森林育成学分野 准教授 伊勢 武史
人はなぜ,自然を愛し,自然にいやされるのだろう。便利な都会で暮らしていても,なぜときとして森に行きたくなるのだろう。こんな疑問について,科学的な切り口でいどむのがこのILASセミナーの特徴だ。この授業では,森林が現代人の精神的幸福に貢献するメカニズムを探る。従来の「自然保護ありき」で語られる環境保全ではなく,進化生物学や心理学などの客観的な視点から,人々が森を心地よく思い,愛し,敬う感情とは何か・その感情はいつどこで生じるかを考える。近年開発されたポータブル脳波計などの機材を用いることで,従来は研究がむずかしかったフィールドでの人間行動と感情についての実験と研究を進めた。これまでは文系の学問で漠然と語られるだけだった「自然のなかでの感動」を,科学で解明することを学生とともに目指した。
その成果として,京都を取り巻く自然の価値について,特に文化的生態系サービスについての知識を得,また実際に観光客に人気の森林環境を体験することで,エコツーリズムが果たす役割とは何か,今後の社会にどのような貢献を果たすかを考えることができた。フィールド調査学習では,仮説を立て,調査によって検証し,考察するというプロセスを体得できた。参加学生にとっては,森で生じる感動とは何かを考え,人にとってそれがどのような意味を持つかを分析する経験になっていれば喜びである。
例年は芦生研究林にて2泊3日の合宿形式で開講していた本セミナーであるが,新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け,今年度は3日間連続・日帰り形式で開講した。第1日目である8月31日は吉田キャンパスにて座学および予備実験を行い,芦生研究林における本実験の仮説設定と実験デザインを行った。第2日目の9月1日は芦生研究林を訪れ,大カツラ周辺にて実験を行った。第3日目の9月2日は再び吉田キャンパスにて,データの取りまとめとプレゼン発表を行った。
これらの学習によって,人間の心理にとって自然の持つ役割は何かを,仮説を立て,調査によって検証し,考察するというプロセスを提供した。近年開発されたポータブル脳波計やウェアラブルカメラなどのデバイスを用いることで,人間の行動や感情を詳細に記録するビッグデータ科学の初歩を学んだ。学生はグループごとに,来訪者にとって自然のもたらす精神的・文化的効果を明示的・定量的に調べ,森に対する気持ちについての普遍性や法則性を探ることができた。
年報18号 2020年度実習報告