケゼミが行われた。法学部、総合人間学部、農学部1回生の合計6名が参加した。聞取り調査期間は南方海上に位置する台風14、15号の影響で大気が不安定であったが、昼間は天候に恵まれた。照葉樹林に囲まれた紀伊大島実験所宿泊棟での共同生活は節電、節水を励行しながらも軽快に、そして朝晩は緑風によって涼しく過ごせた。
 初日は、京都大学における新人教育用に設置された少人数セミナーの意義と経緯を紹介し、資源博物学的調査方法や調査時の諸マナーの説明を行った。「古座川合同調査報告集・第1、2、3、4、5、6巻」、「清流古座川物語」、「里域食文化論入門」、「里域震災論入門」、「紀伊大島のイノシシ」、調査用地図などの資料や調査用野帳を必要に応じて配布、古座川流域と串本湾岸域の概観、地形、気象、植生、土壌、生物相、文化相の概要を把握させた。今年度は古座川ならびに串本湾岸域の各地区における宗教関連植物の多様性と起源や変容を聞き取りと観察によって探らせることを通じて、社会人としての礼儀や作法を実地研修させながら、諸要素の通時的、共時的連環を体感させることにした。具体的には古座川流域および串本湾岸域における宗教儀礼に供される植物の種類、入手方法、加工方法、献花様式、処分方式を地域構成要素とどのように結びつけて住民が捉えているのか、供花文化相にどのようなパターンがあるのかを調査させた。
 第2日は各班2名からなる合計3班を編成し、古座川河口域の串本町中湊地区や古座川町高池地区、串本湾岸域の串本町樫野地区を訪問し、景観観察とアポなし聞き取り調査を行い、情報提供者ごとの基礎カルテを作成した。この種の調査は学生にとって全くの初体験であり、南紀方言の問題、知識不足、動的会話力の未熟さ、学生同士の心的距離の問題なども相まって最初は明らかな戸惑いがあったが、聞取り相手の心に自己の心を同調させる術を自ら体得し、聞取り技術が急速に向上していった。公用車による移動距離は120kmに達し、移動中の車内では地域の概要を説明しながら、積極的な仮報告や議論が続いた。例年通り、学生の目が本来の輝きを取り戻し、他人への心配りが日に日に向上した。
 第3日は中流域の古座川町高池地区と串本湾岸域の串本町大島地区で調査を展開した。調査技術は格段に向上、動的会話力も見違えるほど進歩した。
 第4日の午前中は追加補充ならびに仮説検討のために古座川中流域の古座川町明神地区と串本湾岸域の串本町樫野地区で調査を展開、午後はデータの総括的整理やレポート作成作業に入った。まず、基礎カルテを集結、全員で取得した情報の共有化を図った。分量はA4のレポート用紙で厚さ2.5cmにもなった。集成した情報を踏まえて、森里海連環、古座川と串本湾岸域、供花文化、地域性、歴史変容といったキーワードで構成される共同レポートを作成した。教科書的な世界とは異なり、現実の里域フィールドを構成する諸要素は複雑に繋がっており、驚異や多様性に満ち、さらに事実には重層性や奥行きがあることを学生は実体感できたようだった。
 第5日目は、宿泊施設の片付け、発表会、レポートならびにポケゼミアンケート提出が行われ、正午前に解散となった。例年通りではあるが、共同での調査作業、共同での宿泊生活を重ねていく過程で、学生の顔や言動にエネルギーが満ちていくのが指導教員として改めて嬉しく思われた。なお、本ゼミの活動の一部は2012年9月1日付け紀伊民報4面に掲載された。(2012年8月24日、9月1日追記)