総合博物館春季企画展を終えて-入館者1万人の先に広がる世界-

フィールド科学教育研究センター長 田中 克


 平成16年度春季企画展「森と里と海のつながり-京大フィールド研の挑戦-」が行われた。この企画展は、国立大学が大学法人へ移行し、社会へ開かれた大学へと自己変革する中で、フィールド科学教育研究センターが総合博物館との連携により、大学の知的財産を広く社会に公開し、新しい流れを生み出すことを展望して企画された。
 総合研究大学としての京都大学には極めて多様な分野にわたって優れた基礎研究が集積され、それらの中から特色ある分野が年2回の企画展として紹介されてきた。従来の企画展は学術的には極めて高いレベルにあるが、その多くは一般市民には近づきにくい世界との印象が強く、博物館は“敷居の高い”存在と思われがちであった。今回の企画展は昨年4月に森関係と海関係の現地施設を統合して新たに発足した当センターの研究教育の実績や多様な標本類を公開し、さらに新しい統合学問領域としての「森里海連環学」の創生を通じて危機に瀕する自然再生の世論を喚起することを目的に開催された。
 このような目標に近づくためには、1人でも多くの市民や次代を担う小・中・高生に見てもらうことが重要と考え、“見学者1万人”という目標をかかげ、あらゆる可能なメディアを通じて本企画展の広報に取り組んだ。新聞・テレビ・ラジオとともに各種の広報誌への掲載を行い、近隣地域の住宅へのチラシの配布を教職員自らが行うなどの宣伝も試みた。これらの広報活動とともに、土・日曜日を中心にセンター教職員による公開講座やレクチャーガイド、夏休み学習教室、留学生ガイドツアー、ミニコンサートなどの企画を行い、内容の充実にも力を注いだ。同時に、京都大学の情報発信基地とも言える時計台ホールにおいて、対話集会「森と里と海のつながり-“心に森”を築く」を開催し、雰囲気の盛り上げに努めた。
 開館当初は、一週間の入館者は予想を下回る500人前後で経過したが、7月17日と24日の対話集会を契機に増加し、7月31日には5,000人を超えた。8月には夏休み中の小中学生が親子あるいは親子三代で見学に来るケースが増え、多様な催しを集中させた最後の一週間には、夏休みの自由研究を兼ねた小学生など1,700人の見学者を迎えることができた。8月18日と19日に行われたオープンキャンパスで来学した高校生2,500人が来館したことにより1万人達成が確実になったとはいえ、最終的な見学者は、当初“努力目標”としていた1万人の壁を大きく超え、11,786人となった。この3ヶ月間の取り組みを通じて、多くの市民が森と川と海のつながりの大切さや失われつつある自然の再生へ、私達と共通の思いを抱き、森里海連環学の誕生に多くのエールが寄せられた。“1万人の壁”という殻を内から破ることにより、内輪での議論や行動では決して広がることのない多くの社会的連携の芽が生まれることとなった。これらは、シニア向けフィールド講座、森の環境教育や海洋教育など、センターの社会連携活動として結実しつつある。
 当センターの教員・事務職員・技術職員の協力のもとに総力をあげて取り組んだ企画展は、森と里と海のつながりの重要性を対外的にアピールする上で有意義であったばかりでなく、センター構成員が新たな統合学問領域創生への共通認識を高める上でも大きな効果をもたらすものとなった。今後は、この経験を生かして、各地の現地施設において“移動企画展”を開催し、センター理念の全国的普及と地域連携の促進へとつなぐことが期待される。
 当企画展の開催には、学内外の多くの皆さんに多大な御支援をいただいた。使い捨ての割り箸を用いた見事な海の生きものの作品の出品と4回の実演に御協力いただいた小池正孝氏(千葉県アマチュア美術会副会長)、ならびに当企画展の発想の原点ともなった「森は海の恋人運動」を展開されている畠山重篤氏(牡蠣の森を慕う会代表)には特にお世話になった。これらの皆さんに厚くお礼申し上げる。

ニュースレター3号 2004年11月 ニュース