ジュゴンの受動的音響観察と音響バイオロギング

海洋生物環境学分野 市川 光太郎


 2003年からジュゴンの受動的音響観察をしてきました。ジュゴンは目視で観察することが難しいため、鳴き声を録音して彼らの行動を調べます。私たちがすることは海中に録音機を置いておくだけ。データがとれるかどうかはジュゴン次第なので、この観察方法を“受動的”音響観察といいます。
 タイ国タリボン島の海底に設置した録音機にはピヨピヨピーヨと、まるで小鳥のようなジュゴンの鳴き声がたくさん録音されていました。鳴き声の頻度は特に夜明け前や小潮の期間に高くなります。ジュゴンの生活リズムは日周や潮汐に影響を受けているようです。
 鳴き声の機能を調べるために水中スピーカで鳴き声を再生してみると、ジュゴンは鳴き返してきました。しかも、遠くにいる個体ほど大きくて長い声を発していたのです。このことはジュゴンが他個体の声を聞いただけで個体間距離がわかることを示唆しています。互いに鳴き交わしながら自分の位置を伝えあっているのですね。
 とはいえ、すべての個体が鳴くわけではありません。ジュゴンが鳴く海域は単独個体だけが利用する特定の狭い海域に限定されていて、母仔ペアはあまり鳴かないという結果を得たときは驚きでした。こうなると、誰がどんなときに鳴くのか、とても気になります。
 個体に記録計を装着するバイオロギングは、鳴き声の謎を解くのにうってつけの方法です。ジュゴンを捕獲する必要があるのですが、オーストラリアの研究者はなんと船でジュゴンを追いかけて飛び乗るという方法を考案しました。その名も“ロデオ法”!私もロデオ法におっかなびっくりで挑んでなんとか習得しました。
 この方法をひっさげて意気揚々とむかったのはアフリカのスーダン。ジュゴンの音響バイオロギングに初挑戦しました。共同研究者と捕獲練習を繰り返し、アフリカ大陸初の捕獲が成功したときは皆で興奮したものです。ジュゴンから回収した録音機には尾びれを振る音が記録されており、そのパターンから休息と遊泳を判別したところ、ジュゴンは夜間に捕獲された場所に戻って休息していることがわかりました。バイオロギングをすると個体数は限られるものの、詳細な行動パターンを調べられます。
 今後、音響バイオロギングと受動的音響観察を併用してジュゴンの謎をどんどん解き明かしたいです。

(上記の内容を「ジュゴンの上手なつかまえ方-海の歌姫を追いかけて」(岩波科学ライブラリー、1,300円(税別))というタイトルで上梓しました)

ニュースレター35号 2015年2月 研究ノート