沿岸資源管理学分野 上野 正博
舞鶴湾の漁業はいま,かってないほどに低迷しています.湾内でほぼ一生を過ごし主な漁獲対象になっているナマコとアサリの漁獲量をみてみましょう.ナマコは80年代中頃に急減し,現在まで長期低落傾向.かっては150トンくらいあった漁獲が1/3以下に落ち込んでいました.ここ数年は中国への輸出が好調なため少し持ち直していますが,それでも最盛期の半分くらいです.一方,アサリは90年代前半から中頃に急減し,バブル崩壊後の日本経済に歩調を合わせるかのように「失われた10年」を歩み,最近では最盛期の1/10くらいにまで落ち込んでいます.
一方,この間に舞鶴市の下水道整備は着々と進んでいます.舞鶴の下水道は東浄化センターが1965年に運用を開始し,まず東地区で整備が始まりました.本格的に下水整備が進み始めた80年代になると,東地区を流れる与保呂川は一気にきれいになりました.その後もどんどんきれいになり,最近ではヤマメやイワナが暮らせるほどの水質になっています.95年に西浄化センターが運用を開始すると,西地区を流れる高野川もどんどんきれいになり,いまではアユがふつうに暮らせるくらいの水質になっています.
下水道の整備で一気にきれいになった川に比べ,舞鶴湾はなかなかきれいになりませんでした.しかし,西浄化センターが運用を開始したころから東西両湾ともどんどんきれいになり,2000年前後には環境基準A類型(COD2mg/l以下)を達成することが多くなりました.ところが2005年頃からまた汚れ始め,元の汚い状態に逆戻りしています.
水域の有機汚濁は河川については分解しやすい(易分解性)有機物量の指標であるBODで測定され,海域や湖沼などの停滞水域では分解しにくい(難分解性)有機物も併せて指標するCODで測定されています.したがって,河川のBODが減少したことは,易分解性有機物を分解処理して減少させる下水処理場が機能していることを示しています.易分解性有機物が河川をドブ化した最大の要因であることを考えれば,下水処理場はその所期の目的を果たしていると言えそうです.
一方,いったん減少した海域のCODが再び増加し始めている現状は,難分解性有機物量が易分解性有機物負荷量の減少を上回って増加していることを示しています.下水処理場は流入する難分解性有機物の一部を沈殿によって除去するものの大部分はそのまま放流し,さらに易分解性有機物の分解産物として新たに難分解性有機物を作り出します.それでも下水処理場への流入負荷量が一定なら海域のCODも減少したままになるはずです.近年のCOD再増加現象は流入負荷量がどんどん増えていることを意味してます.
最近の日本人のきれい好きは「無臭」こそ最高のお洒落などと,生物であることを拒否する病的なところまで行き着いてしまいました.毎日どころか朝晩お風呂に入り,一度でも身につけたものはすぐ洗濯するのが当然.その結果,お風呂や洗濯で使われる洗剤やシャンプーなどによる有機汚濁負荷は屎尿による負荷より遙かに多くなっていて,これこそが負荷量を押し上げている最大の要因と疑われています.本当に環境問題を考えるなら「せめて風呂は二日に一回」が最近では私の授業のテーマです.
さて,実は日本中の海で舞鶴湾と同じように,「下水道が整備されて川はきれいになったのに,海はきれいにならず生物が減っている」ことが報告されています.なぜ海がきれいにならないかだけで紙数が尽きたので,なぜ生物が減ったかについてはまた別の機会に.
ニュースレター20号 2010年8月 研究ノート