小笠原諸島西之島総合学術調査に参加して

基礎海洋生物学分野 中野 智之

 新たな島が誕生し、生物の遷移が起こり新たな生態系が作られていく-その逆に島が無くなり、そこにいた個体群が消滅する。地球の歴史の中で幾度となく繰り返されてきたことです。2013年、小笠原の西方に位置する西之島が噴火し、今まであった島を飲み込み〈新たな島〉が誕生しました。これまでに島の誕生が観察された例はいくつかありますが、どれも隣接した島までの距離が近く、すぐに同じような生態系が作られていきました。しかしながら西之島は最も近い父島ですら130m も離れており、海洋島としての生物の遷移を観察する事ができる初めてのケースです。京都大学瀬戸臨海実験所では、和歌山県田辺湾に浮かぶ畠島を管理し、そこで“海岸生物群集一世紀間調査”として海岸生物群集の長期モニタリングを行っています。その経験を西之島のモニタリングに生かしてほしいと声がかかり、環境省による令和元年度西之島総合学術調査への参加が決まりました。

 調査は2019年9月1~11日の日程で行われました。調査隊は、鳥、昆虫、植物、海洋生物、火山、地震の専門家の10人の研究者とサポート隊7人の計17人で構成されました。神奈川県の三崎港を出港し、片道50時間の船旅でした。3日目の早朝、西之島を眼前に捉えました。先発隊から「火山ガスが出ているかも知れない」と報告があり、一時船上で待機を余儀なくされましたが、安全性が確認され、予定時刻より遅れて上陸開始となりました。想定されていたような荒波は無く、非常にスムーズに上陸できました。上陸調査は、外来種を持ち込むことが無いように、海に飛び込んでから体をすすいで上陸するウェットランディング、持ち込む道具は新品相当のものを使うというルールの下で行われました。

 上陸してすぐ「これは海の生き物はあまり居ないな」というのが率直な感想でした。海岸線の多くは新しい溶岩が崩れてできた礫浜~砂利浜で、餌となるような藻類があまり付着していなかったからです。浜の隅々まで探し、潮間帯の海洋生物は貝類4種、カニ類2種、魚類1種が見つかりました。私が専門としているカサガイ類の1種であるシワガサがいたことには驚きました。なぜなら浮遊幼生期というプランクトンの期間が2~3日と非常に短い分類群だからです。対照的に、この他に見つかったタマキビ類やカニ類は浮遊幼生期が3~4週間と長く、遠方まで分散できます。この調査の結果、2013年からの噴火活動で海岸生物は一度死滅し、その後、新たに遷移が始まっていることが分かりました。今後、100年間のモニタリングを目指す予定でしたが、2019年12月より再噴火が始まり、2020年9月には西之島全体が火山灰で覆われました。おそらく西之島の生物は再度死滅したと思われます。次回の調査は今のところ未定です。

 私は船酔いが酷く、これまで全ての乗船調査を何かしらの理由を付けて断っていました。しかしながら今回の調査では世界初の事象を観察しに行くという事で、勇気を出して参加しました。調査期間中に台風が発生し南硫黄島まで避難するなど様々なことがあったものの、この調査で得られたものは非常に大きいものでした。

ニュースレター52号 2020年11月 研究ノート