芦生研究林長/森林育成学分野 准教授 石原 正恵
「超学際(Transdisciplinary)」とは、多様な分野の研究者と様々なステークホルダーが協働して課題解決を目指すことをいいます。2015 年に設立されたFuture Earth (持続的な社会を目指す国際的な研究ネットワーク)の中でも新たな科学のスタイルとして提唱されました。自然科学と人文学・社会科学の研究者が協働するだけでなく、研究者と多様な主体(ステークホルダー)が協働し、研究計画の立案(Co-design)、知見の創出(Co-production)、活動の実践(Coaction/Co-delivery)、評価(Co-evaluation)までを行うものです。
フィールド研は設立された20 年前から森里海連環学を提唱してきましたが、それは超学際を先取りしていたと考えられます。初代センター長の田中克先生の言葉「“森は海の恋人”の世界を科学する新たな統合学問領域であり、社会運動と連携して初めてゴールに到達する」からそのことが感じられます。さらに隔地施設として美山町に100 年間にわたり存在しつづけてきた芦生研究林の歴史を紐解くと、森林経営、ダム問題、クマハギ被害、地域振興など様々な課題に対し、社会の皆さまとともに歩んできました。
こうしたフィールド研や芦生研究林の歴史と、社会的な動きとを踏まえ、2018 年10 月から日本生命財団の研究助成を受け、「森里連環学に基づく豊かな森と里の再生 :「芦生の森」における研究者と地域との協働に基づく学際実践研究」(「森里連環学に基づく豊かな森と里の再生」研究会、代表徳地直子)が始まりました。このプロジェクトでは、従来個別に扱われてきた過疎化・高齢化という「里」の課題と、ニホンジカによる食害や気候変動などの「森」の課題を統合的に扱い、課題解決を目指しています。生態学、多様性学、保全学、農村計画学、経営学などを専門とする研究者が学際研究に取り組みました。研究計画の立案段階では、芦生や美山町に関わる様々な方々へのインタビューや座談会などを通じ、課題として感じておられることを学びながら、各研究者がテーマや協働相手を選定しつつ、協働相手とともにco-design, co-production, co-action を行ってきました。具体的には、ガイド、芦生山村活性化協議会、京都丹波高原国定公園ビジターセンター、美山観光まちづくり協会、行政、猟師、京都府立植物園、市民科学者、企業などと協働・連携し、トチノキの保全と活用(坂野上なお(1)・石原正恵(1))、わさびを材料とした森の豊かさの発信・経済価値化(内田恭彦(2))、希少植物種の域外保全(阪口翔太(3))、効果的な植生回復方法の解明(石原正恵(1))、観光戦略立案のための観光客へのアンケート調査(清水夏樹(1))、ガイドとのきのこ相調査(赤石大輔(1))、研究者と地域がつながるプラットフォームづくり(福島誠子(4)・赤石大輔(1))などに取り組みました。( (1) 京都大学フィールド科学教育研究センター、(2) 山口大学経済学部、(3) 京都大学大学院人間・環境学研究科、(4) 京都大学野生動物研究センター(いずれも当時))
プロジェクト助成期間の3 年間で、論文などの成果物や様々な活動を展開でき、また多様なステークホルダーとの協働の体制なども整ってきました。その成果は、『「大学の森」が見た森と里の再生学 京都芦生・美山での挑戦』(2024年、石原正恵・赤石大輔・徳地直子編、京都大学学術出版会)に取りまとめました。本書は、超学際に取り組む様々な人にも実践的に参考になるように、さらに読み物としても楽しんでいただけるように平易な記述を心がけました。さら
に、学術的に未確立な超学際研究の評価についても挑戦しました。本プロジェクトを経て、人と自然とのつながりがどのように変化したのかをIPBES のフレームワークで評価したり、Most Significant Change という手法により研究者自身がどのようにプロジェクトを捉えたのかを評価しました。さらに超学際研究の課題についても、研究者個人レベルの課題から、学術界の課題までを議論しました。当センターの今後の森里海連環学の発展にも寄与すると幸いです。
多くのプロジェクトでは助成期間が終わると、取り組みも終わってしまいます。しかし、超学際研究というのはとても長い時間がかかるものです。そうでなければ、森の再生や農山村の過疎・高齢化にともなう課題は解消できません。森里海連環学、そして芦生研究林の目標「様々な生き物が棲む森、多様な人がともに学ぶ場」を推進するため、本プロジェクトをきっかけとして始まった取り組みは、芦生研究林として、あるいは研究会として、プロジェクト終了後も継
続しています。
教育面では、2023 年に実施した森里海連環学実習III、ILAS セミナー「京都の文化を支える森林:地域の知恵と生態学的知見」、公開森林実習I、総合生存学館「サービスラーニングA」、人間環境大学「奥山里山管理実習/森林管理実習B/共同フィールドワーク」において、地域の皆さまにもご協力いただき、栃やわさびなどの超学際研究をプログラムの中に組み込んでいます。
また、2024 年3 月3 日には、第4 回美山×研究つながる集会「地域を元気にするタネをみつける〜人口減少社会における担い手不足と向き合う〜」を開催しました(「森里連環学に基づく豊かな森と里の再生」研究会・京都丹波高原国定公園ビジターセンター運営協議会主催、芦生研究林協力)。美山×研究つながる集会は、美山町に関わる研究者同士、地域と研究者、地域の方同士が繋がり、研究成果を共有し、協働を促進する場の創出を目指し、2020 年2 月に第1回を開催しました。第4 回は、株式会社さとゆめの嶋田俊平代表取締役に「ふるさとの夢をかたちに〜地域に価値を生み出す持続可能な事業モデル」と題して講演いただき、人口減少に直面する農山村での取り組み事例や考え方を紹介いただきました。その後、美山町地域振興連絡協議会の下伊豆仁史会長から「美山町の振興会の取組紹介」、知井振興会の河野賢司事務局長から「知井振興会の課題」、美山まちづくり委員会の大野光博委員長から「美山まちづくり委員会の取組」をご紹介いただきました。57 人の研究者・地域関係者が参加し、美山町のまちづくりについて議論しました(ハイブリット開催)。
このように、教職員が常駐し、拠点として地域に継続的にある芦生研究林の利点を活かし、今後とも、超学際研究教育拠点として継続・発展させていきたいと思います。
年報21号 2023年度 主な取り組み