芦生研究林の地上権契約を更新を終えて

芦生研究林長/森林育成学分野 准教授 石原 正恵

 芦生研究林は,農学部の設置前である大正10(1921)年に99 年間の地上権契約のもと始まりました。大学の施設として何もないところに庁舎や宿泊所,林道,橋等が建設されました。度重なる豪雨・台風などの自然災害,戦争,ダム建設問題,木材・木炭生産から保全的管理への転換,分収方式から地代方式への変更,研究教育の場としての発展,京都丹波高原国定公園の設定などを経験してきました。そして99 年契約が2020 年4 月に終了し,2020 年4 月4 日より新たに30 年間の契約を京都大学と南丹市の間で3 月16 日付で締結し,2021 年4 月には100 周年を迎えることができました。契約更新においては,フィールド研,京都大学,地元地権者,南丹市とが度重なる協議を行いました。

芦生研究林はなぜ必要か?
 芦生研究林は原生的な冷温帯林の教育・研究サイトとしては西日本最大の規模となっています。その面積の約半分は過去100 年間,人の手が入っていない森です。中には樹齢200~300 年以上のアシウスギとブナなどの落葉広葉樹からなる原生的な天然林が残っています。由良川の源流から4 次谷までを含み,また標高は355m から959m に及び,滝や岩壁を含む複雑な地形となっています。広大な面積は,森の研究だけでなく,広いエリアを移動する哺乳類や鳥類,河川の規模や環境によって変わる魚類などの河川生物,フィールド研が全国に先駆けて研究を進めてきた森里海連環学の研究・教育を推進するために不可欠です。さらに貴重な生物相が現在まで残されており,生物多様性の保全および生物地理学の面からも重要な地域です。例えば,シダ・種子植物だけで約1000 種(亜種・変種等含む。)が生育し,うち約200 種は全国・京都府下で絶滅が危惧される種で,ゼンテイカなどの氷河期の遺存種も見られます。近年でも,アシュウハヤシワラジムシという土壌節足動物の新種が発見され,着生ランであるフガクスズムシソウの生育が北近畿で初めて確認されており,現在も生物相の解明を進めています。このように,京都市内から車で2時間弱という近距離にありながら原生的な森と川,さらに多様な生物に触れることができるため,年間約3,400 人(2019 年度)の全国・海外の大学や研究機関の学生や研究者が利用しています。
 森林ならびにその環境に成立する多様な生物相は数十年から数千年,数万年という長い時間をかけて作られたものであり,また実験室内で再現できないため,そのメカニズムを解明し,変化を捉えるには,長期フィールド研究が不可欠です。人為撹乱の影響が最小限に抑えられ,長期間利用できることが保証され,様々な長期データが蓄積されているからこそ,生物相と森林・河川生態系の変化を精度高く捉えることができます。こうしたことから,芦生研究林は,長期間モニタリングや研究を行うことを目指す「モニタリングサイト1000」(2003 年に開始され,環境省が100 年間モニタリングを継続するサイトとして認定し,モニタリング経費の一部を負担するプロジェクト),国際長期生態学研究ネットワーク(ILTER)ならびに日本長期生態学研究ネットワーク(JaLTER)のコアサイトにも認定されています。

これからの芦生研究林
 芦生研究林は次の30 年間で「様々な生き物が棲む森,多様な人がともに学ぶ場」を目指しています。芦生研究林では2000 年頃より,シカによる植生の過採食,そしてそれに起因する生物多様性の喪失と生態系の劣化が顕在化しました。2006 年より,多様な研究者,行政,猟友会,地域団体,市民ボランティアと連携しながら,防鹿柵の設置とシカの捕獲とによる生態系回復に取り組んできました。しかし,現状では一部の地域や植物種を守れているだけで,芦生研究林全域や多様な生物相を守れていません。かつての豊かな森を再生するには,多くの方のお力を借りながら,さらに30年以上の長い取り組みが必要です。
 またこの100 年の歴史を振り返ると,芦生研究林のもう一つの特色として,社会の様々な関係者との関わりが深いことが挙げられるのではないでしょうか。ときにはダム建設問題や度重なる災害,林道・森林軌道などの整備,雇用の創出,野生動物による被害など,芦生研究林は地域とともに歩んできました。1990 年代からは,地元ガイドツアーを受け入れ,ガイド養成やルールづくりを協働して実施し,一般市民と大学をつなぐ役割も担ってきました。今後は,こうした芦生研究林の森と人の関わりの歴史自体を教材とし,SDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指す学際フィールド教育拠点として発展させていくことを目指しています。2015 年には「人と自然のつながりを学ぶ森林フィールド教育共同利用拠点」として北海道研究林・上賀茂試験地とともに文部科学省に認定されました。社会科学・人文学などの分野や留学生・海外大学にも実習を提供し,ガイドの方たちと協働した生物相の解明や,社会人教育プログラムも実施しています。また学問分野の壁を超えて,研究者と地域の多様なステークホルダーが協働し,森の保全と里の持続性を目指す実践型の超学際研究プロジェクトを2018 年より始めています。
 多くの教職員ならびに関係者の皆さんのたゆまない100 年間の努力のうえに今日があることは決して忘れてはなりません。予算減,施設の老朽化,災害の激甚化,気候変動,利用者の多様化など課題が山積していますが,芦生研究林基金へのご寄付を始め(第3 章1 項1 節 p.61 参照),多くの方のご支援・ご協力があることは,我々を大変勇気づけてくれています。貴重な芦生の森を将来世代に引き継ぎ,多様な人がともに学ぶ場として発展させていくため,引き続き皆様のご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

年報18号 2020年度フィールド研2020年度の主な取り組み