里山資源保全学分野 西村和雄
有機農業をフィールド学の対象にして四十年近くになってしまった。この間,奇異な体験をかなり濃い密度で体験し続けてきた。その経験を通じて言えることを,この際はっきりと言うことにしよう。有機農業と言うフィールドがあると思っているのは私だけかもしれないと、しょっちゅう思い起こすことがあるが,それもそのはず、いまだに有機農業というのは「江戸時代に逆行する農業形態」だとか、「農薬と化学肥料なしで満足な収量が得られるはずはない」など、異口同音に言うことが常態化している。中には「平成元年は有機農業撲滅元年だ」などと恐ろしいことを宣った教授が関東地方のどこかにいたが、どうも我々のように有機農業をフィールドにしている連中は、科学以前の石器時代に近い存在だと思われている節がある。こうした突っ込みだけは被りたくないのだが、大学というところで還元主義的な解析方法論が意識されることすら少ないままに直進すると,高速で走らせるほど動体視力の及ぶ視野範囲が、しだいに狭くなるのと似てくるのかもしれない。
この点,有機農業のフィールドは実に緩速である。作物の生育速度とともに歩むと言うほど生易しいものではなくて、土の成長速度に歩速を合わせなければならないほどゆっくりしたスローライフそのものである。ご参考までに写真を二例見ていただこう。一枚目の写真は、筆者が某量販店におもむき、購入した市販のジャガイモの写真である。キャプションとおりにそれぞれ耕作者の特徴と旨い不味いを示してある。このジャガイモは有機でなく慣行農業の産物であるが,形態と食味の関係が如実に出る好例だとおもう。
次の一例は、同じ品種のタマネギが違う形をしてくる理由なのだが,生長に見合った時期に適正な量の養分を施用すると、しないのとでは、これだけの差が出るとのである。なかには二つに切ると,中の鱗片が一部茶色く腐っているのが見受けられるが、これとて外見から簡単に見分けることが出来る。それほど作物の形態と生長の仕方とは密接な関係があるということ。ましてや土と言う対象ともなれば、つきあい方には人よりも難しい点が多々あるように思えてくる。特異なフィールドではある故に、興味は尽きない。
ニュースレター12号 2007年11月 研究ノート