ニュースレターの発刊に当たって

巻頭言 ニュースレターの発刊に当たって

フィールド科学教育研究センター長 田中 克

 京都大学フィールド科学教育研究センターは,平成15年4月1日に全学共同利用施設として発足致しました。これまで別々の研究科や専攻に所属していた4つの野外研究教育施設を全学的に統合し,森里海連環学の創生を目的に新たな教育研究の展開を目指しています。これまでの歴史や伝統,教育研究理念,対象やフィールドが異なった異分野の融合を図り,センターの将来展望を内外に広くアピールすることを中心に,活動を進めて参りました。ここに,ニュースレター第1号を発刊し,それらの活動の一端を紹介することになりました。

21世紀のフィールド科学を目指して
 20世紀後半からの急激な人口の増大は,資源やエネルギーの枯渇,食料問題,地球環境の劣化など人類生存に関わる様々な地球規模の問題を顕在化させてきました。これらの諸問題の解決に科学の進歩は技術の革新を通じて貢献してきましたが,同時に専門分化・細分化の弱点をも露呈したように思われます。私達が今かかえる様々な地球的課題のうち,環境問題は食料・エネルギー・資源などとも深く関わり,人々の生存の基盤をなす最も根元的な課題と位置づけられます。京都大学は自由の学風の下に様々な学問領域を開拓し,フィールドサイエンスもその代表的な一つと評価されています。当センターはこの伝統の上に,人との関わりのある自然を主なフィールドに,人と自然の共生に資する新しい統合科学「森里海連環学」の創生と,そのことを核にした私達自身の価値観の変革に結びつく研究教育を進めたいと願っています。

京都大学地球科学研究構想とセンターの特色
 京都大学では1990年代半ばに,21世紀を展望して新たな5つの独立研究科の設置が構想されるとともに,環境の世紀としての21世紀にふさわしい学問の再構築や教育研究のあり方を求めて「環境フォーラム」がもたれました。これらの具体化を目的に,1999年6月には地球環境科学研究構想専門委員会が設置され,多面的な検討の結果,生態学研究センターの改組(2001年)と地球環境学堂・学舎(2002年)の設置に引き続き,2003年4月にはフィールド科学教育研究センターが発足するに至りました。
 当センターは,理学研究科附属瀬戸臨海実験所(和歌山県白浜町),農学研究科附属演習林(北海道・京都・和歌山・山口等)・亜熱帯植物実験所(和歌山県串本町)・水産実験所(京都府舞鶴市)の4施設を統合して発足致しました。当センターは,京都大学の多くの附置ならびに附属組織の中でも,現地(遠隔地)に基盤を置くことと,“教育”を冠に掲げた点で,大変ユニークな施設と位置づけられます。現場に根ざした教育と研究の発展とともに,本学の社会に開かれた窓としての重要な役割を担って行きたいと願っています。

“森は海の恋人”の世界−森里海連環学への挑戦
 最近,人と自然,自然と自然のつながりの重要性についての世論の関心が高まりつつある中で,私達はセンターが保有する施設の特徴を最大限に生かし,世界に発信し得る新たな学問領域の創生を展望し,森里海連環を基本理念として教育研究の新たな展開を図ろうと考えています。すでに,科学の世界に先行して,“森は海の恋人”運動が全国各地で展開されています。人々の価値観の転換をも展望した森里海連環学の創生と森は海の恋人運動に代表される社会的運動との連携は,地球環境問題の解決への貢献を展望した新たな研究教育の展開にとっても大変重要な意味を持つと考えられます。
 私達の日本は,これだけ先進的文明が発達したにも関わらず国土の70%近くの森林が保持されている,世界的にも珍しい“森”の国です。北の亜寒帯域から南の亜熱帯域に至る,複雑多岐な海岸線と多くの島より成る“海”の国でもあります。森と海の国,日本より世界が注目する科学としての森里海連環学の創生は,21世紀の統合科学として,今私達がかかえる様々な課題,とりわけ地球環境問題解決のブレークスルーになり得るとの夢を膨らませています。
 もとより,このような新たな統合科学の創生は,私達の限られたスタッフのみで実現できるものではありません。今後,学内外の皆様との多様な連携や,様々な形の共同を進めることが不可欠と思われます。ここに発刊することになりましたニュースレターがその上で大きな役割を担ってくれることを願って止みません。

ニュースレター1号 2004年 2月