森林を守ることが 海の生物多様性を守ることにつながる

森里海連環学教育研究ユニット 山下 洋

 京都大学フィールド科学教育研究センターは、2003年の設立以来森里海連環学を教育研究の柱として活動してきました。これまでの約20年に及ぶセンターの研究により、森から海までの生態学的なつながりに関して多くの研究成果が報告されましたが、いずれも森里海のつながりの一部を捉えたものであり、森里海連環の全体像に迫る内容ではありませんでした。森里海連環学教育研究ユニットは、日本財団との共同事業として実施したLink Again Program(以下、LAP)の中で、北海道大学水産科学研究院および国立環境研究所と共同で、環境DNA メタバーコーディング(eDNA)法という最新のフィールド調査手法を用いて(写真1)日本全国で調査を行い、「豊かな森が豊かな河口域を育む」ことの科学的な証拠を示すことができました(Lavergne 他2021)。
 九州から北海道まで全国22の一級河川の河口域で2018年6~8月に一斉に採水調査を行い、eDNA 法により魚類62科、132属、186種の生息が確認されました(図1)。この中には、49種の環境省レッドリスト掲載種と7種の外来種が含まれます。これらの魚種組成と各河川の多様な環境項目および流域の土地利用との関係を解析した結果、流域の森林面積率と河口域のレッドリスト種数との間に統計的に有意な正の関係のあることがわかりました。一方、水田以外の農地率がレッドリスト種数に負の影響を与えていることも明らかになりました。森林や農地が河口域のレッドリスト種の生息に影響するメカニズムは今後の課題ですが、森林については河川流量を適度に安定化させる保水力や水圏生態系に悪影響を与える微細粒子の排出を抑制するという正の効果、農地は逆に微細粒子や農薬を河川に排出する負の影響が原因の一端であると推察しています。本研究では、全魚種数と河川環境・土地利用要因との間に関係は認められませんでした。レッドリスト種は環境の変化に順応できないために希少化していることから、人間活動の影響を受けやすいことが考えられます。また、LAP の一環としてeDNA 調査点を河口から沿岸域まで拡大したKume 他(2021)の研究では、流域の人口密度や河口・沿岸域のコンクリート護岸が生息魚種数に負の影響を与えており、多様な人間活動が魚類の生息に不適な環境変化を引き起こしていることが明らかになりました。
 LAP により、森林の存在自体が河口域の環境や生態系の保全に関係していることが示され、地球環境問題に対処し持続的な共生圏をめざすうえで、森から海までのつながりという広い視点の重要性が明確になったと思います。

・Lavergne et al.(2021)Effects of forest cover on richness of threatened fish species in Japan. Conservation Biology. DOI: 10.1111/cobi.13849

・Kume et al. (2021) Factors structuring estuarine and coastal fish communities across Japan using environmental DNA metabarcoding. Ecological Indicators 121.107216. DOI: 10.1016/j.ecolind.2020.107216

参考ページ 森林を守ることが海の生物多様性を守ることにつながる
   

ニュースレター56号 2022年2月 研究ノート