沿岸複合生態系プロジェクト(CEC:Coastal Ecosystem Complex)

里海生態保全学分野 教授 山下 洋

 「国家基幹研究開発推進事業:海洋資源利用促進技術開発プログラム(海洋生物資源確保技術高度化)『沿岸海域複合生態系の変動機構に基づく生物資源生産力の再生・保全と持続的利用に関する研究』」という,かなり長いタイトルのプロジェクトを行っている。長いのはタイトルだけではない。平成23年度から10年間という,わが国ではほとんどみられない長期間のフィールド研究プロジェクトである。
 沿岸海域は,熱帯林と並んで一次生産の最も高い生態系から構成される。高い生物種の多様性とそれに支えられた資源生物生産の場として,沿岸海域は人間生活にとって重要な価値を持っている。また,沿岸海域は相互に連環する個生態系(河口干潟,岩礁藻場,外海砂浜など)から成る複合生態系として成立している。本プロジェクトは,生物生産の場としての沿岸海域複合生態系の構造,機能,変動の特性を把握し,生態系サービスを尺度として,複合生態系の保全・再生と持続的利用の方策を構築することを目的としている。東京大学大気海洋研究所が文部科学省から事業委託され,京都大学フィールド研は東京大学から再委託を受けて,東京大学大気海洋研,香川大学農学部および水産総合研究センターと共同でプロジェクトを実施している。
 京都大学では,由良川下流・丹後海・舞鶴湾を主要な調査フィールドとして,河川から沿岸海域の物理・化学環境,基礎生産・餌料生物生産,生物群集・食物網構造,スズキ・ヒラメ・マナマコによる複合的なハビタット利用様式の研究を進めている。これまでに,雪解け水の丹後海への流入によるエスチュアリー循環の強化を通して冬春季に基礎生産が急激に上昇し,それを利用した動物プランクトン生物量の増加,餌生物の増加に対応して沿岸魚類が産卵すること,スズキ個体群の3割が河川下流域を稚魚期の成育場として利用すること,ヒラメは西方から移入する西方群と若狭湾に定住する地先群の2つの個体群が時期を違えて同じ場所を成育場として利用すること,マナマコでは産卵,幼生の輸送,夏眠に関する生態などが明らかになってきた。とくに,スズキ稚魚は4~5月に個体群の一部が由良川に入るが,4月上旬頃まで河口の海側に滞留していた個体のうち,からだの小さな個体が川へ入り下流域の豊かな動物プランクトンを摂餌して,海に戻る夏には海に残った個体と同じサイズにまで成長することが分かった。また,2011年11月から2014年の9月までの予定で丹後海の4個所に係留系を設置しており,海水の流動,水温・塩分,クロロフィル量の時空間的な変化が詳細に調べられている。今後,係留系による3年間のモニタリング結果と生物情報の解析により,沿岸資源生物の生産機構と資源生物によるハビタットの複合的な利用のメカニズムを定量的に明らかにしていく。現在,これまでに得られた結果を用いて,Delft3Dとアトランティスにより生態系モデルを構築しつつあり,事業期間の後半にはモデルによる予測や生態系サービスの評価を行い,沿岸生態系の新たな管理方策の提案へと展開する予定である。これまで3年間の研究により,すでに50編の学会発表,7編の国際誌論文,2編の国内誌論文が成果として公表された。

年報11号