人はなぜ、森で感動するのか。その多面性から本質へ

森林育成学分野 伊勢 武史


 2014年8月に開催された京都大学学際研究着想コンテストで、僕のグループは最優秀賞をもらいました。この研究をご紹介します。僕は自然の研究をしています。大学で自然について学び、もっと知りたくなって大学院に進み、結局大学の先生になりました。僕がそもそもなぜこの研究をしているかというと、自然に感動したのが原点です。僕ら研究者は、「自然が好きでもっと知りたい」と思って生物学・生態学・林学などをやりますが、こういう学問の成果は「この生物が何匹いた」というような乾いた数字。本当はその発見に感動しているけど、論文には自分の感動のことなんて書かない。感動を書いたって業績にならないから。ところが感動からスタートしてないと、僕はこの仕事をやっていないと思うのです。
 森の自然で感動することは、専門家に限らず一般市民にもあります。森に行きたい。行けないにしても、都会に公園や街路樹がほしいと思う。こういう感情とはいったい何なのか、正面からぶつかってみるのがこの研究です。「森の感動」と言っても、それは森のうつくしさ?それとも神々しさ?いやし?いろいろ多面的に考える対象があります。さらにこの研究では、多面性の羅列だけでおわらず、普遍的な知にたどりつきたい。その集約点が、人間が進化の過程で獲得した、森を愛し、敬うこころの解明なのです。僕は進化生物学者ですが、なぜ人間がその感覚を獲得したかが知りたい。「自然への感動なしに、保全も研究もできるわけがない」。森が好きで強くこころを揺さぶられるから、僕らは森を守ろう、あるいは研究しようと思う。これは自然保護のそもそもの意味の解明でもあるのです。
 僕は無神論者ですが、人間に信仰心があるのは知っています。それはまさに自然のなかで発生したアニミズムが原初です。自然と人のこころの関係を、生物進化の切り口から解明していきます。共同研究者は3人いて、まず、こころの未来研究センターの鎌田さん。宗教哲学が専門。しかし僕と発想の原点は共通していて、自然に対する畏敬の念を解き明かそうと考えています。続いては芸術で、京都造形芸術大学の銅金さん。もとは植物の研究で博士を取られた方で、人間と自然の関係をアートで表現する芸術家でもあります。そして京都精華大学の小松さん。「音」が専門。森ではいろんな音がまじりあって、僕らをつつみ込む音環境ができている。これと人の感情の関係を研究しています。
 この研究のチャレンジは、宗教・芸術・音楽という感覚を人間が獲得した意味を、進化生物学でまとめることです。人間は森を心地よく感じ、愛し敬う感覚を持っていて、ここから派生したのが宗教やアートだともいえる。そしてこの感覚が、古代の人間の生存と繁殖にどのように貢献したか、なぜ現代人にも引き継がれているかを考える進化心理学でもあります。森で感動が起こるメカニズムをさぐり、現代人が森から学びなおすことに還元していきたいと思います。

ニュースレター35号 2015年2月 研究ノート